第56話「そうだ。鳴海殿これは本日のバイト代のようなものでござるが、受け取って欲しいでござる」

「さてと、撤収準備をするでござるか」


「と言っても、完売だからダンボール1枚と持ってきた荷物しかないですぞ」


 オタク君達のサークルの撤収準備はほぼ済んでいた。

 そして、両隣のサークルも同じく撤収準備が済んでいるようだ。


「キミ達のサークルの人気のおこぼれで、こっちも完売することが出来たよ」


 閉館時間が近いのもあり、他のサークルをあまり見る時間が無いとふんだ参加者達が、オタク君達の両隣のサークルを物色していった。

 結果、お隣さん達もそれなりに繁盛し、完売が出来たようだ。良い事である。


「色々と良い物を見せて貰ったよ。ありがとう」


 初参加無名サークルがいきなり100部完売し、オタクに優しいギャルまで出て来たのだ。

 オタクの夢を見れたと言っても過言ではないだろう。


 最後にツ●ッターのフォローをした後に、両隣のサークルは撤収していった。

 何度も参加しているだけあって、手際が良い。


 対してオタク君達はというと。


「チョバム氏、これは拙者に買って来てくれた本ぞ?」


「それは小田倉殿のでござるよ。あっ、お釣りあるでござるか?」


「チョバム、僕そんなの頼んでいないよ」


「じゃあエンジン殿にパスでござる」


「思わぬ収穫に、某感動ですぞ」


 撤収準備は済んだものの、お互いの戦利品交換でグダグダしていた。

 というのも、チョバムとエンジンは3日間通しの為同じ部屋を取ったが、オタク君は1日目のみ参戦なので違う宿を取っているのだ。

 なので今の内に交換をしておかないといけないのである。

 地元に帰ってからいくらでも交換は出来るが、早く手にしたいというオタクの性をお互い分かっているのでグダグダしながらも今交換している。


 その様子を見ていた優愛に、オタク君が声をかけた。

 自分達ばかりが盛り上がっていて、申し訳ない気分になったからである。 


「そう言えば、この後打ち上げしますけど、優愛さんも来ます?」


「あー、ごめん。親がディナーの予約入れてるんだ。オタク君達だけで楽しんできて」


「そっか」


「代わりに、明日東京見学を楽しもう!」


「はい。どこか行きたい所とかあります?」


「いっぱいある! 後でメールするね!」


 後でメールすると言いながら、どこに行きたいと次々と提案する優愛。

 どこに行こうか携帯で調べている優愛が唐突に「あっ」と小さい声を上げた。


「お父さん達も終わったから帰るって言ってるから、そっち行って来るね」


「はい、それじゃあまた明日」


「鳴海氏、今日は助かったですぞ」


「そうだ。鳴海殿これは本日のバイト代のようなものでござるが、受け取って欲しいでござる」


 チョバムが封筒を優愛に手渡す、中を見ると5000円が入っていた。


「ちょっ、こんなに受け取れないよ」


「同人誌作る手伝いをしてくれた分も入っていますぞ。鳴海氏だけじゃなく、小田倉氏と姫野氏にも支払う金額だから受け取って欲しいですぞ」


「受け取って貰えないと、ただ働きさせたクソサークルというレッテルが張られる場合もあるから、受け取って貰えると助かるでござる」


 チョバムの発言は嘘である。

 素直に受け取って貰えないだろうから、コミケ知識の無い優愛に付け込んだようだ。


「そうなの?」


「はい、そうですよ」


 オタク君もチョバムの考えをくみ取り、流れるように嘘をついた。


「そっか……わかった。ありがたく貰っとくね」


 受け取らない方が迷惑をかける。なので素直に受け取る事にしたようだ。

 実際に学生にとっては5000円は大きい。気兼ねなく受け取れるなら、それに越したことはないだろう。


「またね」


 そう言って手を振って優愛は去って行った。


「良かったの?」


「良いでござるよ。はい、こっちは小田倉殿と姫野殿の分でござる」


「ついでに、手伝ってくれた同人誌ですぞ。1人1部づつですぞ」


「えっ、僕は良いよ。サークル運営費で相当お金かかってるだろ?」


 両手を振っていらないよアピールをするオタク君。

 コミフェのサークル参加費は8000円、その他にもお金を取られ1万円近くかかる。

 それに加え同人誌の印刷料金、配送費を考えれば合計で3万以上は掛かっている。


 一部500円、何冊かは身内やお隣と交換に使ったので実売数は90部程だ。

 オタク君、優愛、リコにお礼として5000円づつ支払えば赤字である。


 優愛やリコならその辺りの知識に疎いので受け取って貰えるだろうが、知識のあるオタク君は流石に受け取りを拒否した。


「何を言うでござる。小田倉殿のおかげで完売できた事くらい知ってるでござるよ」


「鳴海氏や姫野氏も手伝ってくれたのは小田倉氏のおかげですぞ。某達は十分過ぎる名誉を貰ったから、ちょっとの赤字なんて気にならないですぞ」


 エンジンが携帯の画面を開くと、そこには第2文芸部の同人誌の感想の書き込みが何件かあった。

 初参加で100部完売し、有名な大手S社から名刺を渡されるなどで、既に一部では第2文芸部が話題になっているようだ。


「あのままだったら在庫を抱えて大赤字だったでござるな」


「そうですぞ。なんならサークル参加費支払って同人誌を落としてた所ですな」


 だから、受け取って欲しい。

 そんあ2人の情熱に押され、オタク君はため息を吐いた。


「分かったよ。その代わり新刊出す時は、また手伝うからな」


「その時は是非お願いするですぞ」


 リコの分も合わせた封筒と同人誌を笑顔で渡すチョバム。

 それを笑顔で受け取るオタク君。


 彼らのコミフェ初参加は、最高の形で幕を閉じた。 

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