第140話「オタク君おはー。あれ、オタク君のお母さん?」
時刻は朝七時前。
小田倉家では、オタク君とオタク君の母による熾烈な戦いが始まっていた。
「こうちゃん、お友達来てるの?」
息子を訪ねてきた女の子の友達が見たい母。
「あっうん。自分で出るから良いよ」
優愛を母親に見られたら、なんて弄られるか分からないので見られたくないオタク君。
思春期の子供がいる家庭では割とよく見られる光景である。
(母さんの事だから、優愛さんを見たら『こうちゃんったら、こんな可愛いお友達がいたの』とか言ってきそうだし)
残念だが、全国のお母さんはそれが言いたいから見に行くのだ。たとえ息子に口汚く罵られようとも。
自分で出ると言って玄関に向かうオタク君だが「そうなの?」と言いながらもオタク君の後をついて行くオタク君の母。
「おはようございます」
「オタク君おはー。あれ、オタク君のお母さん?」
「こうちゃんがいつもお世話になっております」
「ちょっと、母さんやめてよ!」
オタク君の奮闘虚しく、結局玄関で優愛と鉢合わせる事になった。
抗議の声を上げるオタク君だが、そんなオタク君を無視するように優愛に挨拶をするオタク君の母。
オタク君の母に挨拶をされ、オタク君の反応が気になりつつも、返事をしないのは失礼なので自己紹介を交えつつ挨拶する優愛。
こうなってしまっては、完全にオタク君の母のペースである。
「優愛さん、準備してくるから、ちょっと待っててください」
今の母に何を言っても無駄だと悟り、準備をしてすぐに家を出る作戦に変更したオタク君。
急いで部屋に戻り、適当なカバンに着替えのシャツと、水着、それとタオルを詰め込むように入れて玄関へ。
「良かったら上がって朝食食べていかない?」
「い、いえ」
「母さん、もう行くからいいよ!」
家の中に優愛を招き入れようとするオタク君の母。
優愛の手を取ろうとするオタク君の母を、ギリギリのところでオタク君は間に合い止めさせた。
このまま家に上げようものなら、母が何を言い出すか分からない。
「それじゃあ行って来るから」
なんとか場をしのげただけで、危機が去ったわけではない。
なので、即座にこの場を離れようとするオタク君。
下駄箱から靴を取り出し、優愛の手を引き家を出ようとするオタク君を、頬に手を当て「あらあら」と言いながらにこやかに見守るオタク君の母。
「ところで、海には二人きりで行くの?」
「ほ、他の友達も一緒だよ」
母親の言葉に、思わず嘘をつくオタク君。
誰と行くか以前に、そもそも今日海に行く事自体知らされていなかったので。
他に誰が来るのか分からないが、もし優愛と二人きりだった場合、何を言われるか分からない。
保護者の立場を考えれば、二人きりで行く事を咎められるかもしれない。なんなら許可を出してもらえない可能性もある。
なので、オタク君は、嘘をついてしまった。
「そうなの?」
「えっ……はい。そうです」
にこやかに優愛にも問いかけるオタク君の母。
優愛もオタク君と同じ事を考えたのだろう。
オタク君の言葉に合わせるように、嘘をついてしまったのだ。
実際、今日は誰も誘わずにオタク君の家まで来ていた優愛。
せめてオタク君に事前に連絡をしようかは悩んだのだが、どうしてもオタク君と二人きりで行きたかったのだ。
連絡を取り「じゃあ他の皆も誘いましょう」と言われれば計画が破綻になってしまう。
なので、アポなしで突撃してきたのだ。
「そう……でも大丈夫?」
「大丈夫だから、じゃあ行ってきます!」
「危なかったらすぐ帰るのよ」
はいはいわかったわかったと、分かっていない返事をしながら家を出るオタク君。
オタク君と優愛の様子に、多分母親はなんとなく察していたのだろう。
二人が家を出るのを見てから、少し嬉しそうに鼻歌を歌いながらリンビングに戻り「あなた、聞いて聞いて」と言っている。
多分この後、夫に「こうちゃんったらガールフレンドを家に連れて来たのよ」と言うつもりなのだろう。
(母さんの事だから、父さんにある事ない事言いそうだな)
残念だがオタク君の悪い予感は現在進行形で当たっている。
悪い予感というのは、一度頭に浮かぶと次々と思い浮かんでしまうものである。
帰った時の事を思うと、ため息が出るオタク君。
「ごめん。迷惑、だったかな?」
「いえいえ、そんな事ないですよ!?」
流石に今の行動は、普段気が利くオタク君にしては宜しくない。
というのも、優愛が来るなどとは思っておらず、特に誰かと会う約束をしていないオタク君は、夏休み特有のだらしない生活をして夜更かしをしていたから寝不足で頭が回っていなかったからである。
誤魔化すように「母さんには困らされたもんだよ」と言いながら必死にフォローをするオタク君。
そんなオタク君のフォローが、ちょっと胸に突き刺さる優愛だが、それでも甘えてしまうのはオタク君の事が好きだからだろう。
「ところで、今日って他に誰か誘ったんですか?」
「ううん。誰もいないよ?」
「えっ、そうなんですか」
珍しいと思うオタク君だが、よくよく思い返せばそう珍しくもない。
優愛は思いついたら即行動が多いので、他に誰もいなければ一人で行動する事も少なくはない。
海は久しぶりにいくなどと会話に花を咲かせ、電車とバスを乗り換えること数時間。
到着したのは海である。
青い空!
白い雲!
眩いばかりに輝く太陽!
そして、それら全てを吹き飛ばすような豪雨!
まだ昼前だというのに、辺りは既に薄暗い。
何故か?
台風だからである!
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