第164話(優愛ルート)「もしかして僕」

「オタク君、この服どうよ」


「それなら、このコートと合わせてみるのはどうですか?」


「おっ、良いじゃん。そうだ、オタク君の服も選ばない?」


「良いんですか。是非お願いします」


 服屋でそれぞれ新しい冬物の服を選び合うオタク君と優愛。

 傍から見れば、クリスマスにデートをしているカップルである。


「そうだ。他にも行きたい店があるんだけど良いかな?」


「勿論です」


 今まで二人で出かけられなかった分を取り戻すように、休む暇もなく次から次へと店を転々として行く。

 優愛が一方的に提案するだけでなく、オタク君も行きたい店を提案したりと、気が付けばお互いに心の中にあったわだかまりは溶け、遠慮なく好きな場所に一緒に行きたいと言えるようになっていた。

 途中アニメショップでオタク君を優愛が大声で呼び、周りから注目を浴び、オタク君が恥ずかしがったりと色々あったりもしたが、店を出ればすぐに笑い話にして歩き出す。


 しかし、楽しい時間というのはあっという間に過ぎて行くものである。

 気が付けば陽は落ち、辺りは暗くなっていた。

 楽しい時間も終わりが近づいている。

 せめて、もう少しだけでも一緒にいたい。

 そう思えば思うほど、焦りからどう行動すれば良いか分からなくなり、立ち尽くしてしまう。

 オタク君と優愛が立ち尽くした場所は、待ち合わせ場所に選んだ駅前にある噴水広場。

 このまま立ち尽くせば、どちらからともかく、今日はもう帰ろうかという提案が出てしまいそうな場所である。


 優愛は勿論、オタク君もそんな提案を口にする気はない。

 口にする気はないが、相手の心の中が分かるわけでもなく、このままでは帰ろうと提案されてしまう。

 なので、何でもいい、何か口にしよう。


「「あの……」」


 見事にハモり、先ほどまで楽しかったはずの空気が、一気に気まずい空気に変わっていく。

 相手に喋らせれば、帰ろうと言われてしまうかもしれない。だが、ここでわがままを通せば、楽しかった一日が最後の最後で台無しになりかねない。


「優愛さん先にどうぞ」


「いやいや、オタク君が先だったし、オタク君から」


 なので、お互いにどうぞどうぞと譲り合うオタク君と優愛。

 まぁ、そもそも何をしゃべるか決めていなかったというのもあるが。

 最終的に押し切られる形で、先に喋るように促されたオタク君。

 何を言おうかと、頬を掻いた時だった。


「あっ」


 優愛が何かに気づき、指さす。

 指さす方向にオタク君は顔を向ける。


「わぁ」


 二人して驚嘆の声が漏れた。

 色とりどりの光が、辺りを照らし始めたのだ。

 この時期になると、街はイルミネーションの光に包まれる。

 そして、その中でも、ひと際目立つ光を放つ場所を優愛が指さしていた。


「ねぇねぇ、あれ見に行ってみない?」


「良いですね。行ってみま、うわぁ」」


 オタク君の返事を最後まで聞く事なく、優愛が手を引き駆け出す。

 優愛に、ヤレヤレといった表情を浮かべながらオタク君も同じように駆け出していた。

 そして、二人の後を追うように、カップル達も光に誘われるようにオタク君たちと同じ場所を目指し歩き始める。


「すっごい! なにこれ!?」


「イルミネーションをやってると聞いた事はありますけど、見たのは初めてです」


 少し歩いた先にある空中庭園。

 手入れの行き届いた木々や、吊り下げられたフラワーカーテンたちが光で彩られ、幻想的な光景を醸し出していた。

 まるで童話に出てくるおとぎの国のようにそれらは美しく、透明感を感じさせる煌びやかな光に包まれていた。

 壁には魚の鱗のように張り巡らされた金属が、それらは歩くたびに表情を変え、一瞬たりとも同じ姿を見せない。

 オタク君も優愛も、ただただ「凄い」という言葉しか出て来ない。

 それは語彙力がないからではなく、言葉にしようとすら思わないほどに、目も心も奪われていたから。

 残念な点を挙げるとすれば、それだけ美しい場所なのだから、人が押し寄せ、落ち着いて見る事が出来なくなるのに、そう時間はかからなかった事か。

 束の間ではあったが、一瞬が長く感じるほどに夢現な世界を二人だけで体験できた。

 それだけでオタク君も優愛も、満足だった。


「そろそろ帰ろっか」


「そうですね」


 優愛を見送り、電車に乗り込むオタク君。

 別れ際に手を振る際に、少しだけ心に違和感を感じ、なぜか焦りがこみ上げる。


「ただいま」


「お帰り、こうちゃんクリスマスケーキあるけど」


「あっ、うん。後で食べるよ」


 家に帰ると、母親の言葉を遮るように返事をし、オタク君はすぐに部屋に戻り、スマホを取り出す。

 スマホには優愛から「今日は楽しかったよ。お疲れ様」とメッセージが表示されている。


『今家に着きました』


 優愛に、そう返事をして、考える事数分。


『そうだ、明日は暇だったりしますか?』


『うん。また出かける? それならイルミネーション早い時間に場所取ってみたい!』


『良いですね』


 優愛と翌日また会う約束のメッセージを送る。

 そして、また考える事数分。


『そういえば、初詣とかどうします?』


『私は行けるよ』


『それじゃあ一緒に行きましょうか!』


『うん!』


 珍しくオタク君の方から優愛を誘い始める。

 翌日会う約束をしたというのに、初詣の約束まで取り付けて。

 優愛とのやり取りを終えると、先ほどまでに感じていた焦りはなくなっていた。

 代わりに、胸を打つ鼓動が強く速く。

 心地よいとは程遠く、病気になったのではないかと疑いたくなるほどに、オタク君の胸を打ち付ける。

 優愛を誘う時は、確かに緊張するオタク君だが、今回の緊張はいつもの比ではない。

 スマホの画面に表示される優愛のメッセージを見るだけで、鼓動は更に加速していく。


「もしかして僕、優愛さんの事が好きなのかな……」


 オタク君の独り言に応えるように、胸の鼓動がひと際大きく跳ねた。

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