第50話「……ったく何やってんだ、アタシ」
それは、オタク君が優愛のお見舞いに行った日の事だった。
リコはスポーツドリンクと桃缶が入ったレジ袋を片手に、優愛の家へ向かっていた。
ラ●ンのグループチャットには、リコが居る事を忘れたかのように、2人だけの世界が出来上がっていた。
「ったく、小田倉の奴もう着くって、どれだけ急いで行ったんだよ」
携帯を開く。
ラ●ンのグループチャットには数分前に『今電車に乗ったので、もう少しで着きます』と書かれていた。
リコはというと、電車待ちをしている最中だ。
これでも彼女なりに急いできたのだが、オタク君は既に電車を降りている時間だろう。
「どうせならアタシと一緒に行った方が良いだろうが、優愛は女なんだから、小田倉じゃ色々困る事が出るだろうし」
ブツブツと独り言を言いながら不満をぶちまけるリコ。
要はオタク君と一緒に、優愛のお見舞いに行きたかったのである。
ムスっとした顔のまま電車に乗り、むすっとした顔のまま優愛の家の前まで来た。
どうやらまだご機嫌は斜めのようだ。
「小田倉はムッツリだから、優愛に変な事してなければ良いけどな」
誰に言うでもないが、当てつけのように声に出しながら優愛の家のドアノブに手をかけようとするリコ。
だが、掴もうとした手が止まる。
「私このまま死ぬんじゃないかと思ったら怖くて」
家の中から、優愛の声が漏れ聞こえていた。
リコがコッソリと聞き耳を立てる。涙声で少々聞き取りづらいが、ギリギリ何を言ってるか聞き取れるレベルだ。
「それは大変でしたね」
「うん。そしたらオタク君が来てくれて……」
まるで子供のように泣きながら、優愛がどれだけ寂しかったかをぶちまける。
そのたびに、オタク君が相槌を打つ声が聞こえてくる。
(この様子なら、優愛が小田倉に抱き着いてるんだろうな)
にししといやらしい笑みを浮かべながら、ドアノブに手をやるリコ。
(ここでアタシがドアを開けたら、2人はさぞかし驚くだろうな)
そんな風に考えて、ドアノブに手をかけているというのに、リコは一向にドアを開けようとしない。
何度も「開けるぞ!」と気合を入れるリコだが、結局ドアが開かれる事は無かった。
そうこうしている内に、優愛は落ち着いたのだろう。
2人が奥へ向かう足音がドア越しに聞こえた。
(別に、今ならチャイム鳴らしても問題ないよな)
オタク君と優愛を脅かすのが目的じゃなく、お見舞いが目的だった。
そう自分に言い聞かせ、チャイムを鳴らそうとするリコだが、気づけば屈みながら玄関から庭に向かっていた。
窓からこっそり中を
「相変わらず、親がいねぇとすぐに汚すな」
中のゴミ山もそうだが、干しっぱなしの洗濯物を見てため息を吐くリコ。
優愛は外見はあれだけ女らしいのに、家事に関してはどうしてここまでズボラなのだろうかと思わざる得ないようだ。
「料理が出来たのか、ってかアイツ手際良いな」
オタク君が料理をお盆に乗せて、2階に上がっていく姿が見えた。
リコがコッソリ窓に近づき、軽くスライドさせてみると、そのまま窓が開いた。
どうやら鍵をかけていなかったようだ。不用心である。
靴を脱いで、キョロキョロしながら中に入るリコ。
完全に不審者である。
2階からは、優愛の声が聞こえる。
「あーん」
「はい、どうぞ」
「えっ……あーん」
優愛の甘える声と、甘やかすオタク君の声をしばらく聞き続けたリコ。
「……ったく何やってんだ、アタシ」
窓を閉め、靴を履いてそのまま優愛の家の玄関を後にする。
(アタシも風邪ひいたら、あんな風に看病してくれるのかな)
「……アホらし。帰ろう」
子供の用にレジ袋をぐるぐると回しながら、リコは帰って行った。
オタク君も優愛も、この日リコが来ていた事に気付かなかった。
翌日。
優愛はこの日も体調不良で休みだった。
とはいえ、ラ●ンのメッセージでは、昨日と違い普通に受け答えをしていた。
なんなら、オタク君やリコが授業中でも、優愛から機関銃のようにメッセージが届くほどに。
「リコさん。今日優愛さんのお見舞いに行きますが、一緒に行きませんか?」
「あぁん!?」
まだ休んでいるとはいえ、体調が良くなり機嫌の良い優愛に対し、リコは恐ろしく不機嫌だった。
ラ●ンは優愛の機関銃のようなメッセージ連射で使い物にならないので、リコを呼ぶために、リコのクラスにまで来たオタク君。
お見舞いに行かないかと言っただけで、ここまで不機嫌になる物なのか?
理由を知らないかと、リコの友人にアイコンタクトを試みるが、首を横に振られてしまう。
「えっと、リコさんは行くの辞めておきます?」
「あぁん? 行くけど?」
(一緒に優愛の見舞いに行くのは癪だけど、ほっといてこいつらがイチャイチャすんのもなんか腹立つな)
この日、リコは終始不機嫌だった。
何故リコが不機嫌だったのか、オタク君も、優愛も、そしてリコ本人ですら分からないままだった。
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