第2話「マジで! オタク君ヤバすぎ!」

「さてと、どうしたものか」


 オタク君は、家に帰るなりかばんをベッドに放り投げ、机の上に付け爪を並べた。

 この付け爪を、優愛に見せて貰った画像のように仕上げるのは可能だ。

 だが、プラモデルの塗装と同じ塗料で良いのか。それが問題だった。


「とりあえず、塗料を剥がしておくか」


 カタカタと音を立て、パソコンでマニキュアの剥がし方を調べていくオタク君。

 パソコンに表示されるマニキュアを落とす方法は、大抵が除光液だ。


「除光液、500円もするのか……」


 500円、それは高校生にとっては決して安くない金額だ。

 ラノベや漫画が一冊買えるだけの金額。好きなお菓子やジュースを買ってもまだおつりがくる。

 バイトもしていないオタク君にとっては、500円は貴重なのだ。

 それが爪の塗料を落とすだけの出費となれば、尚更悩む事になる。


「シンナーでもいけるのか、それならあるぞ!」


 うんうん悩みながら、30分程パソコンと睨めっこをした結果、代案にたどり着いたようだ。

 早速プラモデル用のシンナーをティッシュに染み込ませ、付け爪を一枚づつ丁寧に拭いていく。

 何層にもマニキュアで塗り固められたせいで、思ったよりは時間がかかったが、綺麗にふき取ることが出来た。


「さてと、どうしたものか」


 付け爪を、塗装したプラモデルを乾かすために使う食器洗い乾燥機に入れて、机の上で腕を組む。

 どうするか決めず、とりあえず塗装を剥がしただけなので、先の事は考えていなかった。


 プラモデル用の塗料で塗れば、こんな簡単には剥がせなくなる。


(それを知ったら、鳴海さんがどう思うかな……)


「本人に確認してみるかな」


『付け爪ですが、一度塗装すると剥がせなくなりますが宜しかったでしょうか?』


「なんか固いな。クラスメイトなんだから、もうちょっとフレンドリーにした方が良いかな?」


『付け爪だけど、一度塗装すると剥がせなくなっちゃうよ。良かった?』


「これだと馴れ馴れしい奴だな。友達面すんなとか言われそうだ」


 優愛にラインを送ろうとしてかれこれ1時間が経過していた。

 オタク君はいまだにメッセージ1つ送れず悩んでいる。


 何故なら彼は友達が少ないからだ。

 更に言うと女の子の友達は居ないから。


 オタク友達相手なら、いくらでも軽いノリで話せる。

 だが、女の子相手にはどう話せば良いか分からないのだ。  

 だから、いまだに悶々としながら携帯の画面でメッセージを書いては消してを繰り返している。


 何度目かのメッセージを書いてる途中だった。


『オタク君起きてる~?」


「うおぉ」


 思わず変な声が出た。いきなり優愛からメッセージが飛んできたのだ。

 

「どうしよう。既読着いちゃってるよな」


『既読付くのはやっ!』


「あっ、あっ」


 焦るオタク君だが、画面の向こうからはそんな様子がわかるわけもなく、昼間と同じように次々としゃべり続ける優愛。

 メッセージが表示されるたびに、どこぞの神隠し映画に出て来る黒い妖怪みたいに「あっ、あっ」を繰り返すばかりだ。


『はい。起きてます』


 必死になって返せたのが、この一文である。

 

『起きてたんだ! 今何してる?』

『私は今お風呂あがった所だよ!』


 なおもマシンガンのように届くメッセージの中に、画像が埋め込まれていた。


「えっ」


 そこには、少し胸元がはだけたパジャマ姿でウインクを送っている優愛の画像だった。

 別にお色気のつもりでなく、本人は可愛く撮っただけのつもりである。

 だが、オタク君には少々刺激が強すぎたようだ。


『付け爪ですけど、一度塗装すると剥がせなくなりますが、良かったですか?』


 もしこれで反応が遅れれば、優愛の画像でエッチな妄想をしてると思われるかもしれない。

 画像の件に触れれば、エッチな奴と思われるかもしれない。

 1秒に満たない時間の中で、彼が頭をフル回転させた結論が、彼女の興味ある話への誘導だった。


『剝がれなくなるって最高なんだけど!』


「あっ、良いんだ」


 オタク君は知らないが、安物のマニキュアはボロボロになったり剝がれやすかったりする。

 優愛は別に安物を使ってるわけではない。むしろそれなりに良いマニキュアを使っているが、それでも高校生のお小遣いレベルの話だ。 

 やはり、ちゃんとしたお高いものと比べれば質が劣ってしまう。


『それじゃあ作っておきますね』


『ありがとう、どれくらいかかりそう?』


「期間か、そうだな」


 食器洗い乾燥機があるから、乾燥時間はそんなにかからない。

 今から塗り始めたとしてどれくらいかかるか思案する。


『明日には出来ますよ』


『マジで! オタク君ヤバすぎ!』


 興奮した優愛が喜びの余り、スタンプを連打し始める。

 もはや迷惑メール以外の何物でもない。


『今から作るので、返信遅れます』


 このままでは埒があかないと判断し、そうメッセージを送ってから携帯の電源を切った。


「集中すれば日付が変わる前には終わるかな」


 普段のオタク君なら、集中すれば12時までには終わっただろう。

 だが、実際に終わった時間は3時になる直前だった。

 電源を切った携帯に、優愛からメッセージがまた来ないか気になり集中出来なかったからである。


 彼はオタクだが、異性と会話したいと思う程度には思春期の男の子をしていた。

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