閑話「おたキャン△」
6月。
梅雨入りの時期だが、この日は快晴。
オタク君は、朝から山に居た。
「今年も手伝ってくれて助かるよ」
「いえいえ、その分楽しませてもらっているので」
普通なら日中の温度は20度を超え暑くなるが、山の中はまだ少し肌寒い。
長袖長ズボン姿でオタク君はゴミ袋片手に、清掃活動をしていた。
ここはオタク君の親戚が経営するキャンプ場。
毎年4月からシーズンとして開放され、5月の末ごろに一旦閉め、梅雨で人気の少ないこの時期に、親戚のおじさんと客の捨てたごみ等の片づけを行っているのだ。
「ちゃんとゴミを各自が持ち帰ってくれれば、こんなことをしなくても済むんだけどな」
「そうですね。味をしめて野生の動物とかが降りてきても困りますしね」
「そうだな。よし、そろそろ昼時だ。ゴミを捨てたら昼飯にして、その後は好きに遊んでくれて良いぞ」
「ありがとうございます」
「分かってると思うけど、ちゃんとゴミは持ち帰るようにな」
「はい!」
元気よく挨拶をして、オタク君は親戚のおじさんとゴミを所定の場所に捨てた。
森の中にあるコテージの中へおじさんが入って行く。オタク君はコテージ脇に置いてある自分の荷物を背負い、歩き出した。
少し歩いた先に、開けた場所に出た。キャンプ場である。
施設は主にトイレ、シャワー室、料理用の水場、バーベキュー用のテーブルくらいである。
近くを川が流れており、川を上って行けば滝があったりもする。
泳ぐだけの広さがあるが、この時期はまだ水温が低く、泳ぐには適していない。
「早速準備をするかな」
てきぱきと、慣れた手つきでテントを設営していくオタク君。
初めの頃はミスをしたりして時間がかかりもしたが、今では勝手も分かり、特に手間取る事も無い。
あっという間にテントを設営し終わると、カバンの中をごそごそと漁りだした。
出てきたのは釣り具だ。
釣りに必要な荷物以外はテントに置いて、早速川で釣りを始めた。
「今年はどれだけ釣れるかな」
糸を垂らすと、早速何か引っかかったようだ。
竿を引いて、ゆっくりとリールを巻いていく。
「おぉ、いつもの奴だ」
オタク君は魚の種類には詳しくないので、名前を知らない。
いつも釣れているという事は、多分イワナかヤマメだろう。
魚を掴む前に、一旦手を水に浸し、手の温度をある程度下げてから魚を掴み針を取る。
携帯で写真を撮ったら、キャッチ&リリース。
「次来る時には、自分で捌けるように調べておこうかな」
釣った魚をその場で調理して食べてみたいが、オタク君にはそこまでの知識はまだない。
十分釣りを楽しんだオタク君がテントに戻るのは、夕方に差し掛かった時刻だった。
「さて、ここからがお楽しみだ!」
夕方とはいえ、まだ明るい。
だというのに、オタク君はもう待ちきれないと言わんばかりにニヤニヤしながらテントの前に何やら設置していく。
設置されたのは、チタン製の小さな焚き火台だ。
今までは子供一人で火の扱いをさせるのは危ないという事で、食事は近くにあるコテージでしていた。
『高校生なんだから、もう解禁しても良いだろう』
おじさんのその一言で、オタク君は今年から焚き火台の使用を許可された。
薪を入れて、火が付きやすいように新聞紙を何枚か入れて火をつける。
火が付き、やがてパチパチと燃える炎に変わっていく。
その様子をニヤニヤしながら見ている様子は、少しヤバい奴だ。
椅子に腰を掛けて火を眺めているだけで、気が付けば日が暮れる頃になっていた。
「さて、食事の準備だ」
焚き火台に網を設置し、その上に研いだ米と水を入れた飯ごうを設置する。
拭きこぼれた辺りで薪を追加し、しばらくすると焦げるような匂いがしてきた。丁度良い感じになって来た証拠だ。
「火から離して、確か10分くらい置いて蒸らすんだよな。その間におかずを作るか」
今にも踊りだしそうな、というか踊っているような足取りで調理道具を新たに取りに行く。
出てきたのはホットサンドメーカー。ツ●ッターで流行っているアレだ。
「肉! 肉! 肉!」
ホットサンドメーカーに、サイズギリギリの牛肉を入れて焼き始める。
本来の用途はガン無視である。
「初めてにしては十分かな」
水が多かったのか、少々ベチャっとなった米と、興奮しすぎて焼き過ぎてしまい焦げた牛肉。
それでもオタク君は美味しそうに、いや実際に美味しく食べた。
場の雰囲気的な物もあり、普段だったら眉をひそめるような料理も、美味しく頂けたのだろう。
「ふぅ、満足だ」
食事を終えたオタク君が空を眺めると、星が普段よりも多く見える。
明かりのない山の中。他のキャンパーも居ないおかげで、美しい夜空を一人で堪能できるのだ。
そっと、携帯用のラジオの電源を付ける。
普段聞くラジオは声優が出る番組くらい。なので、チャンネルは適当だ。
『好きな人に髪型を変えたのに気づいて貰えるってのは嬉しいよね。ってか青春って感じだね!』
ラジオからMCがお便りを読み上げる声が聞こえる。手紙の内容は恋の相談だろうか。
青春という事は、手紙を送った主は学生なのだろう。
『それじゃあ、そんな甘酸っぱい青春に見合う曲を流そうか。多分懐かしいんじゃないの?』
ラジオからは一昔前に流行ったラブソングのイントロが流れ始める。
「あっ、これなら僕も弾けるや」
急いでテントの中からギターを取り出し、ラジオに合わせてオタク君も演奏を始めた。
周りに他のキャンパーが居ないので、音の出し放題である。
曲が終わり、またMCが手紙を読み始める。
オタク君は適当に聞き流しながら、焚き火台で沸騰させたお湯を、インスタントコーヒーの入ったマグカップに注ぐ。
ふと、携帯が光っている事に気付いた。メッセージが届いているようだ。
『やっほー、今何してる?』
『部屋で適当に漫画読んでた』
『オタク君は?』
1時間以上前のラ●ンメッセージだ。
その後も優愛からの「おーい」などのメッセージが何通か続いている。
『すみません。キャンプしてて返事が遅れました』
『えっ、オタク君キャンプ行ってるの!?』
『へぇ、良いじゃん。どんな感じ?』
『こんな感じです』
夜空や焚き火台の様子を次々と写真に収め、送信する。
『うわ、めっちゃ本格的じゃん。誘って欲しかった!』
『今窓から空を見たけど、そっちだと星が綺麗に見えるね』
『そうだ。夏休みにキャンプ行こうよ! 海に入ったりしてさ!』
『海か山かどっちだよ』
『どっちも!』
むちゃくちゃである。
一応山のキャンプ場で目の前に海がある所も無くはないが。
両方をその日に楽しもうとすると、相当の体力が必要になる。
まぁ、彼らなら若いから持つかもしれないが。
『ギターあんじゃん! オタク君ギター弾けるの!?』
『ちょっとだけですけどね』
『オタク君凄い! そだ、今から弾いてみて! 電話かけるから』
メッセージと同時に、オタク君の携帯から着信音がなった。
通話に出ると、画面には優愛とリコの顔が映し出されていた。
「オタク君が弾いてる所を見たいから、このまま弾いてみて!」
「それじゃあ携帯固定するんでちょっと待ってください」
テーブルに自分が見える位置に携帯を置く。
さて、何を引こうかとオタク君が考えていると、ラジオから聞き覚えのある曲が流れて来た。
「あっ、その曲知ってる!」
「アタシも分かるよ」
「それじゃあ、今流れてる曲を弾きましょうか」
曲に合わせ、ギターを弾くオタク君。
時折優愛が「凄い凄い!」とはしゃぐ声が聞こえてくる。
「オタク君マジ凄いね!」
「小田倉すごいじゃん」
優愛とリコに拍手をされ、オタク君は照れくさそうに頭を掻いている。
「さてと、そろそろ寝る準備をするので切りますね」
「えっ、寝るってまだ8時じゃん!?」
「はい。夜だとこの辺りは真っ暗で出来る事が少ないので、早起きして遊ぶためにですね」
「あっ、そうなんだ」
「優愛じゃないけど、キャンプとかあったら誘ってよ」
「そうですね。どこか遊びに行く時があれば誘いますね」
とはいえ、キャンプとかに男女一緒に泊まりがけは無理だろうなと思うオタク君。
日帰りでどこか遊び行ける場所があったかな。そんな事を考えながら片づけをしていく。
アニメやゲームの聖地でも観光地は色々あるから、そこなら自分も案内できる。日帰りで行ける場所に今度誘おう。
焚き火台の火が完全に消えているのかを確認し、電気ランタンの明かりを消して、オタク君は眠りについた。
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