第105話「リコさん、何かあったんですか?」
『小田倉、頼みがあるんだ』
金曜の夜。
オタク君のスマホにはリコからのメッセージが来ていた。
優愛と違い、普段のリコは飾り気のない文章が多い。
だというのに、この日のメッセージには両手を合わせてお願いする人の絵文字が使われていた。
リコがオタク君に何かをお願いする事が多くはないが、少なくもない。
だが、このように絵文字を入れてまでお願いしてきたのは初めての事であった。
『どうしたんですか?』
即座に返事を出すオタク君。
「リコさんが絵文字って珍しいな、優愛さんの影響かな……ってもう返事が来た」
リコはメッセージを送ってもスマホに張り付く事はあまりない。
オタク君をデートに誘う時とかは別として、大抵がゆっくりとしたやり取りをしている。
絵文字を使い、即レスをするリコ。
流石になにか切羽詰まっているものを感じ、ドールのウィッグのカット作業を中断しスマホに食い入るオタク君。
『マリーンカートって小田倉持ってただろ? それの特訓をして欲しい』
もっと重要な何かかと思えば、ゲームの話であった。、
マリーンカートとは、潜水艦で決められたルートを走り競い合うレースゲームである。
昔から続く人気タイトルで、今ではネット対戦などで世界中のマリーンレーサーと対戦が出来る作品である。
『良いですよ。いつやります?』
ゲームの腕にはそれなりに自信のあるオタク君。
特訓かどうかはさておき、とりあえずは一緒に遊ぼう感覚である。
『サンキュー、明日の朝八時に行くわ』
『八時ですか!?』
『もしかして用事か何かあったか?』
『いえ、早い時間だったので驚いただけですが』
『そうか。問題ないなら明日朝8時で』
やや強引なリコに押され、了承をするオタク君。
優愛ならともかく、リコがここまで強引なのは珍しい事である。
珍しい事であるが、強引さは優愛で耐性が出来てるオタク君は明日に備え部屋の掃除をするのであった。
翌日。
八時より少し前に小田倉家のチャイムが鳴らされる。
そしてチャイムが鳴ると同時に玄関を開けるオタク君。
普段なら落ち着くために間を置くのだが、本日は両親が家にいるのでそんな事をしていられない。
まごまごしていれば母親が来て「あらあら、お父さん。こーちゃんが女の子家に連れて来たわよ」と大騒ぎしかねないからである。
「おはようございます」
「おっす」
ささ、どうぞどうぞと急かすように家の中にリコを招き入れ、自分の部屋へと早足で案内するオタク君。
そんな様子をリビングからこっそり見ているオタク君の母。もちろんバレバレである。
あらかじめオタク君が「恥ずかしいから出て来ないで」と言ってあるのだが、そう言われれば余計出てみたくなるのは親心だろう。
いつものリコだったなら、オタク君の母親に気づいてぎこちなくお辞儀をしていたのだろうが、自然に会釈しそのまま階段を上がっていく。
母親の反応に恥ずかしがりながら、オタク君が自分の部屋にリコを連れて戻る。
「お兄ちゃん、準備出来てるよ」
「なんで
「良いじゃん、私だってリコさんと遊びたいし」
追い出そうとするオタク君に、ジタバタと駄々をこねる希真理。
そんな二人の様子を見て、リコが静かに口を開く。
「いや、希真理も一緒にお願いして良いか?」
「ほら、お兄ちゃん。リコさんもこう言ってるよ」
「えぇ、まぁリコさんが良いなら良いんだけど」
「何々、お兄ちゃん残念そうだけど。もしかしてリコさんと二人きりで何かえっちな事しようと企んでた?」
「ばっ……エッチな事って」
顔を真っ赤にしながら言い返すオタク君に、それをニヤニヤしながらからかう希真理。
そしてリコはというと。
「こっちも準備できたよ。始めようか」
全く動じていなかった。
普段ならオタク君と二人きりになれなかったことを残念がったりするはずが、全くその素振りが感じられない。
希真理のからかいにも反応せず、起動中のゲーム画面を真面目に見ているだけだった。
「リコさん、何かあったんですか?」
そんなリコの反応に、オタク君も希真理も兄妹喧嘩を一時中断した。
ゲームをするのは口実で、もしかして、悩みでもあるんじゃないか?
オタク君も希真理も同じ考えだったのだろう。
オタク君が目配せすると、希真理が静かに立ち上がる。
自分がいたら邪魔になるだろうという気配を感じ取り、何も言わずに部屋を出る為に。
「実は、弟にマリーンカートで勝てなくなったんだ……」
リコは悔しそうに言う。
唇を噛み締め、はらわたが煮えくり返りそうな声で。
「んんん???」
オタク君と希真理の声が綺麗にハモる。
思いつめたような表情でゲームに勝てなくなったと言われれば、兄妹じゃなくても同じ反応をしてしまうだろう。
「アタシは姉の威厳の為に、弟にマリーンカートで勝たなきゃいけないんだ!」
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