第63話「それと、これはオタク君の分」
そして、放課後になった。
オタク君が貰ったチョコは、朝に村田姉妹から貰った分の2つだけだ。
それまで優愛とリコは何をしていたのか?
「オタク君」
「どうしました?」
「えっと、次は移動教室だね!」
「はい、そうですね。そろそろ行きましょうか」
「……そうだね」
移動教室の際に、ギリギリまで待ってからオタク君と2人きりになったタイミングで渡そうと決めていた優愛だが、教室にはしつこく居残る男子たちの群れ。
彼らもまた、チョコを貰うために教室に粘っているのだ。
当然、誰も貰えないのだが。
むしろ意中の人にチョコを渡したい女子は、彼らの習性を逆手どり、渡す相手を早めに移動教室に連れ出しチョコを渡していたりする。
なのでオタク君のクラスでまともにチョコを渡せていない女子は、優愛くらいである。
そして、リコはというと。
「瑠璃子、小田倉君に渡しに行かなくて良いの?」
「……後で渡すから良いよ」
こんな感じである。
リコが強情だからというのもあるが、どこのクラスもわざわざ別のクラスに女子が尋ねてくるだけで、お祭り騒ぎのように周りが沸くのだ。
そんな好奇な目で見られたくないので、チャンスを伺っていて、気づけば放課後になってしまったのだ。
仕方がないと言えば仕方がない事である。
ため息を吐きながら、第2文芸部の部室へ向かうリコ。
一方オタク君のクラスでは、放課後というのに男子生徒がまだ大量に居残っている。
優愛がオタク君に話しかけ、雑談で引き留めてはいるが、そろそろ限界を感じていた。
オタク君もオタク君で、なんとなくチョコを渡してくれるのかなと感じ取りあえて雑談に乗っているが、そろそろ話のタネが尽きるかけている。
教室のドアががらりと空いた。
一斉に視線が集まる、ドアを開けたのは村田姉妹だ。
キョトンとした顔で教室を見渡した。
「あれ? 男子たちこんな所に居たの?」
「女子達からチョコ渡すから、3階の空き教室来てって聞いてない?」
その言葉を聞いて、一人の男子がめんどくさそうに立ち上がる。
「良く分からないけど、しゃあねぇし行くか」
めんどくさそうなセリフの割には、スキップしそうな程にウキウキしている。
「ったく、付き合いってのが大事だしな」
「まぁお前らが行くなら、行くかな」
「お返しとか考えるのだりぃな、どうする?」
やれやれだぜと言わんばかりのセリフを吐きながら、一人また一人とめんどくさそうに立ち上がり、スキップしそうな程ウキウキした足取りで教室を出て行く。
教室を出て、そのまま空き教室へ向かうと見せかけトイレに次々と入って行く男子生徒達。多分中で髪型や身なりを整えているのだろう。
だが、一部はそれでも頑なに動こうとしない。
貰えるのが義理チョコと分かり切っているからだ。
彼らが欲しいのは本命だ。例え0に近い可能性としても、本命の為にこの場を離れるわけにはいかなかった。
そして、そんな考えなど、村田姉妹はとうに見抜いている。
ニヤニヤ笑いながら教室を見渡す村田(姉)。
「まぁ、義理チョコじゃないのも紛れてるみたいだけどね」
「ちょっ、お姉ちゃん、それ言ったらダメな奴じゃね?」
村田姉妹の会話が決定打だったのだろう。
残った男子生徒達も立ち上がり、教室を出て行く。
ちなみに村田姉妹の「義理チョコじゃないのも紛れている」発言は嘘である。
そして男子生徒も、それが嘘であることは何となく気づいて居る。
だが男には罠と分かっていても、立ち向かわねばならない時がある。きっと今がその時なのだろう。
教室から男子生徒が次々と出て行く。
「僕も向かった方が良いのかな」
立ち上がろうとするオタク君に対し、テンパってあたふたしながらどうにか止めようとして何も言えない優愛。
大事な時に失敗するダメな子である。
「あー、チョコ貰ってる奴の分はないみたいだよ」
「小田倉君、ウチらから貰っといて、それは欲張りだって」
「あっ、そうなんですか」
恥ずかしそうに座りなおすオタク君。
村田姉妹ナイスフォローである。
「それじゃウチらも配りに行って来るから」
教室のドアが閉められる。
教室に残ったのは、オタク君と優愛の2人きりである。
そう、女子達の狙い通りに。
明らかにオタク君にチョコを渡したそうにしている優愛だが、周りを気にして渡せず仕舞いなのを女子達は何となく勘づいていた。
ならば放課後にさっさと教室から出てやろうとしたが、一部の男子たちが居残っているのを見かけ、急遽チョコ配り作戦が立てられたのだ。
作戦は見事に成功し、教室から男子たちを追いやることに成功した。
もしかしたら、作戦に気付いた上で出て行った男子も居るかもしれない。
なんせオタク君に付きまとうように、優愛が教室に残っているのだから。
2人きりになった教室で、会話が途切れた事により沈黙してしまう。
「皆行っちゃいましたね」
「そうだね」
会話が上手く続かないオタク君と優愛。
頬を掻いてどうしようか悩むオタク君と、髪をくるくると指先で弄る優愛。
(もしかしたら、僕にチョコ作って来てくれて、渡すタイミングを探してるのかな?)
オタク君、これだけわかりやすい展開だというのにいまだに確信を持てない。
というのも、出会ったばかりの頃の優愛の印象が強すぎるからだ。
(メイド服来て「お帰りなさいませご主人様イェーイ」とか、自分から「頭撫でて」って言って来る優愛さんがまさか)
出会った頃の優愛は、オタク君に対して恋愛感情が無かった。なので気にせず言えただけである。
当然、オタク君はそんな事に気付いていない。
(ヤバイヤバイ。オタク君と会話が途切れちゃったし。早くチョコ渡さないとタイミングもうなくない?)
心臓が爆発しそうな程に脈打つ優愛。
ここでチョコを渡せば良いだけなのだが、中々切り出せずにいた。
(ってか村田姉妹から貰ったって、もしかしてオタク君って……そういえば図書館で村田姉と妙に仲良かったし)
好きな人は凄く魅力的に見える。故に、他の人も好きなのではないかという邪推が入ってしまうものである。
村田姉妹のフォローが、ここに来て悪手へと変わってしまっていた。
不意にオタク君の携帯が鳴り響く。
どうやらメッセージが来ていたようだ。
チョバムから「今日は部室に来ないの?」という内容である。
「そろそろ部室行きますけど、優愛さんは?」
「あー……用事があるから今日は真っ直ぐ帰るかな?」
優愛、別に用事は何もない。思わず嘘をついてしまったのだ。
これ以上悩んでも、もうチョコを渡せない。一緒に居ると辛くなりそうで、つい用事があると言ってしまったのだ。
「そうですか」
「うん」
「分かりました」
荷物をまとめ、立ち上がろうとする優愛に、オタク君が声をかける。
「じゃあ、チョバムやエンジンに渡すチョコとかあったら受け取っておきますよ?」
友人をダシに使ってはいるが、オタク君の精一杯の勇気である。
もしここで「そんなの無いよ?」と言われたら、オタク君は部室に行かず、そのまま帰って布団の中で今日一日悶え死ぬくらいの覚悟の発言である。
オタク君、冷静を装って入るが、目線がキョロついている。
「あっ、うん。あるよ。オタク君の分も!」
優愛は慌ててカバンをガサゴソと漁り、小さな透明の袋を2つ取り出した
中にはチョコが数個入っている。
「これ、チョバム君とエンジン君の分ね」
「あ、はい」
「それと、これはオタク君の分」
顔を赤くした優愛がカバンから箱を取り出す。
箱のサイズは、授業を取る時に使うノートくらいの大きさはある。
「あっ、勘違いしないでね。たまたま入れる容器がこれしかなかっただけだから」
勘違いするなという方が無理である。
受け取った際に感じる重みは、箱相当の重みがある。
なんなら中身は大きなハートで愛の重みも十分にある。
「そうなんですか。ありがたく頂きます」
卒業証書授与式のような受け取り方をするオタク君。
一日中仏頂面をしていた優愛が、やっとオタク君に渡せた安堵から笑みが零れる。
そんな優愛の笑顔に、思わず見とれるオタク君。
「どうしたの?」
チョコを受け取り、固まったオタク君を覗き込む優愛。
もしかしたら嬉しくなかったのかなと不安になったが故の行動だが、オタク君を余計にドキドキとさせてしまう。
「えっと、中身見ても良いですか?」
「う、うん。良いよ」
見られたら恥ずかしいという気持ちと、見て欲しい気持ちがせめぎ合う優愛。
オタク君が丁寧に補装を解くと、中からはデカイハートのチョコが出て来た。
「大きいですね」
思わずオタク君の口から洩れる。
最初に出てきた感想がそれかと思うくらいに、大きいのだから仕方がない。
「えっとね、これは材料がいっぱいあって余ったら勿体ないなって思って作ったらこのサイズになっちゃって」
「そ、そうなんですか」
優愛、顔を真っ赤にしながら、早口である。
深い意味はないんだからねと何度も念を押され、その度にコクコクと頷くオタク君。
「これだけ大きいと一人じゃ食べきれないので、優愛さん一緒に食べませんか?」
「そうだね! これだけ大きいと一人じゃ食べづらいしね!」
2人は席について、チョコをパキパキと割りながら食べ始める。
「美味しいですね」
「うん。初めてだから不安だったけど、どうかな?」
「これ初めてだったんですか? 凄い上手に出来てるじゃないですか!」
自然と会話も弾む2人。
そんな2人を、教室の外からこっそり覗く影があった。
村田姉妹である。
彼女達がチョコ配り作戦の立案者である。
そんな作戦に何故クラスの女子達も乗ったのか?
「男子を教室から追い出すためにチョコ配り作戦して正解だったっしょ」
「良いもの見れたし、後で他の子達にも報告しないとね」
他人の恋バナという娯楽の為である。
動機はともかく、優愛にとっては結果オーライなのだから、とにかくヨシである。
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