閑話「オタク君たちは告白ができない! 前編」
2学期の期末考査も無事終わり、楽しい冬休みが迫ったこの時期。
オタク君は、放課後の第2文芸部でチョバム、エンジンと共に、真剣に討論をしていた。
「このサークルに行ってから、こっちのサークルに向かうべきでござるよ」
「いやいや、そんなゆうちょな事を言っていたら、売り切れますぞ?」
「このサークルは遠回りでも先に行かないと、絶対無理でござる」
「いや、このサークルは難しいんじゃないかな、だったら諦めてこっちのサークルに行ってから」
年に2回、夏と冬に有明で行われる国内最大級のオタクイベント、コミックフェス通称コミフェ。
その冬コミフェでの買い物相談である。
数多のサークルから、自分たちが目的とするものを買うには、どのルートを辿り、どうやって行くかのシミュレーション中である。
大手や人気サークルから頒布、販売される物は大抵が行列ができ、すぐに売り切れてしまう。
なので、まずは大手や人気サークルに狙いをつけ、並ぶ。
そして、大手や有名サークルで購入後、次の目的の物を買うためにまた別のサークルで並ぶ、基本はこの繰り返しである。
問題は、目的のサークルが離れた場所にある場合だ。
コミフェは3日間開催で、その来場者数は人数の少ない県に匹敵するほどの数である。お祭りどころの騒ぎではない。
そんな人がごった返した中で移動するとのは、相当の時間を要する。
移動に時間をかけてしまえば、当然目的の物が売り切れる可能性が出てしまう。
なのでオタク君達は各自目的のサークルで購入後は、それぞれの欲しい物リストを作成し、近くにある分を手当たり次第購入していく作戦を立てている。
だが、どうしてもあちらを立てればこちらが立たずの平行線が発生してしまい、討論になってしまっている。
そんな論争も、やがて休戦を迎える事になる。
「おーっす!」
無遠慮に、勢いよく戸が開かれる。
開けたのは優愛である。第2文芸部のドアをこんな風に開けるのは彼女くらいしか居ない。
優愛の隣には、リコも居る。一緒に部室まで来たようだ。
「何の話してたの? サークルが何とかって聞こえて来たけど」
「特にチョバムの声が廊下まで響いてたぞ。あんまりうるさくすると他の部から苦情来るぞ」
どうやらオタク君達はヒートアップするあまり、声を荒げてしまい、外まで丸聞こえだったようだ。
最近は優愛に慣れて来たチョバムとエンジンだが、それでも「同人誌を買うための予定表を立てていた」等とガチオタトークが出来るはずもなく。
オタク君も一緒になって「あはは、ちょっとね」と苦笑いで誤魔化すばかりだった。
「この時間に来るなんて珍しいですね」
オタク君、露骨な話題逸らしである。
だが、そんな露骨な話題逸らしに乗る優愛。
オタク君がこういう時は、恥ずかしいから聞かないで欲しい合図だと分かっているようだ。
「うん。教室でだべってて、最近流行りのゲームやってたんだけど、オタク君ともやってみようと思ってさ」
「マジでやる気なのかよ。恥ずかしいからやめとけって」
優愛の提案するゲームとやらを、少し必死そうに止めようとするリコ。
ゲームとやらに不穏な空気を覚えつつも、話題を変えたいオタク君はあえて乗る事にしたようだ。
「ゲームって、どんなのですか?」
そんなオタク君の問いに、優愛がフッフッフと不敵な笑みを浮かべながら答える。
「ずばり、愛してるゲーム!」
愛してるゲームとは。
お互いに椅子に座りながら相手に「愛してる」と伝えるゲームである。
もし目を逸らしたり、照れたりしたら負けになる。
合コンなどでは王様ゲームに並んで定番のゲームの一つである。
「流石にそれはちょっと……」
ゲームの内容自体は知っているオタク君。
だが優愛やリコ相手に「愛してる」などと言うのも恥ずかしければ、言われるのも恥ずかしい。
かと言って、チョバムやエンジン相手に言うのは気持ち悪いだろう。もちろん逆も叱りである。
苦笑いを浮かべながらチョバムとエンジンを見るオタク君。
だが、チョバムとエンジンの反応は違った。
「ん。良いと思うでござるよ?」
「せっかく鳴海氏が提案してくれたことだし、小田倉氏やってみるですぞ」
オタク君の前に椅子を置き、どうぞどうぞと言わんばかりに手を出すチョバムとエンジン。
チョバムとエンジンも、自分の意見に賛成してくれるものだと思っていたオタク君。予想外の反応に「えっ?」と固まってしまう。
(これはチャンスでござる。このゲーム、小田倉殿が勝とうが負けようが交代になるはずでござる)
(もし連戦になっても相手は鳴海氏と姫野氏の2人ですぞ。つまり2回もやれば男面子の交代になるですぞ)
(これはオタクに優しいギャルに、「愛してる」と言ってもらえるチャンスでござる!)
(これはオタクに優しいギャルに、「愛してる」と言ってもらえるチャンスですぞ!)
チョバムとエンジンににこやかに迎えられながら、優愛が椅子に座った。
優愛が座ると、今度は優愛に向き合うように、オタク君が乗ったまま椅子を動かすチョバムとエンジン。
「小田倉殿、ちゃんと鳴海殿の目を見るでござる」
「まずは鳴海氏が先行で『愛してる』という番ですな」
強制的にゲームの開始である。
見つめ合うオタク君と優愛。オタク君、まだ照れが残ってるようでせわしない感じだ。
(オタク君、なんだかソワソワしてるけど、もしかして私の事意識してくれてるかな。じゃ、じゃあ告白したら、もしかしてOKとか言われる可能性もあったりするんじゃね。それに、もしダメだったとしても、これはゲームだからノーカンだし。うん。だからまずは告白のお試し版みたいな?)
必死に頭の中で保身の言い訳をする優愛。
愛してるは
「オタク君」
「はい」
「あの、あいし、えっと、その、ほら……ね?」
顔を真っ赤にしながら「えへへ」と笑って誤魔化そうとする優愛。
見事な恋愛クソザコナメクジっぷりである。
女の子同士でやってる時は上手く行ったので、そのままの勢いで愛してると言える。そう踏んでいた。
だが結果はこの通り。愛してるの途中で恥ずかしくなり、笑って目を逸らしてしまう、敗北者である。
「えっと、僕の勝ち。で良いのかな?」
「そうですな」
オタク君。身構えてるだけで勝利である。
とはいえ、表情がコロコロ変わる優愛に対し、大分ギリギリだったりする。
(優愛さんって、やっぱりこうしてみると可愛いな)
「次はほら、リコの番だよ。ほら座って座って」
微妙に盛り上がらないゲームの中、恥ずかしさを隠すようにリコの手を掴んで座らせる優愛。
なんでアタシがとブツブツ言いながらも、大人しく椅子に座ってオタク君を見つめるリコ。
なんだかんだ言いながらノリノリである。
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