第163話(リコルート)「あの、明日ですけど、もしよかったら、僕の家に来ませんか!?」
オタク君とリコが一通り卒業生や在校生の作品を見終わると同時に、先ほどの受付の女性が部屋に入ってきた。
「それでは学校説明会が始まりますので、皆さまついて来てください」
作品を見るのに夢中だったオタク君とリコ。
辺りを見ると、自分たちと同じくらいの年齢の人達がそれぞれ制服や私服で同じように作品を見ていた。
受付の女性が声をかけると、オタク君たちは案内に従い、階段を登っていく。
ついた先は、小会議室のような部屋である。
部屋には長机が並べられており、机の上にはパンフの資料とペットボトルに入った水が置かれている。
部屋に入った順番に、前から座るように促され、促されるままに席へと向かうオタク君とリコ。
全員が着席すると、受付の女性が軽く挨拶をし、学校説明会が始まった。
各科の講師たちが授業の内容や生徒たちの進路、卒業生の実績などをスクリーンのモニターに資料を映しながら代わる代わる語り始める。
ここに来ているのは、専門学校に入学を希望する者が大半である。
なので、誰もが学校説明会の話を、食い入るように見聞きし、時折頷いたりと真剣な表情で耳を傾ける。
約三十分ほどで学校説明会が終わり、講師たちが小会議室を出ていく。
「イラスト・デザインコースの方、どうぞ」
本日の体験授業の受けるコース順に、小会議室を出るように促される。
オタク君とリコが選んだイラスト・デザインコースの体験授業は、大人気だった。
どうぞという声に反応し、ほぼ全員が立ち上がる。今座っている、それ以外のコースの人は片手で数えるほどしかいない。
イラストは漫画やゲームにおいて花形と言っても過言ではない。それ故に、人気になるのは当然である。
案内されるままに小会議室を出て、階段を下り、教室へと案内される。
どの机にも、一台のパソコンと大きめの板タブが置いてある。パソコンを使ってイラストを描く授業の部屋だろう。
二十人くらいが入れる部屋が、体験授業の生徒たちで埋め尽くされる。
その部屋の中央辺りに、オタク君とリコは隣同士で座っていた。
リコがPCの画面を覗き込むと、あらかじめ電源が入れられたPCには、イラストのソフトが立ち上がっていた。
プロ御用達の、使うだけでも月々数千円かかるイラストソフト。
いや、実際はイラスト用のソフトではないが、イラストレーターが使う事が多いのでイラストのソフトとして有名になっている。
当然、そんな高い物を学生のオタク君やリコが使った事があるわけもなく、ソフトの名前を見ただけでも思わず口が開きテンションが上がる。
普段使っている無料の物とはどう違うのか、どんな機能があるのか。早く試したくて仕方がないオタク君とリコ。
そう思うのはオタク君とリコだけではないのだろう。
「PCが気になるのは良いけど、まずは私の話を聞いて貰って良いかな?」
教壇に立つ講師が軽く咳ばらいをしてからそう言うと、小さな笑い声が上がる。
講師が備え付けの板タブやソフトの機能説明や使い方を軽く説明し終えると、そこからお題が出される。
「ファイルにお題と入ったファイルがあるので、それを開いてください」
カチカチという音が教室から響き渡る。
オタク君とリコも、マウスを握り、お題と書かれたファイルを開く。
すると、イラストソフトにはデッサン人形のようなのっぺらぼうの上半身が出てきた。
「出てきたのっぺらぼうに顔を、余裕がある人は髪型や服装なども自由に描いてください」
カリカリと音が鳴り始める。
それぞれがペンを持ち、のっぺらぼうに顔を描いていく。
そんな生徒たちに、時折アドバイスをしたりしながら、一人一人の作業を見て行く講師。
どこで悩んでいるのかを汲み取り、具体的なアドバイスを投げかける。
そして、いよいよオタク君とリコの前に来る時だった。
「キミは、相当頑張っているね」
オタク君とリコの前の生徒に、そう声をかける講師。
講師の口からそんな言葉が出れば、気になり目を向けてしまうのは仕方がない事だろう。
こっそりと前の生徒の作品を見ると、描き始めてまだ十数分だというのに、何枚かのレイヤーを使いアタリを付け、既に髪型まで描き始めている。
線がいくつか残っているのを見るに、まだラフの段階なのだろう。
だが、それでも完成を思わせるだけの迫力があった。
上手いだけではなく、見る物を魅了する迫力が滲み出ているのだ。
先ほど見た在校生の作品と比べても全く見劣りがしないレベルである。
それだけの実力があれば、講師が構いたくなるのも仕方がない。
明らかに他の生徒よりも話し込んでおり、話しかけられた生徒も、満更でもない様子で講師に質問を投げかけている。
生徒の実力に満足し、迎えたリコへのアドバイス。
「可愛らしく描けているね。」
それだけである。
満足そうに頷き、オタク君にも似たような事を言うと、満足そうに通り過ぎる。
(あぁ、そりゃそうだよな)
少しだけ筆が止まるリコ。
決して講師は手抜きのアドバイスや、前の生徒と比べたわけではない。
楽しく描く。彼にとっては最高の上達法だと考えていた。
上手くなろうとすれば、それに伴い苦悩が発生する。もっと上手くなるにはどうすれば良いか。どうして自分は下手なのか。
生徒たちのそんな苦悩を汲み取り、アドバイスをしていた。
先ほどの実力のある生徒も、十分な実力を持ちながらも、どこか自分に不安を持ち、それがいくつもの迷い線となっているのを講師は気づいていた。
ある一定を超えると、どれだけ練習をしても伸びているのか分からないほどに微々たる成長しかなくなっていく。
だからこそ、そうならないように慎重にアドバイスを与えたのだ。
逆にオタク君やリコの絵からは、楽しく描く気概が感じられた。
ここで変にアドバイスをするよりも、楽しく描き続けた方が伸びる。そう感じたからこそのセリフである。
だが、当のリコはそんな風には受け取れなかった。
アドバイスするレベルにすら達していないんだ。そう感じてしまったのだ。
その日の体験入学が終わり、オタク君とリコが専門学校を出たころには、夕暮れに差し掛かっていた。
「それじゃ、帰るか」
すっかりテンションが落ちたリコが、そう言って前を歩く。
「あの、リコさん」
「ん?」
そんなリコをオタク君が呼び止める。
足を止め、オタク君に振り返り、少しだけ顔を上げるリコ。
「あの、明日ですけど、もしよかったら、僕の家に来ませんか!?」
「明日って、急だな」
「はい、出来れば明日が良いのですが」
明日といえば、十二月二十五日。
そんな日に、出来れば家に来て欲しいというオタク君。
顔を少し赤らめ、緊張した面持ちでリコを見つめている。
「ま、まぁどうしてもって言うなら良いけど」
勿論明日が何の日かくらい、リコは知っている。
顔を赤らめ、髪をくるくると弄りながら、軽く目を逸らしそう答えた。
「どうしてもです!」
「……分かった」
少しだけぎこちない会話をしながら、帰路に着く二人。
そして翌日。
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