閑話「真剣で私に撫でなさい!」

 バレンタインから数日後。

 第2文芸部の部室にはオタク君、優愛、リコが来ていた。


「あれ? チョバム君とエンジン君は?」


「あぁ、新作の発売日だから今日は来ないってさ」


「そうなんだ」


 新作のゲームを1秒でも早くやりたいのは、オタクの性というもの。

 しかし、最近ではダウンロード版もあるのに何故わざわざ発売日に買いに行くのか?

 彼らが買いに行くのは、パソコン用のゲームだからである!


 パソコン用ゲームの場合は、初回盤の特典がダウンロード版では付いてこない。

 なので買いに行くしかないのである。


 では配送を頼めば良いと思うだろうが、実家暮らしの高校生に配送は危険なのである。

 何故危険か?

 

 最近では減ってはいるが、宅配テロと呼ばれるものがある。

 品名欄にデカデカと内容物を書かれるという恐ろしい物で、家族に見られて困る内容の物であればある程、危険度が跳ね上がる。


 かつては「〇〇(キャラクター名)ぽっかぽか添い寝シーツ」とドでかく書かれた箱で送られる等、数多のオタク達がこの宅配テロによって屍を晒して来た。

 なので配送を頼んで中身がバレたら困る。彼らが買いに行った物は、そういう物である。


 新作の発売日にチョバムとエンジンが居ない事はしばしばあるので、特に気にする様子のない優愛とリコ。

 特に2人が居ない事には言及せず、話題が変わる。


「そういえばテストの結果はどうでした?」


 今年度最後のテスト、学年末考査。

 もしこれで単位を落とそうものなら、進級が困難になる。


 優愛とリコの顔を見る限り、絶望した様子が無い。

 なので話題に出しても問題ないとオタク君は判断したようだ。


 優愛がドヤ顔で返却されたテスト用紙を机の上に並べる。

 ドヤ顔の割には、どれも平均の50点前後である。

 まぁ、最初の頃に勉強してなくてオタク君に泣きつき、なんとか赤点と平均点の中間程度の点を取っていた頃と比べれば、天と地の差である。

 決して良い成績とは言えないが、進級は問題なく出来るレベルだ。


「よく頑張りましたね」


「でしょ!?」


 ふふんと胸を張りながら、オタク君にすりすりとくっ付く優愛。

 優愛の距離の近さに、思わず固まってしまうオタク君。


「オタク君。頑張った子にはどうするんだっけ?」


 ほらほらと言いながら頭を差し出す優愛。オタク君に頭を撫でろと態度で示している。

 当然その程度分からないオタク君ではないが、それでもオロオロとしてしまう。

 優愛やリコのスキンシップを得て、1年経ってもまだこれである。


「フーン」


 そんな2人を、文字通り手で引き裂くリコ。

 そのままオタク君と優愛の間を通り、机の上にある、優愛のテスト用紙の上に、自分のテスト用紙を重ねる。

 どれも60ー70点台である。


「じゃあ、頑張ったアタシに権利があるよな」

 

「むむむっ!」


 優愛とリコから「どっち!?」と詰め寄られ、苦笑いであははと誤魔化そうとするオタク君。 

 だが、そんな事で止まるわけも無く、優愛とリコの猛攻は続く。


「小田倉は、どっちが頑張ったと思う? 当然テストの点数が高い方だよな?」


「そんな事なくない!? 私のが頑張ってるよね!?」


 普通に考えれば、テストの点数が高いリコの方が頑張ってると言える。

 だが、ここでリコの方が頑張ってると言えば優愛のモチベは一気に下がるだろう。

 しかし、優愛の方が頑張っていると言われて、リコが納得するわけもなく途方に暮れるオタク君。


「どっちも頑張ってるじゃダメですか?」


「「ダメ!」」


 今のオタク君の発言を肯定しておけば、2人とも撫でて貰える結果になっていた。

 だというのに、張り合っている2人には冷静な判断が出来なくなっていた。完全なミスである。


「ウチの学校のテストが難しいのは知ってるだろ」


 そう、オタク君の学校の定期テストは難しいのだ。

 場合によっては平均点が40点になる事もある程に。


「それはそうですが……」


 それはオタク君も優愛も痛い程に分かっている。

 むぅと唸るばかりで優愛は言い返せず、勝ちを確信するリコ。

 そこに、物言いが入る。


 突如バンッと掃除用具入れのロッカーの扉が開かれた。

 驚きの声を一瞬上げ、思わずロッカーに注目するオタク君たち。


 ゆっくりとロッカーから出て来たのは、委員長である。

 固唾を飲んで見守るオタク君達に目もくれず、テスト用紙が置かれた机に近づいていく。


 そして、優愛とリコのテスト用紙の上に、委員長が自分のテスト用紙を重ねていく。

 テストはどれも80点台である。


「頑張ったご褒美」


 そう言って、無表情のまま頭を差し出す委員長。


「あっ、うん」


 促されるままにオタク君が頭を撫でると、少しだけ満足そうに委員長が微笑む。

 完全に出鼻をくじかれ、言葉が出ないまま2人の様子を口をパクパクさせながら見守る優愛とリコ。


 しばらくオタク君に撫でられ、満足したのか自分のテスト用紙を回収する委員長。

 そのまま第2文芸部の扉を開き「それじゃ。またね」と言って出て行った。


 扉が閉まり、委員長が離れ数分してからやっと言葉が出る。


「そういえば、そろそろリコさんの誕生日ですね」


「そ、そうだな」


 その後はテストの話題に触れないように会話が続いた。

 テストの話題を出したら、また委員長が出てくる。3人ともそんな気配を感じていたのだろう。


 そんなオタク君達の気持ちなどつゆ知らず、委員長は満足げに真っ直ぐ帰宅していた。


(今日は小田倉君に撫でて貰ったし、ロッカーから飛び出し作戦も成功した。ヨシ)


 ちなみに優愛とリコは、後日オタク君と2人きりの時に、なんだかんだ言って頭を撫でて貰ったようだ。

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