第139話「やっぱ地元最高でござるな!」
文化祭の準備中の第2文芸部。
今日は部員全員が揃い、作業をしていた。
作業といっても、既に配置などは決まっており、個人が好き勝手に内装を変えたりしているだけである。
「そういえば、今年の冬コミフェはどうなるんでござるかな」
一旦手を止めたチョバムが、呟く。
コミフェは毎年夏と冬に行われる国内最大のオタクイベント。
そんなコミフェだが、今年の冬は開催中止の危機に瀕していた。
四年に一度開催される、五つの輪っかがトレードマークの世界スポーツ大会が、冬の東京で開催する事が決定したからである。
その為に、冬の間東京周辺の主要な建物の使用権は国が差し押さえているのだ。
もちろん、コミフェ会場である有明の建物も、国に差し押さえられている。
その為、連日連夜ネットでは「今年の冬コミフェは中止になるのでは?」という話で盛り上がり、様々な憶測やデマが飛び交っていた。
いまだに発表がないので、誰も答えようがない。
チョバムが呟いたのは、ただ単に「一旦休憩して雑談しよう」という意図からである。
だが、そんなチョバムの言葉に答える者がいた。
「それなら別の場所でやるって言ってたよ」
答えたのは、優愛だった。
まさかの返答に、誰しも動きを止めた。
「な、なんだってー!!!」
一瞬の沈黙の後に、全員が声を揃える。
そして、優愛を除いた全員が手元のスマホで情報を調べる。
だが、誰一人別の場所で開催するという情報を見つけられずにいた。
「鳴海殿びっくりさせないで欲しいでござるよ」
「そんな情報どこにもありませんぞ」
はっはっはと笑いながらスマホをしまうチョバムとエンジン。
優愛のジョークに一本取られた。そんな感じである。
「えっ、でもお父さんがそう言ってたけど?」
「優愛さんのお父さんって、確かコミフェに出店してる企業のお偉いさんでしたよね?」
「詳しくは知らないけど、多分そうかな?」
「な、なんだってー!!!」
コミフェに出店してる企業のお偉いさんがソースとなれば、もはや確定レベルの情報だろう。
驚きを示した後に、チョバムとエンジンが憤りからか地団太を踏み始める。
「コミフェは五〇年近く続く、我が国の伝統行事ですぞ!」
「そんな訳の分からないスポーツ大会とは歴史が違うでござる!」
残念だが、スポーツ大会の歴史は百年以上である。
更に言うと古代まで遡れば三千年近く前までいくので、ある意味歴史が違うは間違いではないか。
「そんなのは横暴でござる!」
「そうですぞ! 断固反対ですぞ!」
「分かるっす! 今からネットで署名を集めてお気持ち表明するっすよ!」
東京以外でやるのは許さないと、チョバム達が口々に文句を言う。
そんな三人に対し、オタク君も委員長も咎めようとはしない。
口には出さないが、オタク君と委員長もチョバム達の意見には同意なので。
「えー、でも地元開催だから、準備とかは色々楽だし、第2文芸部の人達も喜ぶんじゃないかなって言ってたけど?」
「地元開催なんて、喜ぶのは地元に人間だけでござる!」
「そうですぞ。地元民以外にはメリットがないですぞ!」
「大体地元開催なんて……えっ、地元って、もしかして、ここでござるか?」
自分の足元を指さすチョバム。
「うん。ここ」
優愛もそれに倣い、足元を指さす。
ここと言っても、別に秋華高校でやるわけではないが。
足元を見たり、部員同士で顔を見比べ、沈黙する事数秒。
「やっぱ地元最高でござるな!」
「それな! ですぞ」
「いやぁ、たまには違う場所でコミフェというのもありな気がしてきたでござるよ」
「まるでドリルのような手の平返しですな」
「オマエモナー。でござる」
「それは某のセリフですぞ」
チョバムとエンジンは先ほどまでキレていたというのに、地元と分かった瞬間に拘束手の平返しが炸裂する。
嬉しさのあまり、お互い背中をバシバシと叩きながら笑い合う。手の平返しもここまできたら逆に清々しいまである。
「コ、コスプレギャルをお手軽に見に行けるって事っすよね!?」
「そうだね。めちゃ美はコミフェ行った事ある?」
「無いっすよ。どんな感じっすか!?」
「えっと、多少なら去年行った時の写真があるけど」
そう言ってスマホを取り出すオタク君。
そんなオタク君のスマホを目を輝かせながら見ているめちゃ美。
「小田倉君。私も行った事ないけど、どんな感じだったの?」
「アタシも興味あるから、ちょっと見せてくれるか」
オタク君の右腕はめちゃ美に取られているので、左腕を取る委員長。
両腕は取られ、背後からは見えないために、オタク君の胸元に、にゅっと生えるように出てくるリコ。
明らかに近づきすぎなリコと委員長だが、コミフェの情報に興奮し誰もその事に気付かない。
「優愛さん、場所ってどこでやるか聞いてますか?」
「中小企業興進会館って所を全館貸し切ってやるとか言ってたよ」
「全館貸し切り!? いや、でも今までの規模考えるとそれでも足りないくらいか」
「全館貸し切りとなると、通路とかもスペースに使われるでござるな」
「もしもし、ホテルの予約プリーズですぞ」
「あっ、エンジン会場付近のホテル取るつもりでござるな。拙者も、もしもし、ホテルの予約プリーズでござる」
文化祭準備そっちのけで盛り上がる面々。
オタクではないために、多分凄い事なんだろうけどよく分からないといった感じで優愛だけがポツーンとしていた。
とはいえ、嬉しそうに盛り上がってくれるなら、優愛としては構わない。オタク君の笑顔を見られるのだから。
ただ一点、気になる事を覗けば。
(リコと委員長、前からオタク君にあんなに近かったっけ?)
「小田倉君、近いなら今年は皆で一緒に行かない?」
「第2文芸部の同人出すんだろ? 人手がいるならアタシも手伝うけど」
(それに委員長、オタク君に対して敬語じゃなくなってる)
モヤモヤした気持ちを抱える優愛。
そんな彼女がとった行動は。
「オタク君。海行こうぜ!」
翌日の早朝に、オタク君の家にアポなし突撃である。
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