第8話「言っとくけど、今日だけだからな。こんな恥ずい格好すんの」

「それでどんな感じにするの?」


「そうですね。まずは髪の毛をストレートにしましょうか」


 オタク君は優愛から借りたヘアアイロンに電源を入れる。

 自分が使っていた物よりは一回りも二回りも大きい。その為多少の感覚の違いを感じ少しためらった様子だ。


「もし熱かったら言ってください」


「お、おう」


 悪態をつこうとしたリコだが、それでオタク君の手元が狂ったらと考えると流石に大人しくせざる得なかった。

 オタク君は、まずは軽く霧吹きでリコの髪全体を湿らせながら、櫛を通す。

 一応それだけでも真っ直ぐにはなるが、乾けばまた跳ねてカールし始めてしまう。


「洗濯ばさみを使うの?」


「はい。本当は大きいクリップが良いのですが、あいにく持っていないので。痛くないようにしますので、ちょっと我慢してくださいね」


 ヘアアイロンをかける順番を考えながら、洗濯ばさみで髪をブロック分けしていく。

 洗濯ばさみはドールウィッグの調整からプラモの塗装する時の固定まで色々な用途に使えるので、オタク君は普段からいくつかストックしている。

 今回持ってきた洗濯ばさみは、挟む力が弱めの物だ。痛くないようにするのと、変な癖がつかないようにするために。


 リコの髪を、根本付近からアイロンをしていく。

 固い髪質なので、一度に多くの髪を取り過ぎないよう、少しづつ、ゆっくりと丁寧に。


「わぁ、オタク君凄い!」


「確かにこれはすげぇな」


 リコが自分の髪を触ると、滑らかな手触りと共にサラリと指から滑り落ちていく。

 普段の絡みつくような癖毛からは想像できない出来に、リコも驚くしかなかった。


 ただ一つ不満があるとすれば、普段は癖毛のおかげで少しだけ身長が盛れていた分が減った事である。

 リコが自分の頭のてっぺんを触ると、そこにはペタンコになった髪があるだけだった。 

 まぁ、盛ったところで身長が140に届く程度なので、小さい事には変わりがないのだが。


「それでは髪型をセットする前に、先にメイクをしますね」


「あいよ。時間は大丈夫なのか?」


 3人してチラリと時計を見るが、登校するまでまだ1時間はある。


「大丈夫、だと思います」


「もしもの時は、3人仲良く遅刻すれば良いんじゃない?」


「良くねぇよ」


 乾いた笑いを浮かべながら、オタク君がリコのメイクを落とし始める。


「あ、それなら私も手伝えるよ」

 

「それならお手伝いお願いします」


「了解」


 メイク落としのシートを使うと、リコのメイクはすぐに全て取れた。

 彼女はまだ学生、メイクと言っても眉とアイラインを少し弄る程度でしかない。


「あんまジロジロ見んなよ。恥ずいから」


 すっぴんと言っても、メイクを落とす前とたいして変わった様子はない。

 それでもリコにとっては恥ずかしいようだ。


 そんなリコの言葉も、今はオタク君には届いていない。

 オタク君は完全に集中モードに入っているようだ。


 まずは瞼付近に薄いアイシャドウを塗り、その上部にゴールド、目じりにピンクとグラデーションを作っていく。

 オタク君が普段ドールヘッドのメイクをする時に色鉛筆でやってる方法だ。


 今回は優愛の化粧品を使っているので、仕上がりがかなり自然になっている。

 オタク君がじっとリコの目を見つめながら、ゆっくりとアイラインを引いていく。


「そうだな、せっかく可愛いんだから、目はタレた感じにした方が良いかな」


 ぶつぶつと呟きながらメイクを施すオタク君。

 完全に相手がリコという事を忘れ、大きいドールでも相手しているような状態になっている。


「おまっ、誰が可愛いって」


「動かないで!」


 なおも呟くオタク君に突っ込もうとするリコ。

 だが集中モードに入ったオタク君は周りが見えず、態度が強気になっている。


 後で絶対に殴る。そう思いながらリコは大人しくすることにした。


「鳴海さん、出来るだけ小さい筆ってありませんか?」


「有るけど、どうするの?」


「口紅ですが、このままだと上手く使えないので、筆に付けてから塗りたいので」


「なるほど。ちょっと待ってて」


 優愛は奥の部屋へパタパタと駆け出し、すぐに戻って来た。

 手に持っているのは絵の具で使うような筆だ。細さは小指の半分もないサイズの。


「これでいける?」


「多分大丈夫です」


 口紅を筆ですくいながら、ゆっくりとリコの唇へと運んでいく。

 オタク君が選んだのは薄いピンク。上唇は面積より少し少なめに塗っていく。


「……これで完成です」


 オタク君がそう言ってリコに鏡を手渡した。


「な、なんじゃこりゃああああああああ!!!!」


 まだ朝早い時間だと言うのに、ご近所様から苦情が来そうな程の大声を出すリコ。

 彼女が驚くのも無理なかった。


「アタシの目なんでこんなデカいんだよ! ってかガキっぽいだろこれ!」


「そんな事ないよ。可愛いじゃん!」


 メイク落としシートで落とそうとするリコを、優愛が必死に止める。

 オタク君がリコにしたメイクは、目を大きく見えるようにして、口角が上がって見えるようにしたメイクだ。


 リコは不機嫌そうな顔をしている。別に不機嫌ではないが、周りから見たら不機嫌そうに見えるのだ。

 そんなリコを見て、ふざけてちょっかいをかけたがる人間は多いとオタク君は考えた。


 まずは目を大きくし、やや垂れさせる。それだけでもキツイ印象が大分抜ける。

 そして唇も口角が上がっているように見えれば、自然と機嫌が良さそうに見えてくる。

 結果として、ちょっと子供っぽくはなってしまったが、彼女の体型からすれば可愛らしい感じに仕上がったとも言える。


 ストレートになったせいで垂れた前髪をヘアピンで留めると、更に可愛さが増してしまう。

 そんなリコを優愛は抱きしめながら可愛いを連呼していた。


 なおもメイクを落とそうとするリコ。

 最終的に優愛の泣き落としにより、渋々本日はそのメイクで過ごす事にした。

  

「そうだ、どうせなら格好ももうちょっと変えよ。リコってばスカート長いし、ブラウスはちゃんと入れちゃってるし」


 言うが早いか、優愛が制服の上からリコをまさぐり始める。

 右手でブラウスのボタンを外しながら、左手でスカートを折り始めている。


「お、おいバカ。小田倉が見てんだろ、一旦手を止めろ。小田倉、テメェは後ろ向け!」


「あっ、はい!」


「見てないよな!」


「勿論です!」


 そう答えたオタク君だが、チラリとリコの下着が見えたのは秘密である。

 


 リコのイメチェンも終了し、3人は学校へ向かった。

 可愛く仕上がったリコだが、優愛の手によってブラウスが上は胸元まで、下はへそが出る部分までボタンを開かれている。

 ネクタイはゆるゆるに締められ、太ももが出る程のミニスカートで小悪魔的なコギャルになっていた。


「言っとくけど、今日だけだからな。こんな恥ずい格好すんの」


「えー、ずっとそれで良いじゃん」


 そんな会話をしながら、リコの教室にたどり着いた。

 リコが教室に入ると、その変わりっぷりにクラスメイトの誰もが二度見をした。


「ちょっと、何イメチェン? ってかガキにしか見えないんだけど?」


 そんなリコを見て、昨日リコにちょっかいをかけてた女子達が早速絡みに来る。

 だが、少しだけ様子が違った。


「お前らも何か言ってやりなよ」


「……」


 男子たちは狼狽えた様子で何も言わない。

 優愛はそれを見て、作戦の成功を確信し思わず笑みをこぼす。


「あのさ、リコにウザ絡みすんのやめてくんない?」


 優愛の反撃が始まった。

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