第62話「そういえば、ほら、今日ってあれじゃん。確かバレンタインだっけ?」
2月14日
それは男女がワクワクする一大イベント、バレンタインデーの日である。
普段からお世話になっている相手への義理チョコ。
仲が良い異性の友人に送る友チョコ。
そして、意中の相手へ送る本命チョコ
オタク君の学校では、朝から誰もがソワソワしていた。
普段は始業時間ギリギリに駆け込んでくる生徒たちも、まだ始業時間まで1時間以上あるのに既に教室で待機していたりする。
女生徒たちは誰に渡すかの話題で持ち切りだ。
そんな女生徒を横目に、男子生徒達は雑談をする振りをしている。女生徒たちが気になって仕方がない様子だ。
当然、オタク君もソワソワしていた。
中学までは女子と仲良くなる機会がなく、妹や母親から貰う程度。
どちらかというと、ネットゲームのイベントで貰ったり渡したりだった。
それが高校に入ってからは優愛をはじめとして、色々な女子と仲良くなったオタク君。
つまり、チョコを貰う可能性が高い事くらいは理解していた。
今までの人生で、まともに異性からチョコを貰った事が無いオタク君。
とにかく意識をしないようにラノベを読み、全く気にしていませんアピールをしている。
(だめだ、全く内容が頭に入ってこない)
ラノベを開いて読んではいるが、どうしても目線はチラチラとあちこちに行ってしまう。
自分なんてどうせ貰えないだろう。そんな風に言い聞かせてみるが、それでも目は泳いでしまう。
教室のドアが開かれるたびに、思わず目が行ってしまう。
そしてまた、教室のドアが開かれる。
一瞬だけ男子の会話が止まり、そしてすぐに再開される。
ドアを開けた人物と思わず目が合ってしまうオタク君。
目が合った相手は、そのまま目を逸らさずオタク君の席へ近づいてくる。
「おっす、小田倉君。丁度良かったわ」
「ほい、これウチらからね」
村田姉妹である。
いつもと変りない、友達と話す気軽さでオタク君に話しかけ、机の上にドンとそれぞれチョコを置いた。
小さなバスケットにチョコがいくつも入った物と、小さい箱だが高級そうなチョコである。
「えっ、良いんですか?」
「良いも何も、ウチらの仲じゃん?」
「変なもん入ってないから安心しろし」
オタク君の反応にケラケラと笑いながら、勝手に周りの椅子を拝借してオタク君の対面に座る村田姉妹。
ニヤニヤした感じでジーっと見つめられ、居心地の悪さを感じながら貰ったチョコをカバンに入れるオタク君。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
お礼を言うと、ほぼ同時に返事が返ってくる。
だが、そのまま立ち去ることなく、ジーっとオタク君を見続けている。
「えっと、どうしました?」
反応に困ったオタク君がそう声をかけると、待ってましたと言わんばかりに携帯を取り出す村田姉妹。
「いやぁ、お礼だなんて。そうだな、ウチこれが欲しいと思ってるんだけどどうかな?」
「ウチはこういうの欲しいんだけど、小田倉君作れる?」
そう言って田村姉妹がオタク君に携帯の画面を押し付けてくる。
携帯の画面に映っているのはインスタで自作された付け爪や、エクステである。
普段優愛やリコに作っている物とそう変わらない物だ。
わざわざこんな回りくどいやり方をしなくても、頼めばオタク君なら作ってくれるだろう。
だが、あまりオタク君にベタベタすると優愛がヤキモチを焼き、なんなら涙目になる。
なのでバレンタインのイベントにかこつけて、オタク君におねだりしても問題ない空気を村田姉妹なりに考えたのだ。
「ええ、これ位なら構いませんよ」
「マジで! ホワイトデー超楽しみにしとくわ!」
「なんなら早めに渡してくれてもOKだからね」
後でラ●ンで画像送るねと言って、上機嫌で自分たちの席に戻る村田姉妹。
既に貰った後にどんなコーデをするかの話題に入っている。
そんな2人の様子に苦笑いのオタク君。
「そういえば、今日は優愛さんと委員長、遅いな」
30分前になってもまだ優愛と委員長は教室に来ていない。
優愛はたまに遅刻ギリギリに来ることはあるが、委員長が遅いのは珍しい。
早く来ていたら来ていたで、気になって一挙一動してしまうだろうが。
その頃。
「んで、いつまで人の教室に居るつもりなんだ?」
「いや、ほらたまには語り合いたいじゃん?」
優愛はリコの教室に居た。
始業時間の1時間前に自分の教室に向かった優愛だが、オタク君が居るのを確認し思わずリコの教室に逃げ込んでいたのだ。
理由は言うまでもないが、バレンタインでオタク君を意識しすぎたからである。
「そういえば、ほら、今日ってあれじゃん。確かバレンタインだっけ?」
優愛。とても下手な嘘である。
「ほら、リコは誰に渡すとか決めてたりするの?」
「ん、べ~つにぃ~?」
「おっ? 照れ隠しか? 恥辱まみれか?」
どっちが照れ隠しだ。
半眼で見つめるリコだが、あえて言わない。
言えば、ただでさえテンションが高くなってウザ絡みしている優愛が、更にウザくなるのが目に見えているからである。
「そう言う優愛こそ、誰に渡すか決めてるのか?」
「えっ、私は、その、ほら」
「普段から小田倉には世話になってるから、小田倉には渡さないとな」
「そ、そうだよね! やっぱオタク君には世話になってるし渡すべきだよね!」
「そりゃそうだろ」
なので、これ以上ウザくならないように、優愛がオタク君に渡すための口実をさっさと作る。
全く素直じゃない奴だ。リコは心の中でため息を吐く。
「それじゃあ、リコも言ってる事だし、オタク君に渡しに行こうかな」
「そうだな。さっさと行ってこい」
シッシッと言おうとして、リコは上げようとした手をぐっとこらえる。
それをすれば、また優愛にウザ絡みをして居残られるだろうから。
「じゃあ、行って来るね」
またねと言って教室を出る優愛。
普段の彼女なら「リコも一緒に渡しに行かない?」と言っているだろうが、一人で向かっている。
何故か?
(これ、どうやって渡そう)
彼女が用意したチョコは、大きなハートのチョコである。手作りの。
誰がどう見ても、まごうことなき本命チョコである。
オタク君だいしゅきチョコである。
流石にリコが隣で義理チョコを渡しているのに、本命チョコを渡すのは勇気がいる
なので、人知れずコッソリ渡すつもりなのだ。
教室から優愛が出て行ったのを見計らい、リコに女生徒が近づいて行く。
リコのクラスメイトで友人達である。
「瑠璃子は一緒に渡しに行かなくて良かったの?」
「普段から小田倉君には、お世話になってるんでしょ?」
「別に、後で渡すから良いよ」
もし優愛が一緒に渡しに行こうと言っても、リコは断るつもりだった。
何故なら彼女もまた、手作りの本命チョコを持ってきていたのだ。
人知れず、コッソリ渡すために。
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