第104話「恋愛なんて早いもの勝ちっしょ。付き合ってるならともかくさ」

 放課後の教室。

 ほとんどの生徒が部活動か帰宅をして、教室にはほぼ誰もいない。

 そんな人気の少ない教室が、静まり返るどころかワイワイと賑やかな雰囲気に包まれていた。


 教室に残っているのは優愛と村田姉妹の三人。

 マシンガントークの優愛に、同じくらいハイテンションでマシンガントークをする歌音。

 そして、姉と一緒にいる時は特に饒舌になる詩音。

 女三人寄れば姦しいというが、この三人が集まればそれどころの騒ぎではない。


「ところで、話変わるんだけどさ」


 唐突にニヤニヤし始めた歌音が、前置きを入れる。


「ぶっちゃけ、優愛は小田倉君とどこまでいったの?」


「ええっと、最近は映画館かなぁ?」


「そういうお約束は良いから、言ってみ、ほら、おじさんに言ってみ?」


 わざとらしく耳に手を当て、優愛の口に耳を近づける歌音。

 

 そんな歌音に対し、優愛は「いやいや、ってかおじさんってなに」と笑いながらふざけ合う。

 ふざけ合って笑っているが、二人の目はガチである。

 女子高生にとって恋バナは、いつの時代も最先端のトレンドだからである。


「ほら、優愛さっさと吐け。映画館行って何してたん?」 


 映画に行き、ウィンドウショッピングをして何もせずに優愛とオタク君が帰った事を知っている詩音。

 だが、あえて吐かせようとする。

 優愛とオタク君の映画デートがどうなったか知っている振りをすれば、何故知っているか問われ矛先が自分に向くことが分かり切っているので。


 残念な事に、優愛はその映画館で詩音とエンジンが一緒にいた事を知っている。

 ニヤニヤと詩音を見る優愛。

 ニヤニヤと優愛を見る詩音。

 争いは同じレベルでしか起こらない典型である。


「歌音、とある友達の話なんだけどさ。好きな相手がオタクって変だったりするかな?」


 先手優愛のヘタクソストレートである。

 詩音がエンジンと仲が良い事を歌音が知っているのか。

 そして、オタクと付き合う事に関してどう思っているのかを聞いたつもりである。

 が村田姉妹からすれば、私がオタク君と付き合うのっておかしいかなと聞いているようにしか見えない。


「えっ、別にオタクでも良くね? 一生懸命になれるモノがあるって良いじゃん」


 それにと付け足す。


「好きな人が好きな事を嬉しそうに語ってくれる顔眺めるのも、案外良いものだよ」


 そう言って、軽くフッと笑う歌音。

 ちなみに他の女子の恋バナ情報である。本人談ではない。

 ただ、普段から優愛が自分ばかりオタク君に話している事を少し気にしているのでその気持ちを和らげようと選んだ言葉ではある。 


 貫禄のある歌音の言葉に、優愛と詩音が「おー」と声を上げ、謎の拍手をする。

 二人に持ち上げられ、胸を張りドヤ顔の歌音。

 そんな彼女の反応に、優愛も詩音も少しの引っかかりを覚えた。


(あれ?)


(もしかして?)


(歌音は)


(お姉ちゃんは)


(オタク君に)


(エンジン君に)


((気があるんじゃ!?))


 恋は盲目である。

 好きな相手は、もしかしたら他の子も狙っているんじゃないかと疑心暗鬼に陥るのは仕方がない事である。

 歌音はオタクに対し偏見がないとアピールしただけなのだが。


「ちなみに歌音はどんなタイプが好き?」


「んー、気が利いて優しい人とかかな?」


(オタク君の事だ)


(エンジン君の事だ)


「あぁ、それとウチよりも身長高いのは条件かな」


(オタク君の事だ!)


(エンジン君の事だ!)


 条件に当てはまる人間はいくらでもいる。

 だというのに、もう自分の気になる相手の事にしか思えなくなっている優愛と詩音。

 対する歌音は。


(好きな人とか言われても、よく分かんないし)


 実際は恋人もいなければ、好きになった相手は小学校低学年の時に先生相手なんてレベル。

 女子達と恋バナで盛り上がり、その時の話を元に、他の恋バナで自分は知ってます感を出して喋っているだけの歌音。


「お姉ちゃん、その相手の事を、他の人が好きだったりしたらどうする? 例えば友達とかさ」


 優愛ならともかく、まさかの詩音からの恋の質問に驚く歌音。

 それは暗に、好きな相手を取り合う可能性がある事を示していた。


(まさか詩音、オタク君の事が好きなん!?)


 優愛は歌音がオタク君に興味があると思い、詩音は歌音がエンジンに興味があると思い、歌音は詩音がオタク君に興味があると思う。

 勘違い合戦である。


 優愛とオタク君の中を応援したい歌音。

 だが、可愛い妹も応援してあげたいのは当たり前の話である。 

 友人か妹か、どちらかの選択に迫られ冷や汗を流す。


「恋愛なんて早いもの勝ちっしょ。付き合ってるならともかくさ」


 なので、どっちも応援する事にした。


「そ、そうだよね」


「ちゃんと捕まえてない方が悪いしね」


 歌音の言葉で、優愛と詩音は確信する。

 歌音は(お姉ちゃんは)オタク君に(エンジン君に)気があるのだと。

 全くの勘違いである。


 下校を告げるチャイムが鳴り響く。

 本当なら部活に行き、少しでもアドバンテージを取りたい優愛。

 そんな優愛について行き、同じく少しでもアドバンテージを取りたい詩音。

 だが、今第2文芸部に寄れば、歌音もついて来てしまい意味がなくなる。


「そろそろ帰ろっか、歌音」


「そうだね、お姉ちゃんも一緒に帰ろ」


「えっ? あぁうん。一緒に帰るけど」


 帰りの支度をする三人。

 準備が出来、歌音を真ん中に横一列で歩き出す。


「私、負けないから」


「ウチ、譲る気ないから」


 優愛と詩音がボソっと呟く。

 おいおい、二人してバチバチにやりあってんねと、あえて聞こえないふりをする歌音。

 それが自分に対して言われた言葉とは、彼女はつゆ知らず。

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