第65話「姫野さんは、小田倉君の事好きなの?」

 異様な空気に包まれた第2文芸部。

 微妙な空気を感じ、誰も言葉を発しない。いや、発せない。


 結果、自然と視線はオタク君に集まっていく。

 会話の主導権はオタク君に託されたが、状況が分からないオタク君は苦笑いをするばかりである。

 何かあったのと聞きたい所ではあるが、この状況はどこかに地雷が埋まっている事にオタク君は勘づいていた。

 オタク君は鈍感であるが、気が利く性格なので。


「そうだ。優愛さんからチョバムとエンジンの分のチョコを預かって来たよ」


 なので、当たり障りのない会話から始めたオタク君。

 優愛から預かっていたチョコをカバンの中から取り出すと、チョバムとエンジンの前に置いた。


 その様子を黙って見つめるリコと委員長。

 優愛からどんなチョコを貰ったか、それはチョバムやエンジン達と同じものなのか聞きたいようだが、流石にそんな事を聞くほど彼女達は無遠慮ではない。


 なんとか会話の糸口が掴めたチョバムとエンジン。

 これでようやくこの空気からおさらば出来ると、心の中で安どのため息をつく。


「おぉ、ありがたく頂きますぞ。」


「可愛らしい包装でござるな。小田倉殿も鳴海殿から同じものを頂いたでござるか?」


 が、直後に地雷を踏むチョバム。

 リコと委員長の目が光ったのは、きっと気のせいだろう。


「えっ、あぁうん。同じものだよ」


 そして、思わずキョドりながら嘘をついてしまったオタク君。

 完全に悪手である。


 その場にいた全員が、オタク君が嘘を言ったであろうことに気付く。

 自分が地雷を踏んだことに気付いたチョバム。なので、名誉挽回と言わんばかりにフォローをかける。 


「そ、そうでござるか。そういえば今日は来るの遅かったでござるな」

 

「あぁ、うん。教室で優愛さんと貰ったチョコを食べてたから」


 更に地雷を踏みぬくオタク君とチョバム。

 オタク君とチョバムの会話で誰もが思った。


 チョバムとエンジンに渡されたチョコは数個入っている程度。

 同じものを貰ったと言っているが、それをわざわざ2人で食べたのか?


 そして、2人でチョコを食べたにしては時間がかかっている。例えチョバムやエンジンと違うチョコを貰ったとしてもだ。

 オタク君と同じクラスの委員長は、もっと早く部室に来ているというのに。


 普段なら、優愛はおしゃべりだからしゃべり続ける優愛の相手をしていたのだろうと考えるだろう。

 だが、今日に限ってはその空白の時間が気になってしまう。

 おそらく本命のチョコを貰い、空白の時間に優愛と何をしていたのか。


 またもや変な空気が流れる第2文芸部。

 その流れを変えるべく、エンジンが口を開いた。


「小田倉氏、そう言えば姫野氏と委員長氏もバレンタインのプレゼント持ってきてくれてますぞ」  


「小田倉、クッキー作って来たんだ。食べるか?」


「そうなんですか。それじゃあ飲み物を買って……」


「ハイコレ、小田倉氏の分ですぞ」


 逃がさんと言わんばかりに、オタク君に缶コーヒーをドンと差し出すエンジン。

 事前にオタク君の飲み物も買っておいて正解だっただろう。 

 もしここでオタク君が飲み物を買いに行ったら、リコか委員長が「どんなチョコを貰ったんだろう」と言って、空気が更に重くなっていたに違いない。


 缶コーヒーを受け取るオタク君。

 彼が缶コーヒーの蓋を開けるのを見て、リコがカバンから包装したクッキーを取り出した。

 チョバムやエンジンに渡したものと同じものである。


「貰って良いかな?」 


「あぁ……」


 一瞬固まったリコに対し、どうしたのと言った表情を浮かべるオタク君。

 リコが意を決したように、クッキーを親指と人差し指で摘まみ一つ取り出す。


「ほら、あーん」


「えっ」


「食べるんだろ。ほら」


「あっ、はい。あーん」


 リコ、攻めの姿勢である。

 優愛の前ならまだしも、チョバムやエンジン。なんなら委員長が居る前だというのに大胆である。


(流石にこいつらの前でやるのは恥ずかしいな。ったく何やってんだアタシは)


 本人も何故そんな大胆な行動に出たか良く分かっていないようだ。


 鬼気迫るようなリコの表情に押されながら、口を開けてクッキーをあーんしてもらうオタク君。

 そのままもごもごと咀嚼し、缶コーヒーで流し込む。


「うん。美味しいです」


「そうか」


 オタク君の言葉にちょっとだけ笑顔になったリコが、もう一つクッキーを摘まむ。

 が、反対側から肩を叩かれるオタク君。


「委員長? どうしました?」


「あーん?」


 首を傾げ、なぜか疑問形でチョコを差し出してくる委員長。

 リコからあーんして貰っておいて、委員長からのあーんを断るわけにもいかず口を開けてチョコを頬張るオタク君。

 モゴモゴと咀嚼し、缶コーヒーで流し込む。


「委員長のチョコも美味しいですね」


「……うん」


 委員長、そのまま続けざまにチョコをもう一つ。といくわけもなく。


「ほら、小田倉。今度はこっちだ」


 今度は反対側のリコからクッキーをあーんされる。


「小田倉君。こっちも」


 リコが終われば委員長から催促される。

 交互にあーんされるオタク君。


 その様子を、出来るだけ見ないようにしてチョコを食べるチョバムとエンジン。

 本来なら羨ましいシチェーションのはずが、修羅場に見えて仕方がないのである。

 多分彼らの目には、リコと委員長の後ろに龍と虎の幻影が見えているのだろう。


 暫くして、オタク君がクッキーとチョコを食べ終える。


「そういえば昨日のアニメ見た?」


 このオタク君の一言で、やっと空気は変えられた。

 そのまま下校時刻まで、アニメや漫画の事で会話が弾む。


 チャイムが鳴り、第2文芸部の鍵を閉める。


「そろそろ時間か、アタシは帰るけど」


「僕はチョバム達と寄ってく所があるから、チョバム達と一緒に鍵を返却しに行くよ」


「そうか。またな」


 またねと手を振って、オタク君はチョバムとエンジンと共に職員室へ向かって行く。


「私ももう帰るから、姫野さん一緒に帰りましょうか」


「あ、あぁ、そうだな」


 オタク君が居た時は委員長とも会話が出来たが、オタク君が居なくなるとどう話しかければ良いか悩むリコ。

 委員長も同じく話しかけるタイミングがつかめず、無言のまま校門に向かって歩く2人。 


「アタシは家あっちの方だけど」


「私はこっち」


 お互いに反対方向を指さす。

 校門を抜ければ、そのままさよならである。


 じゃあと言って手を上げようとしたリコを、委員長が呼び止める。 


「姫野さんは」


「ん?」


「姫野さんは、小田倉君の事好きなの?」


「えっ、なんでだよ」


 委員長の言葉に、つい質問に質問で返してしまうリコ。

 質問で返された委員長、気にせずリコに答える。


「だって、さっきアーンとかしてたし」


「それを言ったら、委員長もだろ?」


 誤魔化すように軽く笑うリコ。目は笑っていないが。

 対して委員長は笑ってすらいない。無表情である。 


「そっちこそ、小田倉の事、好きなのか?」


「……分からない」


「そうか」


 そして、しばしの沈黙。

 先に口を開いたのは委員長だった。

 委員長が手を上げると、一瞬リコが体をびくつかせる。


「それじゃあ、私こっちだから」


「あっ、あぁ。またな」


「うん。またね」


 軽く手を振って、リコとは反対方向に歩いて行く委員長。

 そのまま無表情のまま歩くが、段々と顔が紅潮していく。


(私、なんで姫野さんが小田倉君の事好きか気になったんだろう)

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