64話「小田倉殿はまだ来ていないでござるな」

 オタク君と優愛が教室で仲良くチョコを食べている一方で、第2文芸部は異様な空気になっていた。

 

「チョバム氏、今日はバレンタインですぞ!」


「そうでござるな。勿論拙者は収穫無しでござる!」


「某もですぞ!」


 ですよねーと言いながら豪快に笑うチョバムとエンジン。

 彼らはそもそも、自分たちがチョコを貰う側などと1ミリも思っていないため、心穏やかな気分で今日を過ごしていた。


「小田倉殿はまだ来ていないでござるな」


「今頃小田倉氏は、鳴海氏や、姫野氏に『どっち!?』と迫られてる頃ですぞ」 


「なんなら委員長殿も交えて、3すくみかもしれないでござるよ」


 そしてまた、ですよねーと言いながら豪快に笑うチョバムとエンジン。

 モテる男は大変だなと笑い話にしながら、いつものようにパソコンを付けてイスに座るチョバムとエンジン。

 PCの起動音と共に、少し控えめな音を立て、第2文芸部の扉が開かれた。

 

「あれ、小田倉や優愛はまだか?」


 そう言って扉から顔を出すリコ。

 普段は優愛やオタク君と一緒に来るのに、珍しく1人である。


「ま、まだ来てないでござるよ」


「そうか」


 そのまま部室の中へ入り、チョバム達の対面に座るリコ。

 何かを言おうとして、口を開けようとするが、結局何も言わず、机に肩肘をつきチョバム達から目を逸らしてしまう。

 普段は優愛がガンガン喋るので、それに合わせて喋るリコだが、1人になると彼女は大人しい性格なのだ。

 オタク君も優愛も居ない状況でこの2人と一緒になった事が無いので、どう話しかければ良いか考えあぐねた様子である。


 同じくチョバムとエンジンも沈黙をしていた。どんな話題を振れば良いか分からないからだ。

 別にお互い嫌っているわけではない、なんならコミフェの一件もあり良好と言っても良いだろう。

 だがお互いが出方をうかがった結果、物凄く気まずい沈黙が出来てしまったのである。


「あのさ」


「は、はいですぞ!」


「お前たちにもバレンタインのクッキー作って来たけど、食べるか?」


「おぉ! それはありがたく頂きますでござる!」


 わざとらしいくらいにテンションを上げるチョバム。

 わざとらしいが、実は本当にテンションが上がっていたりする。

 そんなわざとらしい喜び方が面白かったのか、それとも先ほどまでの空気とのギャップが面白かったのか、思わずクスリと笑うリコ。


「それならお茶請けのお茶が必要でござるな! 自転車置き場にある自販機で飲み物買って来るでござる!」

   

 リコが笑った事で、チョバムのテンションがだだ上がりである。

 立ち上がり良く分からないダンスをしながら扉まで向かう。

 そんな彼の様子を見て「なんだよそれ」と言ってまたリコが笑う。


 チョバムは今、赤面していた!

 それに気づくが、あえて気づかない振りをして、リコと共にガハハと笑うエンジン。


「後で小田倉殿も来るだろうから、優愛殿の分も合わせて5本買って来るでござるよ」

「私の分もお願いします」


 チョバムが扉に手をかけようとした所で、音も無く扉が開かれる。

 開けたのはドピンク頭に地雷系メイクが特徴の委員長である。


「ヒィイィィィィィ」


 突然の登場に驚くチョバム。

 赤かった顔が一気に青ざめていく。


 リコとエンジンも流石に驚いたのか、声を失っている。


「どうしたの? 大丈夫?」 


「だ、大丈夫でござるよ」


 あははと、やや震え声で笑いながら立ち上がるチョバム。

 

「私も2人の分もチョコ作って来たから」


 カバンから可愛らしいラッピングに包まれたチョコが出てくる。

 どうやらチョバムとエンジン、それぞれの分が作られてあるようだ。


「それはありがたいでござる。それじゃあ拙者ひとっ走りしてくるから、エンジン後は任せたでござる!」


 こんな状況で置いて行くのかよと、一瞬絶望した顔でエンジンが見送る。

 チョバムが両手にコーヒーや紅茶を持ち戻ってくるのは、5分後であった。


 第2文芸部では、リコの手作りクッキー、委員長の手作りチョコレートでささやかなパーティが開かれていた。

 もそもそとクッキーやチョコを食べるチョバムとエンジン。

 その様子を見守るリコ……を見守る委員長。


(委員長、めっちゃ見てるんだけど)


 リコ、チョバム、エンジンの心が1つになった瞬間である。

 リコの隣で、目に穴が空くのではないかというくらい、黙ってリコを見つめ続ける委員長。


(この前小田倉君とキスしたって言ってたの、この場で聞くのは流石にダメだよね)


 リコがオタク君とキスしたという話が気になって仕方がない委員長。

 だが、チョバムやエンジンが居るから、遠慮をして聞けないのである。

 それでも気になるので、聞くタイミングが無いかと思わずリコをチラ見(本人談)してしまっているのである。 

 

「このクッキー美味しいですな。姫野氏は普段からお菓子作りしてたりするのですか?」


「い、いや、初めてだよ」


「すごく美味しいでござるよ。勿論委員長殿のチョコも美味しいでござる」


「……うん。そう」

(訳:本当? 嬉しいな(*^▽^*))


 完全に委員長のペースに飲まれつつある第2文芸部。

 逃げ出そうにも逃げられない雰囲気である。

 

 もしここでチョバムやエンジンがアニメやラノベの話をすれば、リコと委員長も食いついただろう。

 そうすれば空気も華やいだだろう。

 しかし彼らは隠れオタク。優愛やリコがオタクに寛容なのは分かっていても、ギャル相手に自らオタク発言を出来るほどの度量はない。


 そしてリコと委員長も、表立ってオタクをしているわけではない。

 チョバムやエンジンのような隠れオタクに近いので、オタク発言が出来ないでいる。

 結果、全員が共通の趣味嗜好を持っておりながら、完全に交わらない平行線になってしまっている。

 

「そういえば、小田倉殿遅いでござるね。拙者メッセージ送っておくでござるよ」


 結局オタク君が来たのは、メッセージを送って10分以上してからだった。

 何も知らず、にこやかに部室に入ってくるオタク君。


「お待たせ。リコさんと委員長も来てたんだ」


 部屋の奥側にチョバムとエンジンが座っており、対面にリコと委員長が座っている。

 ならば自分は奥側のチョバム達の所で座ろう。そう思ってリコ達を避けるように壁際に移動していく。


「どうぞ」


 そんなオタク君を逃がさまいと、リコと委員長が同時に椅子を引いた。

 椅子が引かれたのはリコと委員長の間の席である。


 困った顔で頬を掻くオタク君に対し、「どうぞ」というよりも「そこに座れ」と言わんばかりに手を出すチョバムとエンジン。

 促されるままにリコと委員長の間にあるイスに座るオタク君。リコと委員長に挟まれ両手に花である。

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