第15話「お帰りなさいませご主人様、イェーイ」

「オタク君。見て見て。全教科赤点じゃなかったよ!」


「おぉ、よく頑張りましたね」


 鼻息を荒くしながらオタク君に点数の答案を見せる優愛。

 どれも平均点には達しないものの、赤点とは程遠い点数だ。


「凄いでしょ!」


「はい。そうだ優愛さん、今週は土曜日空いていますか?」


「何々? ご褒美? 空いてる空いてる、めっちゃ空いてるし」


「それは良かったです。それでは僕の家で勉強をしましょうか」


 優愛は思わず綻ばせた頬が、一瞬で硬直した。

 対してオタク君はニコニコと笑顔だ。


「今回はあくまでヤマを張ったに過ぎません。基礎が出来ていないのだからちゃんと覚えないといけないですよ」


「えっと、やっぱり土曜日はあれかもしれない」


「期末は助けれなくなりますけど、良いですか?」


「むぅ……分かった」


 渋々といった様子だが、優愛は別に嫌がっているわけではない。

 なんだかんだで嬉しかったりする。それを素直に言うのは、何故か恥ずかしいと思ってしまっただけで。


「家の人は大丈夫?」


「両親は旅行で、妹は友達の家にお泊りなので大丈夫ですよ」


 家人の居ない家に女の子を誘い込むオタク君。中々のプレイボーイである。


「了解!」


「それじゃ、僕は今日は帰るので、さよなら」


「ばいばい」

 

 放課後の部活に寄らず、まっすぐ帰るオタク君。

 家に女の子を呼ぶには、準備が色々必要なのだ。

 スケベな準備ではなく、部屋の片づけ的な意味で。


「あっ、そうだ」


 何かを思いついた優愛。

 教室を出て行きついた先は、第2文芸部の部室だ。


「ごめーん、ちょっと良いかな」


 ノックも無しに扉を開ける。


「ヒィアアアアア」


「で、出たでござる!」


 思わず椅子から転げ落ちるチョバム。


「ちょっと、そのリアクション酷くない?」


「か、軽い冗談でござるよ」


「鳴海氏は冗談が分からないですな」


 そう言ってチョバムとエンジンがアッハッハと笑う。

 笑いながらこっそりとパソコンの画面も消していた。見られたら困るような物を見ていたのだろう。


「今日は小田倉殿は居ないでござるよ?」


「うん。オタク君ならもう帰ったよ。実は二人に相談があって来たんだけど」


 優愛がオタク君と言うと、チョバムとエンジンが少しにやけた。

 オタク君を自分に投影しているのだろう。実際はオタク君に向けられてる言葉だが。


「拙者たちでござるか?」


「まぁ聞くだけなら聞きますぞ」


「実はさ……」



 土曜日。

 オタク君の両親は朝早くから家を出て、妹も既にお泊りの為に友達の家に行っている。

 誰もいなくなった家で、オタク君はクマのように徘徊していた。


 変な物は置いてないか、トイレはちゃんと掃除をしたか、部屋にある見られたらヤバいものはちゃんと隠せたか。

 何度も同じところをぐるぐると回っては、確認をするの繰り返しだ。


 勉強を教えると言っていたオタク君だが、今更になって誰も居ない家に女の子を呼ぶ、事の重要さに気付いたのだ。


(どうせ僕みたいなオタク、優愛さんの眼中になんかないし!)


 そうやって自分を卑下してみるが、それでも期待が高まってしまうのが男というもの。


 不意にチャイムの音が鳴った。

 オタク君は気を落ち着かせるために、一度大きく深呼吸をしてから玄関のドアを開けた。


「オタク君やっほー」


 玄関には、私服姿の優愛が居た。

 相変わらずブラやパンツが見えそうな服だ。


「あっ、おはようございます」


「おじゃましまーす」


 オタク君がどうぞという前に、家の中に入って行く。 

 既に家の中は片づけた後、優愛の様子に怯む事無くオタク君はついて行く。

 本来はオタク君の家なのだから、オタク君が前を歩いて案内する所だ。


「オタク君、着替えるからどっか部屋借りれる?」


 優愛の手には、お泊りでもするのかと言わんばかりに膨れ上がったボストンバッグがあった。

 何故着替えるのだろうかと思うオタク君だが、今の格好で勉強をされても集中が出来ない。

 それなら着替えて貰った方がありがたいと洗面所へ案内した。


「そだ。オタク君ちょっと玄関の外に居てくれる? 準備が出来たら呼ぶから?」


「えっ、準備って?」


「良いから良いから。ねっ?」


 怪訝な顔をしながらも、僕が覗く可能性があるから玄関の外に出て欲しいのだろう。

 そんな風に考えてオタク君は玄関に出た。


「オタク君入って良いよー」


 しばらくして、優愛の声が聞こえた。

 オタク君はドアに手をかけて、家の中に入った。


「お帰りなさいませご主人様、イェーイ」


 玄関の先には、何故かメイド服を来た優愛がギャルピースをして立っていた。

 どうだと言わんばかりのドヤ顔をして。 


「えっ?」


「どうよ!」


「ごめん、ちょっと分からない」


「えっ、これメイドでしょ?」


「あっ、はいメイドですね」


 オタク君が言った分からないはメイドの事ではなく、何故優愛がメイド服を着ているかという事だ。

 なおもドヤ顔でポーズを取るが、どれもメイドからはかけ離れているギャルポーズだ。


「誰の入れ知恵ですか?」


「チョバム君とエンジン君だよ。オタク君にお礼したいって相談したら、メイドが良いよって教えてくれて、この服も貸してくれたのよ」


「えっ、なんであいつらメイド服持ってるの?」


「やっ、それ私も思った」


 彼ら曰。オタクたるもの、メイド服の一着くらいは備えてあるものだと。


「だから、今日オタク君に勉強教えてもらう合間、私がメイドやるって事でどうよ」


「どうよって言われましても……」


 返答に困るオタク君。

 優愛の来ているメイド服はミニスカートに胸元を強調するような代物で、少々性的だ。

 本来メイド服はご主人を発情させないための服だったのだが、全く逆効果である。


「そ、それじゃあよろしくお願いします」


 このオタク君、ノリノリである。

 優愛を悲しませないためとか、チョバムとエンジンには困らされたものだとか必死に考えているが、実際はメイドが好きなのだ。

 彼の性癖の一つでもある。


「オッケー任せて。チョバム君とエンジン君にはメイドの作法が分かるゲーム貸してもらったから、バッチリよ」


「メイドの作法が分かるゲームですか?」


 物凄く嫌な予感のするオタク君。

 だがその予感は、的中してしまうのである。


「お仕置きメイド3ってやつ!」


「お仕置きメイド3……」


 正式名称「ご主人様大好きなメイドはいつも失敗ばかり、お仕置きメイド3」である。 

 当然メイドが好きなオタク君も内容は知っている。


「それって、背中のマッサージをしたり、水着で背中を流したりする奴ですか?」


「そうそう。オタク君も知ってるんだ!」


(なるほど、それなら全年齢対象版だ)


 何故未成年のオタク君がR18版との差分を知っているのかは、この際置いておこう。

 どうやらチョバムとエンジンも、最低限の理性はあったようだ。


「それで、オタク君がどうしてもって言うなら、その、お風呂で背中を流しても」


 恥ずかしそうにボソボソという優愛だが、オタク君の耳には入っていない。

 彼の頭の中では、変なシーンが無かったか確認中なのだ。


「それじゃあ勉強終わった後に、背中のマッサージをお願いしても良いですか?」


「あ、うん」


 見事な鈍感プレイでチャンスを投げ捨てていくオタク君。

 とはいえ、背中のマッサージはそれはそれでエロく感じたので、彼としては満足だろう。


 その日はスケベな事など何もなく、オタク君は暗くなる前に優愛を家に帰した。



 後日。


「に、二度もぶったでござるな!」


「親父にも殴られたことがないのにですぞ!」


「殴って何が悪い!」


 どこかで聞いたことのあるセリフだ。


「流石に悪ノリが過ぎる。優愛さん本当にメイド服着て来たんだからな」


「えっ、マジで?」


「流石に引いて小田倉殿の家に行かないと思ったでござるが」


「まだお仕置きが足りないようだな」


「待ったですぞ。つまり鳴海氏はゲームのような行為を小田倉氏にしたという事ですか!?」


「えっ、いやぁ、その」


「吐くでござる。小田倉殿吐くでござる」


「いやぁ、なんかあったっていうか」


 話を少しだけ誇張しながら自慢げに話すオタク君。

 その得意げな表情が、チョバムとエンジンの怒りに火をつけた。


「チョバム、いきなり羽交い絞めしてなんだよ!」


「そんな小田倉氏、修正してやるですぞ!」


「一方的に惚気られるウザさと苦しみを教えてやるでござる」


 しばらく暴れた後、彼らはメイドに属性を付け足すならどれが好きか熱く語りあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る