第20話「これだけくっ付けば2人とも濡れないし、冷えないから良いっしょ」


「オタク君、待って待って」


 下校時刻になり、下駄箱で靴に履き替えようとしているオタク君を見つけ、優愛が叫ぶ。

 どうやら声に気づいたらしく、オタク君が振り返る。


「どうしました?」


「オタク君今から帰り?」


「はい。そうですよ」


「丁度良かった、駅まで入れてって」


 外は土砂降りの雨。

 どうやら優愛は傘を忘れたようだ。


「もしかして傘忘れたんですか? 今日は降水確率80%って天気予報でも言ってたのに」


「いやぁ、朝忙しくてそのまま来ちゃったからさ」


 忙しいとはいえ、梅雨のこの時期、カバンに折り畳み傘くらい入れてくるはずだが。

 そもそも、朝の時点で雨が降る寸前の曇り模様だったというのに。


「良いですけど、そんなに大きくないので濡れちゃっても文句言わないでくださいね」


「大丈夫大丈夫。入れて貰えるだけでもありがたいからね。感謝感謝」


 そう言って両手を合わせ、オタク君に拝み始める優愛。

 まったくなどと小言を言いながらも、笑っているオタク君。

 傘を開くと、優愛が靴を履き替えるのを待った。


「それじゃあ行きましょうか」


「うん。ってオタク君そんなに離れてたら濡れちゃうよ?」


「僕は男だから大丈夫ですけど、優愛さんは女の子なんですから、体を冷やしたら危ないですよ」


 オタク君、紳士的発言である。

 実際の所は、肩が触れ合うのが恥ずかしいからだが。


「ふーん、それなら……えいっ」


 傘を持つオタク君の腕に、優愛が抱き着く。


「ゆ、優愛さんっ!?」


「これだけくっ付けば2人とも濡れないし、冷えないから良いっしょ」


「で、でも」


 胸が当たっている。流石に堂々と口には出せない。

 オタク君の腕には、薄い布越しに、柔らかい感触が伝わる。


「ほら、早く行こう」


「分かりました」


 優愛の性格上、ここで問答しても引いてくれないだろう。

 なので、仕方が無いと諦め優愛に付き合う事にしたようだ。


 校舎には人がまばらに居るが、幸いな事に見知った顔にはすれ違う事は無かったようだ。

 

(優愛さん、他の男の人にもこんな事したりしてるのかな)


 スキンシップが激しいのは嬉しいが、他の男にもやってるかもと思うと少しモヤモヤするオタク君。

 そんな事を考えて、優愛を見ると、目が合った。


「どうしたの?」


「いえ、何でもないです」


「えーなになに。そういうの気になるって!」


「いや、ほら、くっついてて暑くないかなと思ったので」


 6月の中旬。一部では夏のような暑さになる所もある。

 オタク君の地域も温度はそこそこ高く、更に雨のせいでジメジメとした嫌な暑さになっている。


 腕に絡みついた優愛が、見上げる感じでジーっと見てくるので、思わず目線を逸らすオタク君。

 ちょっと下に視線を降ろすと、優愛の胸元に汗が滲んでいるのが見えた。

 セクシーである。ちなみにオタク君は、焦りと興奮で体中から汗が噴き出している。


「私は暑くないから大丈夫だよ。もしかして迷惑だった?」


「そんな事ないです!」


「えー、本当に? オタク君優しいから本当は我慢してない?」


「全然余裕ですよこのくらい」


 そう言いながらも、顔は今にも湯気が出そうな程に赤くなっている。 


「そうなんだ。じゃあ遠慮なく」


 優愛が先ほどよりも力を入れて、肩に頭を乗せて寄り添って来る。

 どうやら、今までは彼女なりに遠慮した距離だったようだ。


 肩に優愛の重みを感じながら、ゆっくりと歩を進める。

 先ほどよりも近づいたからか、優愛の甘い香水の匂いがオタク君の鼻をくすぐる。


 オタク君は思春期の少年だ。そんな少年がこんなスキンシップをされ耐えられるのだろうか?

 否! 耐えられるわけが無い。彼は今にも爆発寸前だ。


 だが、爆発寸前なのはオタク君だけではない。


(勢いで腕組んじゃったけど、ヤバイ。これめっちゃ恥ずかしい!)


 そう、実は優愛も先ほど、いや最初から爆発寸前だったのだ。

 まるで冷静に話しているように見えるが、二人とも実際はどもりながら会話をしている。


 冷静さを失っているゆえに、お互いが冷静じゃない事に気付いていないのだ。

 ぎこちなさを残しながら、他愛もない会話をしながら駅へと歩いていく2人。


「優愛さんって、優しいですね」


「えっ、急にどうしたの」


「ほら、僕ってオタクだから気持ち悪がられる事多いんですけど、優愛さんはそういう目で見ないですし」


 中学時代の思い出を自虐気味に笑いながら話すオタク君。


「別にオタク君気持ち悪くないし。優しくて良い人じゃん?」 


「そうですかね」


「そうだよ。私に色々してるし、困ってるリコの為にも手伝ってくれたじゃん! もし気持ち悪いって言うなら、オタクってだけでそんな扱いした人達の方がキモイよ」


「……やっぱり優愛さんは優しいですよ」


 いつしか爆発寸前のオタク君の心は、平常心を保っていた。

 こんなに優しくしてくれるのに、スケベな目で見た自分に罪悪感を抱きながら。


「っと、駅に着きましたね」


「あっ、そうだね」


 名残惜しそうに離れていく2人。


「それじゃ、私この駅だから。バイバイ」


「はい。さよなら」


 手を振ってオタク君を見送る優愛。

 電車が去るのを見送ると、カバンから折り畳み傘を取り出した。


「私、別に優しくないし……」

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