第162話(リコルート)「こっちは在校生の作品みたいですね」

「悪いな。わざわざ付き合ってもらって」


「いえいえ、僕も興味あったので」


 十二月二十四日

 世間はクリスマスムードの中、オタク君はリコと共に制服姿で歩いていた。

 学校は既に冬休み。登校日でもなければ、部活に行くわけでもない。

 なんなら、オタク君たちが通う学校に行くわけでもない。

 なのに、何故制服を着て歩いているのか?


「今日の体験授業、楽しみですね」


「あ、あぁ。まぁな」


 オープンキャンパスだからである。

 冬休みが終われば、進級はもう間近。そろそろ進路を見据える時期。

 なので、まずは見学をと思い、オープンキャンパスに向かったオタク君とリコ。

 ちなみに本日のメンバーは、オタク君とリコだけである。

 

「本日のオープンキャンパスですが、ご予約はしていますでしょうか?」


「あっ、はい。イラスト・デザインコースの体験入学で予約した小田倉と、同伴者の姫野です」 


「はい。かしこまりました」


 なぜなら、本日オタク君とリコが向かったオープンキャンパスは専門学校だからである。

 オタク君はともかく、リコが他の人を誘おうとすると恥ずかしがる。なので、二人で行く事にしたのだ。

 オタク君はオタク趣味がオープンになり始めているが、リコはまだオタク趣味に関しては隠れオタクな感じなので。


「説明会開始まで時間がありますので、待合室にご案内いたします。こちらへどうぞ」


 受付をしていた女性に案内され、エレベーターに乗り込むオタク君とリコ。

 三階まで登ると、白を基調とした壁に、木目のテーブルと椅子がいくつか置かれた部屋へ案内される。

 掃除が行き届いているのか、シミひとつない壁や家具が、部屋全体の清潔感を漂わせている。


「本棚にある本はご自由に手に取って頂いて構いませんので、時間までしばらくお待ちください」


 そう言って、一礼し、受付の女性が部屋を出ていく。

 遅刻しないようにと、受付時間丁度に来たせいか、部屋の中にはオタク君たち以外に誰もいない。


「まだ誰もいないですね」


「あぁ、そうだな」


 初めてのオープンキャンパスで緊張からか、会話が続かない二人。

 何か会話の糸口がないかと、オタク君がチラリと本棚に目を向ける。

 本棚には漫画やラノベ、それらを描くための参考書の本などが置かれている。

 そして、それらとは別に、やや目立つように設けられた本棚があった。


「この学校の卒業生の作品らしいですよ」


 目立つように設けられた本棚にあるのは、専門学校を卒業し、商業デビューを果たした生徒たちの作品である。

 所狭しと置かれた作品の中には、誰もが知る名作も紛れている。

 それらを見ながら「へぇ」「おー」と声を上げるオタク君とリコ。

 会話にはならないものの、気まずい感じはなく、美術館にいるような感じである。


「こっちは在校生の作品みたいですね」


「へぇ」


 最近は第2文芸部でサークル活動をし、絵を描くことが増えたリコ。

 なので、他人の作品がとても気になる時期である。特に自分と年齢の近い人の作品が。

 在校生となると、自分より三つか四つ上。

 その生徒たちと比べ、今自分はどれくらいなのか。

 期待と不安を胸に、リコが一冊の本を手に取り、開いた。


「マジか……」


「凄いですね」


 そこにあったのは、リコが自分なんかが比べる事すらおこがましいと思えるほどの作品だった。


(これでまだ在校生?)


 プロの作品ではないのかと見間違うほどのイラストが、そこにあった。

 ただ綺麗な一枚絵だったのなら、凄いだけで済んだだろう。

 ややファンタジーチックな衣装に身を包んだ女の子。隣のページにはその女の子の三面図やら衣装やらが事細かに描かれているのだ。

 ただ上手いだけではない。キャラをちゃんと立体的に捉えている。

 そのイラストを見たリコ。以前チョバムとエンジンがじゃれあっていた時の事が脳裏に浮かぶ。


『エンジン殿、キャラの向きが毎回右向きでござらんか?』


『むぅ、それを言われると痛いですぞ』


 独学でイラストを描いていたので、苦手な構図が沢山あると言っていたエンジン。

 一枚絵は描けても、同じキャラを色んな構図で安定して描くのが難しいのはリコも承知している。

 しかし、この生徒の作品は、どの構図も安定し同じキャラが描かれている。

 最初に一ページ目だから、インパクト重視で一番上手い人の作品を載せてあるのかもしれない。

 あまりの実力差に、悔しさからそんな言い訳じみた事を考えてしまうリコが、次のページを開き更にショックを受ける。


 次のページでも、最初のページのイラストに負けないくらいのイラストが載っていたからだ。

 追撃をかけるように、イラストを描いた人は、一ページ目の人とは別の人である。

 純粋に「凄いね」と作品を褒めるオタク君の横で、リコは一ページ一ページを食い入るような目で見ていた。


 同人誌作りを手伝うようになり、絵に興味を持ち、時折描いた絵をオタク君やエンジンにこっそり見てもらっては褒められていたリコ。

 確かにリコのイラストは良く出来ている。だがそれは、描き始めたばかりの素人限定の話である。

 それでも、自分が手伝った同人誌が百部完売などの実績があるために、天狗、とまではいかないまでも、それなりの自信をつけていた。

 そんなリコの自信は、専門学校の在校生の作品を見る事により、あっけなく砕け散っていた。

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