第9話「他の奴らが居る前では絶対にするなよ」
「はっ? いきなり何お前?」
「あのさ、吉田君が好きだからって、リコをダシにして自分上げするの辞めてくれるって言ってるの?」
「はっ、ちょっ」
リーダー格の女子がそう指摘されると、顔を赤くして言葉を詰まらせた。
「おお、吉田お前だってよ」
「ヒューヒュー。やるじゃん」
男子たちはと言うと、目標が変わった事に気付き早速からかい始める。
吉田と呼ばれた男子が心底迷惑そうに「やめろって」と言うが、周りの男子たちは反応すればするほど面白がってからかうだけだった。
「大体あんなブス興味ねぇし!!!」
ついに吉田の堪忍袋が切れたのだろう。
思わずそう叫ぶと、リーダー格の女子の顔が曇っていく。
「はぁ? ちょっと酷くね?」
「ってか鳴海、テメェ調子こいてんのか?」
その様子を見て、取り巻きの女子達が優愛に噛みつく。
しかし優愛はというと、取り巻き女子達をつまらないような物を見る目で見ている。
「あんたらも、よくこんな奴庇えるね。いつもどっちか居ない時に悪口言われてるのに」
「はぁ?」
「そんなこと……ねぇし」
「ちょっと、何? 今どもったけど、本当に居ない時2人して私の悪口言ってるの?」
「私は言って無いし、ってかそっちこそどうなのよ」
「わ、私も言ってねぇし。あいつが勝手に言ってるだけだから……」
取り巻き女子がリーダー格の女子を見る。
「ちょっと、鳴海の言う事なんか信じなくて良いってば。そんなのうそだってわかるっしょ?」
そうは言うものの、このリーダー格の女子はとにかく誰かの悪口を言ってばかりだったりする。
もちろん、取り巻き女子も含めてだ。
「最悪。もう話しかけんな」
「男狙いでやってたのかよ」
故に取り巻きの女子達が離れていく事になった。
普段の行いから、彼女が自分たちの悪口を言っていると確信したからだ。
「マジお前らうぜぇんだけど!」
そう言って教室を出て行った。
しばらくすると予鈴がなった。
「優愛たち教室に戻らなくて良いの?」
「そうだね。じゃあまた後で」
「ん」
存在感が薄くなって居て分からないが、優愛と共にオタク君も一緒に居た。
優愛のバトルを見てオロオロしているだけだったが。
「鳴海さん。あれで良かったのですか?」
「うんうん。大成功だよ」
満足そうに頷く優愛。
「男子たちってリコを馬鹿にしてたけど、急に可愛くなったらバカにしづらいでしょ?」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
実際に男子連中が黙ったのは優愛の言う通り、リコのイメチェンで馬鹿にしづらくなったからだ。
リコのメイクをしたのはオタク君だ。故に女子がするメイクよりも男ウケが良くなるのは当然だった。
オタク君が好きなメイクなのだから、男にはウケやすい。
「普段は言い返そうとすると、途中で男子が加勢してからかって来たりするんだよね」
「そうですね。昨日も馬鹿にする時一緒になってましたし」
「せめて男子さえ少しでも黙らせれば、後はあいつらだけだったからね」
あいつらと言うのは、リーダー格の女子達の事だ。
「でも、よく吉田君が好きって分かりましたね」
「それは女の堪ってヤツ?」
そう言って優愛はイタズラっぽく笑うが、本当はちゃんと調べ上げていたりする。
誰にでも話しかけるので、交友関係は広く、その中でリーダー格の女子と同じ中学の子が居たのでその子から教えて貰っていたのだ。
「でも、これでいじめが悪化したりはしませんか?」
「大丈夫っしょ。一緒に居た子達も離れたし、1人じゃ何も出来ないと思うよ」
そう言いつつも、優愛も少し不安に思い、何度もリコの教室を覗きに行った。
優愛の不安は杞憂に終わり、リコにちょっかいをかけられるような事は無かった。
本日の授業を終えたオタク君は、部活動には顔を出さずさっさと帰る事にした。
朝早くから優愛の家に行ったので、既に眠いからだ。
教室を出て下駄箱へ、そのまま校門を出てしばらくした所で見知った顔を見つけた。
リコだった。
普通ならもう知り合いなのだから、声をかければ良いだけだ。
しかしオタク君は女慣れをしていない。
(ここで下手に話しかけても嫌がられるかもしれないな)
そんな風に考えるオタク君。相変わらずの自己評価の低さである。
彼の結論は、ちょっと頭を下げて横切るだった。
「おい小田倉」
「あっ、はい」
横切ろうとするオタク君に、リコが話しかける。
「えっと、姫野さん、何か用かな?」
姫野とはリコの苗字である。
彼女の本名は姫野瑠璃子(ひめの るりこ)
身長が低い彼女は、この苗字と名前のせいで可愛いと弄られる事が多い。
「姫野はやめてくれ、名前もあまり好きじゃないからリコで良い」
「あっ、はい。リコさん」
なので、ある程度親しい人間にはリコと呼ばせている。
どうやらオタク君も、ある程度親しい認定をされたようだ。
「それで、どうしました?」
「いや、その……今日は色々とありがとな。あいつらどうにかするために、優愛と計画してやったんだろ?」
「知ってたんですか?」
「いや、優愛の様子が変だからどうせそんな事だろうと思ってな」
「そうですか。でも僕自身もやりたかった事なので気にしなくて良いですよ」
実際にオタク君はリコの髪やメイクを弄るのを楽しんでいた。
化粧道具も色々触れたから、今後のオタ活に生かせる。そんな風に考えているくらいだ。
「それとさ、前に小田倉が居ない時『オタクだからキモイ』って言って優愛に怒られたことがあんだけどさ、お前の事良く知らずそんな事言っちまって、その悪かった……ごめん」
リコが少し挙動不審になりながら謝罪の言葉を口にした。素直に謝れず、どう謝れば良いか悩んでいたからだろう。
何度も「あの」や「その」を入れながら、リコはオタク君に謝罪の後に頭を下げた。
そんなリコを見て、オタク君の目元が和らいだ。
この時オタク君は、気が緩んでいたのだろう。
リコの必死に謝る姿が、最近はめっきり自分に冷たくなってしまった妹とかぶって見えたのかもしれない。身長的な意味で。
「気にしなくて良いですよ」
だから、そう言いながら、オタク君はリコの頭を撫でた。
「あぁん?」
「あっ……」
慌てて手を離すオタク君だが、既にやらかした後。
猛獣のような目つきで睨みつけて来るリコに対し「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「おい小田倉ァ!」
「ひぃ、ごめんなさい」
思わず防御の姿勢をするオタク君。
だが、彼が想像した攻撃が飛んでくる事は無かった。
思わず閉じた目を、ゆっくりと開ける。
「ったく、他の奴らが居る前では絶対にするなよ」
「は、はい」
「特に優愛の前でやったら承知しねぇからな!」
(他の人が居なければしても良いの?)
そんな疑問が湧いたが、当然オタク君は口には出せない。
せっかく鉾が収まったのに、そんな事を口にすれば、またリコが怒り出しかねない。
「用件はそれだけだ」
「あっ、はい」
「それじゃ小田倉、またな」
リコと手を振り別れた後、オタク君は顎を抑え首を傾げた。
「メイクの時にチークなんて塗ったっけ?」
少しだけリコの頬が赤くなっていたのは、きっとオタク君の気のせいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます