第57話「ふーん、オタク君はああいうのが好きなんだ」
「おお! すっげー、オタク君、めっちゃ高くね!?」
「そうですね。そろそろ戻りませんか?」
「なになに? オタク君ビビってる感じ?」
「はい。めちゃくちゃビビってます」
コミフェ2日目。
オタク君と優愛はコミフェに参加せず、東京を観光していた。
彼らが今いるのはスカイツリーのフロア340。
ガラス張りで、高さ340mから足元が見えるガラス床と言われる場所にオタク君と優愛は居た。
ビビってますと言いながらも、平気な顔でガラス床の上を歩くオタク君。
対して優愛は、生まれた小鹿のように足をガクガクさせながら歩いている。右手はオタク君の裾をきっちりと掴みながら。
「しょ、しょうがないなぁ。急いで渡ろうか!」
「はい」
めちゃくちゃビビっているのは優愛の方だが、あえて指摘せず、優愛の手を引いて歩くオタク君。紳士である。
ガラス床の上に乗る前は大はしゃぎだが、乗った瞬間に怖くなるのはよくある話である。
多分優愛は絶叫マシーンは好きだが、乗ったら大騒ぎをするタイプなのだろう。
スカイツリーに満足し、2人はエレベータに乗って一気に下層まで居りて外に出た。
「いやぁ、楽しかったね」
「そうですね。この後行きたい所はありますか?」
「じゃあ秋葉原ってとこ行ってみたい!」
「えっ、アキバですか!?」
行きたい場所で優愛の口から出たのは、意外な場所だった。
東京に来たのだから新宿や池袋に行くのかと思っていたが、まさかのアキバである。
オタク君としては、行ってみたい場所だったからありがたくはあるが、それで優愛が楽しめるのだろうかと不安もある。
「うん。普段からお父さんとお母さんの出張で、東京にはよく来てるから、オタク君が行きたそうな所に行ってみたい」
「そうなんですか。優愛さんがそれで良いなら」
などと言いながら、ワクワクのオタク君である。
電車に乗る時もちょっとルンルン気分で、普段は聞き専のような立場のオタク君が、優愛との会話に花を咲かせていた。
必死に自分を抑え、早口言葉のオタクにならないように自制しながら。
「ここが秋葉原か」
「すごい、初めてきました!」
秋葉原駅を降り立ったオタク君と優愛。
駅から出た街並みは、異質であった。
かつては電気街だった秋葉原はオタクの街として栄え、辺り一面がオタク一色……。
というほどではなくなっている。オタクの街というのも今は昔の話である。今はどちらかというと外国人観光客目当てなオタクの街になっている。
昔ほどオタク一色の街ではない。だが、それでもオタク君と優愛から見れば十分すぎる程に異質な街並みであった。
情報量が多すぎて、思わずパンクして立ち止まるオタク君。
ノープランで挑むには、秋葉原はあまりにも店が多すぎるのである。
「とりあえず、お腹が空きましたしお店に入りませんか?」
時間は昼時。ここでどこに行くか悩んで立ち止まるくらいなら、まずは食事をしながらルートを考えよう。
そう思い優愛に声をかけた。
「おっ、それじゃあメイドカフェってとこ行ってみようよ!」
「メイドカフェですか?」
それ位なら地元にいくらでもある。
わざわざ秋葉原で入らなくてもと思うオタクくんだが、同時に秋葉原の名店を分からないからアキバっぽさを感じるならそれで良いかとも思ってしまう。
「だってほら、オタク君地元だと周りの目を気にして行かないじゃん?」
以前優愛がメイドのコスプレした後の事である。
本物のメイドを見にメイドカフェに行こうと、学校の帰り道にオタク君を誘ったのだがオタク君は恥ずかしがって結局行かずじまいだったことがある。
地元にメイドカフェはいくらでもあるが、知り合いにあったらと思うと恥ずかしがるオタク君はメイドカフェに行った経験はないのである。
ちなみにチョバムとエンジンも同じ理由でまだ行った事が無い。
優愛に言われ、自分がメイドカフェにまだ行った事がないのを思い出したオタク君。
彼は今、メイドカフェに興味が深々であった。
「そうですね。行ってみましょうか!」
何故なら彼は、メイド属性持ちだからである。
目を輝かせ、適当なメイドカフェに入るオタク君と優愛。
「お帰りなさいませご主人様」
「お帰りなさいませお嬢様」
きわどいミニスカートにハイソックスのいわゆる「絶対領域」と呼ばれるタイプの衣装を着たメイド達が頭を下げて出迎える。
「こちらへどうぞ」
カップルで入店したオタク君達に全く動じない様子を見ると、メイドカフェにカップルで来る客は少なくないのだろう。
本物のメイドを見て興奮するオタク君。メイドカフェのメイドは、本物のメイドではないが、この際それは置いておこう。
席まで案内され、メニューを見るオタク君を、優愛が弄る。
「ふーん、オタク君はああいうのが好きなんだ」
「いえ、そう言うわけではないですよ」
そう言うわけではある。オタク君は
焦るオタク君に対し、ニヤニヤしながら弄る優愛。を優愛自身はしているつもりである。
実際は違っていたりする。
ニヤニヤしながら弄る自分を思い浮かべているのだろう。
だが、実際は頬を膨らませ、顔を赤くしてジト目でオタク君を見ている。
ヤキモチ焼き状態である。
そんな2人の様子を見て、メイド達がクスクスと笑っている。
何故笑われているか分からないが、メイド達が自分を見て笑っている状況はそれはそれで美味しいオタク君。
そんなオタク君の興奮に気付き、更に頬を膨らませる優愛。悪循環である。
食事中も、ついメイドに目が行くオタク君。
それに気づくたびに、ぷくーと頬を膨らませる優愛。
「お嬢様。宜しければメイド服の貸出もありますがいかがでしょうか?」
そんな2人の様子をクスクスと見ていたメイドだが、そろそろオタク君が可哀そうになって来たのだろう。
メイドが優愛に、そんな提案を投げかける。
「えっ、良いの?」
「はい」
「僕も優愛さんのメイド姿見て見たいですね」
「ふぅん、オタク君はメイドなら誰でも良いんだ~?」
オタク君、やらかしである。
否。そう言って振り向いた優愛は、顔を真っ赤にして口元を緩ませている。メイド達が思わず笑いをこらえる為に目を背ける程に。
「じゃあちょっと着替えてくるね」
振り返らずに店の奥へ行く優愛に、何度も声をかけようとしてはやめてを繰り返すオタク君。
そのまま奥に消えて行った優愛。バタンと扉が閉まる音がした。
「大丈夫ですから、戻ってきたら彼女さんに『可愛い』ってちゃんと褒めるんですよご主人様」
「えっ、あっ、はい」
初々しいカップルの痴話げんかを目の前で見れて、満足そうなメイドさん。
その笑顔にちょっと照れるオタク君。懲りないオタク君である。
数分して、部屋の奥から出てくる優愛。
多分着付けを手伝ったのだろう、他のメイドも一緒に出て来た。
「おっ、その子新人さん? 指名して良い?」
「申し訳ありませんご主人様、こちらのお嬢様はあちらのご主人様の物なので」
「マジかよ。オキニにしようとしたのに」
「ところでご主人様、オキニは私と言ってませんでしたか?」
「……ごめんなさい、冗談です」
そう言って、客とメイドから軽い笑いが起きる。
多分いつものやりとりという奴なのだろう。
オタク君の前まで来た優愛。
他のメイドと同じ丈の短いスカートに太ももまであるハイソックス。
首元は細めの首輪が付いており、胸元がやや開き色気を感じる姿になっている。
「ご主人様、いかがでしょうか?」
そう言いながら、顔を赤くして両手をもじもじさせている。
顔が赤いのは格好が恥ずかしいというよりは、他のメイドと比べたら自分は劣って居るんじゃないかという不安と羞恥心からである。
「凄く可愛いですよ」
恥ずかしいながらも、もにょもにょせずちゃんと口にするオタク君。
口にした後に照れて目線を逸らしたりするが、言われた優愛も同じように俯きながら少し目線を逸らしてしまってるので、おあいこだろう。
「ご主人様、お嬢様。写真撮りますから座ってくださいね。ほらもっとくっ付いてください」
オタク君と優愛が椅子に座り、くっ付くとピトっと腕が触れ合う。
思わずビクっと反応したオタク君の腕に、優愛が両腕を絡める。
「あの……」
「ご主人様もちゃんと鎖持ってあげてください」
「えっ、鎖?」
メイドに言われ、思わず鎖を手に取るオタク君。
鎖は優愛の首輪に繋がっていた。
「なんで?」
思わず疑問を口に出したオタク君に、優愛が答える。
「わた……優愛は、オタク君専用のメイドだから、です……」
言われて恥ずかしいオタク君。
言っておいて恥ずかしい優愛。
2人の羞恥心はとうに限界を超えていた。
「あー、上手く取れないですね。ご主人様もお嬢様も目を逸らしたらダメですよ」
そんな2人を楽しむかのように、撮影のリテイクを何度も出すメイド。
(やばっ、初々し過ぎてずっと見てられるわ。このカップル尊すぎだろ)
撮影が終わり、優愛が着替えを済まし、会計をして、店を出た。
既に優愛の不機嫌はどこかへ行ってしまっていた。
色々と気を取り直して、オタク君と優愛は時間までアキバの街を散策した。
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