第14話「ほら、小田倉も食べる。あーんして!」
土曜日の朝から、オタク君は優愛の家へ足を運んでいた。
残念ながらお家デートなどという可愛いものではない。勉強のためだ。
平日の放課後は毎日優愛に勉強を教えているが、それだけではとてもじゃないが間に合わない。
なので、土日も勉強漬けである。
優愛の家のチャイムを鳴らすと、すぐに扉が開かれた。
「オタク君おはー。リコはもう来てるよ」
「そうですか。それでは早速始めましょう」
少々不愛想に感じるが、オタク君は気を緩めるとすぐに優愛を甘やかしてしまう。
『ねぇオタク君、休憩しよ?』
そんな優愛の甘えた声に、何度彼が屈した事か。
なので、少しでも勉強を捗らせるために、必死に自分を律しているのだ。
全ては優愛のテストの為に。
「お邪魔します」
「どうぞ、オタク君荷物多くね?」
「はい、今日の為に色々持ってきました」
オタク君の秘密道具である。
「ちょっと冷蔵庫お借りしますね」
即座にバラしているが、秘密道具だ。
「おっす小田倉」
「リコさんおはようございます」
どうやらオタク君が来る前から、ちゃんと勉強はしていたようだ。
机の上にはリコと優愛のノートや参考書が置いてある。
参考書には、蛍光ペンで重要な所をいくつもマークしているようだ。
「どれどれ」
オタク君がマークされた箇所を確認する。
ちゃんと重要な位置をマークされているようで、満足そうに頷く。
「オタク君、まずはどれからやる?」
「今日はちょっと趣向を変えましょう。今から基礎をやっても月曜のテストには間に合わないので、ヤマを張った部分を覚えて貰います」
「おぉ、良いね! いっそ毎回それで行こうよ!」
「それはダメです。今回はどうしようもないので、対症療法としてヤマを張るだけです。次回からはちゃんとやってください」
「えー、ケチー」
「ケチじゃないですよ。もしヤマが外れれば赤点を取った上に、基礎が出来てない状態で次回以降のテストで点数を取り返さないといけないんですよ。そんなの無理なので確実に留年しますよ」
「むむっ」
今回は最初のテストなだけあって、テストに出る範囲は狭くヤマは張りやすい。
だが、次回以降になれば当然範囲は広くなり、ヤマを張るだけでも膨大な量になってくるだろう。
なので今回限りなのだ。
そう説明するオタク君に何か言い返そうとするが、上手い返しが思いつかない。
そんな優愛にリコが話しかける。
「優愛」
「ん? どうしたリコ?」
「リコ先輩と呼びなさい」
「ムキー! やるし! ちゃんとやって進級するし!」
「学年が違っても、アタシ達友達だよ?」
「だから留年しないし! オタク君からも何か言ってやってよ!」
「小田倉先輩と呼んでください」
珍しくオタク君が優愛をいじる。
机をバンバンと叩きながら優愛が抗議を示すが話にならず。
「来年は小田倉と一緒にクラスになると良いな」
「そうですね。一緒に進級して同じクラスになりましょう」
「あーもう、良いから早く勉強! 勉強するよ!」
ここで言い合っても、一方的に言い負かされるだけと判断し、優愛は勉強する事を選択したようだ。
優愛がやる気を出してくれた事にほっとし、頬を緩ませるオタク君。
「それで、どれからやるの?」
「まずは歴史ですね。年号を語呂合わせで覚えていきましょうか」
「語呂合わせって、良い国作ろうとかのあれ?」
「そうですね。それと今は良い箱作ろうですよ」
地域によっては1192年と言われたりするが、今は1185年になっているため、良い箱なのだ。
「覚えづらい物は無視して構いませんので、覚えやすい物だけまずは覚えてください」
オタク君が次々と年号の語呂合わせを言って、それを優愛にノートに書きながら復唱させる。
目と耳と口で覚えさせる作戦だ。
実際に作戦が上手く行ったのか、それとも優愛の地頭の良さか、次々と年号を暗記していく。
「ってか全員漢字難し過ぎない? 何で昔の人は簡単な名前にしようと思わなかったのさ!?」
偉人の名前に文句を言うのは良いが、優愛や瑠璃子も簡単な部類ではない。お互い様だ。
「漢字が分からなくても、最悪ひらがなで書けば△で点数は貰えるので大丈夫です」
「えー、でもそれ私がバカっぽく思われない?」
授業中寝ていたせいで、こんな事態を引き起こしたバカはどこのどいつだ。
リコもオタク君も、喉まで出かけたその言葉を必死に飲み込む。
そのまま勉強を続け、時刻は昼の3時。
「ぐぅ~」
誰かが寝ているわけではない、腹の音である。
「ちょ、なんで2人して私を見るわけ?」
実際に自分のお腹の音と分かってはいるが、彼女の中の自尊心がそれを許さない。
必死に違うアピールをしているが、なおも彼女のお腹からは可愛らしい音が鳴り続けているのだ。
「それじゃあ、ちょっと休憩にしましょうか。台所借りますね」
「お昼ご飯ならさっき食べたから大丈夫だって。ホントホント」
「いえ、3時のおやつにしようと思いまして。勉強をしているとどうしても頭の糖分が足りなくなるので」
「そ、そうなの?」
「はい。おやつを食べた方が効率が良いですよ」
「私的にはどっちでも良いんだけど、オタク君がそこまで言うならおやつにしようか? ねぇリコ?」
「アタシはお腹鳴らしてないけど、おやつには賛成かな」
リコに抗議をする優愛に愛想笑いを浮かべ、オタク君が台所に入って行く。
包丁で何かを切っている音が聞こえてくる。
「えっ、ってかオタク君が作るの? だったら私も手伝うよ?」
「大丈夫ですよ。すぐ出来るので待っててください」
「うーん。じゃあお言葉に甘えて。疲れた~」
その場で伸びをする優愛。体の至る所からパキパキと小気味のいい音がする。
リコも少し疲れたのか、隣で足を開いて大の字になって寝そべった。
「二人とも行儀が悪いですよ」
「えっ? もう出来たの? はやっ!」
「ちょっ、小田倉来るなら先に言え。み、みてないよな?」
「何をですか?」
まるで私何も知りませんと言わんばかりのオタク君だが、リコのパンツはばっちり見えていた。
優愛と違い、リコは恥じらいがあるので、見えた事はあえて言わない。紳士である。
そんな態度のリコだが、オタク君の持ってきたおやつを見て、目を輝かせた。
優愛も同じく目を輝かせている。
「うっわ、なにこれ! めっちゃ綺麗でキラキラしてるんだけど!?」
「凄いけど。小田倉これ食っても大丈夫な奴なのか? 毒とかじゃないか?」
優愛もリコも携帯で写真をパシャパシャと取りながら、キレイキレイと呟いている。
オタク君が作ったのは、いわゆるフルーツポンチだ。
パフェなどで使う容器にサクランボ、ミカン、桃、パイナップル、バナナが入っている。
更に見栄えと量を多くするために、ジュースを少量混ぜて色付けした寒天を混ぜてある。
そして、極めつけは少量の食用金粉である。
容器を満たしたシロップの中で、金粉がゆらゆらしながら黄金の輝きを放っている。
とても映える出来だ。
「はい、食用なので何も問題ないですよ」
「凄い! オタク君これ食べるの勿体ないくらい綺麗だよ!」
「小田倉お前、これ高くないのか?」
「いえ、二人分で400円もしませんよ?」
フルーツポンチ缶1つに、バナナ1本、ついでに寒天だけだ。
金粉も500円くらいで瓶に詰まった物が買えるため、安上がりなのだ。
ちなみにこの料理は、一時期オタク君が料理漫画にハマった際に考案したものだ。
妹に出すと好評なので、自信作だったりする。
「カロリーも一人前で200ちょっとなので、タピオカの1/3くらいですから安心してください」
量が多いように見えるが、逆三角の容器なので実はたいして多くは無い。
見た目で楽しませ、沢山食べたように錯覚させる事で十分な満足感を与えれる一品だ。
「凄い、綺麗、美味しい」
「これは、また食べたいな」
2人が一口ごとに感想を言ってくれるので、オタク君も満更でも無い笑みを浮かべる。
そんなオタク君の様子に、リコが気付いた。
「そういや、小田倉は食べないのか?」
「僕は勉強するわけじゃないから、そんなに糖分を必要とするわけじゃないので」
本当は持ってきた容器が家に2つしか無かったからだ。オタク君と妹の分の。
リコがスプーンで一口分をすくってオタク君に差し出す。
「ん!」
「えっと……」
「ほら、小田倉も食べる。あーんして!」
「でも」
「小田倉だけ食べてないと、アタシが食べづらいんだ」
「そ、そうですか。それではお言葉に甘えて」
パクっと一口で食べるオタク君。
そんな二人の様子を、優愛は顔を赤くして見ている。
「ちょちょっと。二人ともそれ間接キスじゃん」
「間接キス? 別に小学生でもないんだし気にしないだろ?」
「そ、それはそうだけどさ」
なおも口をパクパクさせ、何か言いたそうな優愛。
(もしかして、優愛は間接キスを恥ずかしがっているのか?)
一瞬リコの脳裏にそんな考えが浮かぶが、即座にかき消された。
(普段からブラやパンツが見える格好をしてる優愛が、今更そんな事で恥ずかしがるわけないか)
実際は間接キスで恥ずかしがっているのだ。初心(うぶ)なので
気にせずオタク君へ食べさせる事を再開するリコ。
ちなみにオタク君も顔を赤くしているが、リコは気にした様子はない。
「むむっ……」
そんな二人の様子を見て、優愛もオタク君の隣へ移動する。
「どうしたんですか?」
「あーん」
「えっ?」
「オタク君、私のも食べて。あーん! それとも私が口付けたのは汚くて食べれない?」
「そ、そんな事ないですよ!」
オタク君にスプーンを差し出す優愛。ブルブルと震えてまるで珍獣に餌をやる職員の様だ。
震えるスプーンから零れないように注意しながら食べるオタク君。
「ほら、小田倉、今度はこっちだ」
パクッ。
オタク君、両手に花である。
「食べ終わりましたし、勉強再開しましょうか!」
「そ、そうだね! 次は何やろうか!」
気が付けばリコと優愛はオタク君に肩が触れ合うほどに近づいていた。
近づいた理由は単純に食べさせやすいようだが、勉強を再開しても離れる事は無かった。
オタク君と優愛は間接キスを忘れようと、必死に勉強に打ち込んでいった。
そのかいあってか、優愛が赤点を取る事は無かった。
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