第67話「そ、それじゃあこれ買おうか……な……」
「リコさんの行きたい所って、ここですか」
「あぁ、そうだよ」
優愛と比べればギャル度が下がるリコ。
だが、それでも彼女はギャルである。JKである。
そんなリコが選んだ場所は、電気屋だった。
大型の電化製品ショップ。ビッ●カメラである。
とはいえ、携帯のケース等も売っている。なので女子高生が来てもおかしくない。
ならばデートで来てもおかしくない。オタク君はそう自分に言い聞かせる。
まさか、パソコンを選びたいから連れてきたわけではあるまい。
それなりにパソコンの知識があるオタク君だから、もしパソコン選びで来たとしても、普段ならそれで構わない。
だが、今日はリコの誕生日である。
流石にパソコンは、学生の誕生日プレゼントの範疇を超えているだろう。
だからと言って、自分が何も払わないのは居心地が悪い。
せめてオーディオのスピーカーが欲しいとかそのレベルであってくれと祈るオタク君。
「何か気になる物でもあるんですか?」
「あぁ、液晶タブレットってやつだよ」
「ッ!?」
リコの口から出たのは、想定外の答えだった。
液晶タブレット、通称『液タブ』
アマチュアからプロまで、幅広く愛されるデジタルイラストを描くための道具の一種である。
「なんで液タブを?」
「前に同人誌作ったろ? その時、エンジンにタブレット借りて絵を描いてみたんだけど、上手く描けなくてさ」
ペン入れをする程度ならエンジンのタブレットでも事足りたが、普通にイラストを描こうとすると微妙なラグが出て描きづらかったりする。
どうやらその微妙なラグが、リコはどうしても慣れなかったようだ。
まぁ、エンジンのタブレットが古いと言うのもあるのだが。
「というかリコさん、絵を描いてたんですね」
「ま、まぁちょっとな」
元々オタク君から借りた漫画で、同人を題材にしている物があり、リコは興味を持っていた。
そしてオタク君達と同人誌を作っている内に、感化されたのだ。
「それじゃあスキャナーはどうです?」
「あんなバカでかい音を立ててたら、家族に怪しまれるだろ」
「確かに」
絵を描いてる事は家族に秘密にしているリコ。
例えスキャナーの音の問題を回避できたとしても、万が一イラストを描いた紙を見られれば終わりである。
「そうですね。でしたら、早速液タブを見に行きましょうか」
「あぁ!」
リコがイラストを描くと知り、ちょっとテンションが上がったオタク君。
彼は女の子とこういった会話をするのは、憧れていたのだ。
高校に入って隠れオタクのような部で、同じ隠れオタクのような女の子と過ごす青春。
そんな、オタクなら誰もが夢見るような話。それが今、現実となっている。
イラストについて語り始め普段よりも早口になるオタク君に、リコも思わず早口になる。
二人とも格好こそまともだが、会話内容は完全にオタクである。
「へぇ、色んな種類があるんだな」
おしゃべりをしている間に目的地についたようだ。
大小さまざまな液晶タブレットが置かれたスペースがある。
どれも試し書きOKで、前の客が書いたであろうイラストが残っていたりする。
「早速試してみましょう!」
「あぁ」
ペンタブを握り、早速適当に絵を描くリコ。
「わぁ……」
思わず声が出るオタク君。
リコのイラストは、エンジンと遜色ない上手さであった。
オタク君から借りた漫画の影響か、それとも同人の手伝いの影響か、絵柄は萌え絵に近い。
だが、それでいて女性特有の繊細な筆遣いが伺えるイラストである。
描いているリコはというと、少々首を傾げている。
「どうかしたんですか?」
「いや、紙のような感覚って書いてあったけど、ちょっと画用紙に鉛筆で描いてる感じだなって思って」
凹凸の問題だろう。
引っかかりが大きい分、普通の紙と比べれば違和感は出てしまう。
「描きづらいですか?」
「いや、違和感がちょっとあるだけで、これなら全然描けるな」
「なるほど。所でリコさんイラスト上手ですね」
「そ、そうかぁ?」
言葉では否定気味だが、顔はにやけている。
完全に嬉しいヤツである。
「そ、それじゃあこれ買おうか……な……」
絵を褒められたことに浮かれながら、液タブの値段を見て固まるリコ。
お値段20万超えである。ラグが無いわけである。
リコとおしゃべりに夢中で、テンションが上がっていたオタク君。
液タブがいくらするか忘れていたようだ。
「……」
「……」
値段を見て固まる2人。
周りの液タブの値段を見るが、安くても4万以上である。
とても学生が気軽に買える値段ではない。
ならば液タブではなく、普通のタブレットにイラストソフトを入れてと考えたが、それなりの性能が無ければエンジンのタブレットと同じ結果である。
「あっ、そうだ。ならこっちの板タブを試してみませんか?」
「板タブ?」
液晶タブレットは直接液晶画面に描くことが出来るが、板タブレットは言ってしまえばマウスパッドのようなものだ。
ペンタブレットを使うための専用マウスパッドである。
値段は比較的安価で、大きめのサイズを選んでもあまり高くならない。
ただしパソコンのモニタを見ながら描くことになるので、少々慣れは必要である。
「板タブねぇ……」
最初に液タブを触ってしまったせいか、やはり板タブは違和感があるようだ。
PCの画面を見ながら、ぐるぐると円を描いてみたり、文字を書いてみたりするリコ。
最初はテンションが低めのリコだったが、少しづつ慣れて来たのか、画面にイラストを描き始めた。
数分後には、液タブで描いたイラストと遜色ないレベルのイラストが出来上がっていた。
「これ、思ったよりも良いな」
だが、値段は1万5千円。
液タブより安いとはいえ、それでもリコの頬をピク付かせてしまう値段である。
「リコさん。同じ性能で、サイズが違うだけのもありますよ」
「本当か!?」
先ほどリコが使っていた物よりも一回り程小さいが、値段は7000円程度である。
十分にお手頃と言える。
近くの店員を呼び、中身を見せて貰う。
軽く手に持ち頷くリコ。どうやら納得できるサイズだったようだ。
「それじゃあ、これ買ってきますね」
「えっ、良いのか?」
良いも何も、誕生日プレゼントを選ぶために一緒に来たのだ。ダメなわけが無い。
オタク君の誕生日にプレゼントしたスニーカーも似たような値段なのだから、遠慮する必要はない。
とはいえ、目の前で金額を見ると、買ってもらうのを躊躇ってしまうのは仕方がないという物だろう。
「はい、勿論ですよ」
「お、おう」
当然ですと言わんばかりに、ニコリと微笑むオタク君に、思わず口ごもるリコ。
目の前に店員が居るというのに、見事なイチャつきようである。
初々しいカップルに、店員も思わずホッコリである。
「お買い上げ、ありがとうございました」
会計を済ませ、店を出たオタク君とリコ。
時刻は昼前である。
「どこかでお昼食べて行きませんか?」
「そうだな。それなら行きたい店があるから、付き合ってもらっても良いか?」
「良いですよ」
お昼はリコの希望の店に行く事になったオタク君。
リコと共に向かった先は、漫画喫茶だった。
「えっ、ここですか?」
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