閑話「強気っす」

『最近流行りのオタク系男子、そんな彼らを落とす必殺テクニックを紹介』


 時刻は夜八時を過ぎたころ。

 部屋で宿題をしていた優愛が、何気なくテレビをつけるとそんなテロップが目に入った。


『オタクの男の人ってどう思いますか?』


 テレビでは、マイクを持ったリポーターの女性が、少女達へそう言って取材をしているところだった。


『えっ、めちゃくちゃ良いじゃん!』


『好きな物に熱中してる男子ってカッコ良くない?』


 取材に対し、少女たちが嬉々として答える。

 そんなテレビに映った少女達に、優愛が全力で肯定していた。


「分かる! めっちゃ分かる~!」


 テレビでは他の少女達にも同様の質問をし、それに対し少女たちは肯定的な返事をしていた。

 少女達の言葉に、優愛はまるで友達に話すかのように「だよね!」「そうそう!」と同意をしたりと大はしゃぎである。

 

『最近女子の間で人気上昇中のオタク系男子、そんな彼らを落とす必殺のテクニックを紹介!』


「おー!」


 テレビの前で正座し、拍手をする優愛。

 宿題など既に優愛の頭から離れていた。


 翌日。

 うんうん唸りながら教室へ向かう優愛の姿があった。

 考え込んでいるのか、廊下で知り合いに挨拶をされても、いつもより元気が三割減な挨拶で心ここにあらずな反応である。

 そんな優愛の悩みは、教室のドアを開けると同時に解決される事になる。


「あっ、リコさん。昨日の宿題ってもうやりました?」


「ん、どうした?」


「いえ、どうしてもわからなかった場所があって。ちょっと答えみせて貰っても良いですか?」


「あいよ」


 オタク君とリコの、日常的なやり取りである。

 めんどくさそう、というよりはぶっきらぼうな感じのリコが自分の机からノートを出し、オタク君の机の上にポイっと投げる。


「ありがとうございます。そうだ、今度何かお礼しますね」


「別に良いよ。これくらい、いつでも見せてやるよ」


 オタク君とリコのやりとりを見て、優愛の中で一つの解が出た。


(そうか、ツンデレってそうやれば良いんだ!)


 ツンデレ。

 西暦二千年頃にその概念が確立されると、瞬く間にオタク文化に広がり、今やメジャーな属性の一つ。

 ツンツンした感じの子が、時折デレるその姿に、分かっていてもときめからざるを得ないほどである。

 そんなツンデレに、なぜ優愛が興味を持ったのか?

 昨日テレビで『オタクを落とすための必殺テクニック』と紹介されたからである。


 今や一般にも浸透しつつあるツンデレ。

 しかし、理解を得るにはまだ早く、何となくは分かるが、実際にツンデレするにはどうすれば良いか分からないのが現状である。

 だが、リコを見てツンデレとは何か少しだけ理解が出来たようだ。


 オタク君とリコのやり取りを見てツンデレを勉強する優愛。

 まぁ、リコはツンデレというよりクーデレに近い気がするが、クーデレはツンデレの亜種なので問題ないだろう。


(完全に理解した!)


 一日かけ、ツンデレとはどうすれば良いか理解したようだ。

 そして迎えた翌日。

 いつもより早い時間に登校し、ソワソワしながら自分の席でオタク君が来るのを待つ優愛。

 彼女の作戦はこうである。


 まずオタク君が優愛を頼る。

 次に優愛がそれをパパっと解決。

 そして、そこで決め台詞の「私がやりたかっただけで、別にオタク君の為じゃないんだからね!」


(ヤバイ、完璧じゃね!?)


 オタク君が頼りに来るのを待つ姿勢の優愛。

 待つ事一時間、二時間、三時間……そして放課後。


(オタク君が私のところに来ないんだけど!?)


 確かに完璧なツンデレ作戦だった。

 オタク君が優愛に頼ることが少ないという点に目をつぶればだが。


(よく考えてみれば、オタク君が私に頼る事ってほとんどないじゃん)


 どうやら優愛も作戦の穴に気が付いたようだ。

 がっくりと肩を落とす優愛。

 仕方がないので、ツンデレ作戦は諦め帰り支度をしている時だった。  


「優愛さん、ちょっと良いですか?」


 皆が帰った教室に、オタク君が戻ってきたのだ。

 教室内を見渡、優愛がいるのを確認し声をかけてきたオタク君。


「ん? 何々?」


「めちゃ美が前に買った化粧品、自分には合わなかったから優愛さんにどうですかって」


 オタク君がカバンから化粧品を取り出し、優愛の席に並べていく。

 並べながら優愛の顔色を窺うオタク君。優愛が好きなものなのかイマイチわからないので。

 だが、オタク君の杞憂とは裏腹に、優愛の目は輝いていた。


「えっ、それ高いやつじゃん! 良いの?」


「使わないからって言ってたので、後でめちゃ美にお礼を言っておけば良いと思いますよ」


「マジで! うん、後でめっちゃお礼言う!」


 嬉しいと言いながら、化粧品を手に取り眺める優愛。

 そんな優愛を、オタク君がじっと見つめる。

 オタク君が見ている事に気付き、我に戻る優愛。

 新しい化粧品で少々浮かれ過ぎていた自分に恥じらいを感じる。


「も、もしかしてオタク君新しい化粧品だから試してみたかったりする?」


 優愛、苦し紛れの誤魔化しである。

 だが。


「えっ、良いんですか!」


 正解である。

 オタク君、ちょっとめちゃ美の化粧品が気になっていたのだ。

 新しいものには興味を示す性格なので。

 

 そして、優愛も新しいもの大好きである。

 なので「じゃあお願い」と素直に言おうとして、言葉を止める。


「ま、まぁ、どうしてもって言うなら、良いけど!」


「はい。どうしてもです」


(やった、言えた!)


 優愛式ツンデレである。

 本来ならもうちょっとけだるげにしながら言うべきではあるが、本人が満足ならそれでそれで良いだろう。


 オタク君を落とす事は出来なかったが、放課後の教室で二人きりの楽しい時間が過ごせたのだから優愛としては満足な結果であった。

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