第73話「最近オタク君と全然話せないんだけど。どうすれば良い!?」

 ある日の教室。


「ねぇねぇ、オタク君」


「どうしました?」


「さっき雑誌見てたんだけど」


 オタク君に話しかけている優愛に、別の女生徒が話しかける。


「あの鳴海さん。相談があるんだけど良いかな?」


「えっ、私?」


「うん。実は髪染めたいんだけど、どこの美容院が良いか知りたくってさ」


「あぁ、うん。それなら」


「あの、小田倉君。ちょっと良いかな? 先生に手伝いをお願いされたけど1人じゃちょっと量が多くて」


「ん? 良いですよ。ごめん優愛さん、ちょっと委員長の用事に付き合って来るね」


「あっ、うん……」 


 ある日の第2文芸部。


「ねぇねぇ、オタク君」


「どうしました?」


「昨日のドラマ見た?」


「ドラマはちょっと、見ないかなぁ……」


「そうなんだ。じゃあじゃあ!」


 オタク君に話しかけている優愛の横から、リコがオタク君に話しかけた。


「おーい小田倉。前に借りた作品、昨日からアニメ始まったな」


「拙者も見たでござる! クォリティ凄すぎでござるな!」


「あれは今期の覇権アニメ確定ですな」


「分かる、映画でも見てるんじゃないかってくらいだよね!」


「アニメ見てたらまた読みたくなったからさ、今度小田倉の家に行って良いか?」


「うん。良いですよ」


「……むぅ」


 優愛、ご機嫌斜めである。



「最近オタク君と全然話せないんだけど。どうすれば良い!?」


 放課後のカラオケ店で、マイク片手に優愛が声を荒げる。

 そんな優愛を見て乾いた笑いを浮かべるのは、村田姉妹である。

 交友関係の広い優愛だが、信頼できる相談相手はそう多くはない。


 オタク君の事で相談なので、オタク君本人に相談するわけにはいかない。

 リコに相談するか悩んだが、相談をしたら変に気を使われても困る。

 同じ理由で委員長にも相談していない。

 なので優愛は村田姉妹に相談を持ち掛けたのである。


 マイク片手に叫んでしまったのは、それだけ彼女の中ではオタク君と話せない事がストレスになっていたのだろう。

 好きな相手が、友人とはいえ他の女と仲良く話しているのだから、気が気でないのは当然と言えば当然である。

 そんな優愛に対し、軽くため息を吐いてから村田(姉)が口を開く。


「優愛さ、小田倉君と話せてないって言うけど、そもそも共通の話題ってあるの?」


「えっ、ほら、ネイルとかメイクとか色々やってくれるし、あと最近できたスイーツのお店の話とかしたりしたよ!」


「それって、小田倉君が優愛に合わせてるだけじゃね?」


「うっ……」


「そんなんで仲良く話すって無理じゃね?」


 自覚があったのか、苦い顔をする優愛。

 普段から話をする時は、優愛が好きな事や興味のある事をオタク君にぶつけている感じの会話が多い。

 オタク君は、どちらかと言うと消極的な性格なので、そうやって話しかけて貰えるのはありがたい事ではある。  


 なんだかんだで、優愛と話せばオタク君の雑学知識も増える。

 それに優愛という美少女とお話しできるのだ、オタク君的にはウェルカムだろう。

 決して優愛をないがしろにしているわけではない。


 だが、本質的にはオタク君はオタクなのだ。

 なので、アニメやゲームの話題があれば、そちらに食いついてしまうのは当然だろう。


 村田(姉)の正論に、ズンと落ち込む優愛。

 このままでは相談ではなく、ただ優愛を凹ませるだけになってしまっている。

 姉の物言いでは、良くなりそうにない。仕方がないと村田(妹)が口を挟む。

 

「それなら、小田倉君にどんなアニメが好きか聞いて話題に繋げれば良いんじゃない?」


「その手の話題をすると、オタク君なんか歯切れ悪くなるんだよな」


 優愛が「オタク君ってこういうのが好きなの?」と聞いても「あー、そんな感じです」みたいな返事が多い。

 オタク君としては語って良いならいくらでも語るだろう。

 しかし、相手はギャルである。


 1年近い付き合いだから、優愛がオタクにある程度理解があるのはオタク君も分かっている。

 それでも引かれたらどうしよう。そんな不安から、玉虫色の返事になってしまうのだ。


 そして、そんなオタク君の反応を村田(姉)は感じ悪くねと罵るが、村田(妹)は理解出来ているようだ。

 姉に連れまわされ、陽な感じにはなっているが、村田(妹)の本質は陰なのだ。


 姉と一緒に居る時はギャルな振る舞いをしているが、姉と離れた瞬間に人見知りをしてしまう。

 それを周りが落ち着いていると、勝手に勘違いしているだけだったりする。


 村田(妹)は、オタク君の反応を聞いた時、思わず自分と重ねてしまった。

 もしかしたら変だと笑われるかもしれないから、愛想笑いで答える普段の自分と。


「あのさ、もしかしたらだけど、どうにか出来るかもしれない」


 だからこそ、解決の糸口が村田(妹)には見つける事が出来た。


 数日後。


「ねぇねぇ、オタク君。見たい映画があるから今度の土曜日付き合ってくれない?」


「映画ですか、良いですよ」


 なんの映画を見るかも聞かず二つ返事をするオタク君。

 優愛が誘ってくるくらいなのだから、自分にも興味がある物を選ぶのだろうという楽観視である。

 実際に、優愛が誘ってきてオタク君が全く興味が持てなかったものは今までない。

 なので、今回も大丈夫だろう。

 そう思って、映画は何を見るか聞かなかったオタク君は、映画館で驚く事になる。


「えっ、見たい映画ってこれですか?」


「うん。そうだよ」


 土曜日の午後。

 映画館で優愛が買ったチケットを見て、オタク君が思わず声を出す。

 優愛が見たがった映画、それは『劇場版魔法少女みらくる☆くるりん』である。

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