閑話「そのギャルたちは恋をする」
二月十三日、夜。
鳴海家。
「チョコレート、どんな形にしようかな」
台所で、顎に手をやりウロウロしながら優愛がブツブツと独り言を言っている。
彼女が今悩んでいるのは、オタク君に贈るチョコである。
去年は色々と暴走した結果、クソデカオタク君大しゅきチョコを贈ってしまった。
流石に今年は同じ轍を踏まないようにと、慎重に慎重を重ねた結果、台所には大量のチョコの山が出来上がっている。
勿論全部使うつもりではない。どうせならバリエーションを考えようと、とりあえずあれこれ買って見たら、この数になっていただけで。
量が多ければ、それだけバリエーションも豊かに出来るが、逆をいえば、どれか一つに絞る事が難しいともいえる。
スマホでどんな手作りチョコがあるか検索をし始める優愛。
色々と考え、どんな形にするか決まったのか、チョコレートをボウルに入れ、溶かし始める。
「オタク君、喜んでくれるかな」
そんな事を口にしながらも、優愛の顔に不安の色は一切ない。
オタク君は喜んで受け取ってくれる。何故ならオタク君が優愛を拒否した事など一度もないから。
鼻歌交じりに、チョコを作る優愛の頭の中には、オタク君がどんな反応で喜んでくれるか。今はそれしかなかった。
姫野家。
「瑠璃子、ママが手伝わなくても良いの?」
「だから良いって、これくらい自分で作るから」
何度も「本当に良いの?」と確認する母親を、邪険するように「だから、良いって」と何度も返事をするリコ。
去年はリコから急に手伝って欲しいといわれクッキーを作ったので、今年も手伝いがいるだろうと事前に色々と準備をしていたリコの母。
だが、娘から「自分でやるから」の一点張りで邪険に扱われ、少々寂しそうである。
まぁ、台所から離れた瞬間に「あなた、聞いて聞いて。瑠璃子ったら自分でボーイフレンドに作りたいって聞かないのよ」と嬉しそうに夫に話し始める辺り、邪険にされた事は堪えていないいないようだ。
父親と母親が、なんなら弟も加わって何か言っているのが聞こえるが、あえて聞こえない振りでリコは作業を始める。
「ったく、アタシも焼きが回ったよな」
母親に手伝ってもらった方が良いのは分かっているのに、意地になって自分一人でバレンタインの準備をしている。家族から何か言われて恥ずかしい思いをしてまで。
こんな事をしたところで、オタク君からの好感度が上がるわけがない事くらいリコも理解している。市販の物を渡そうが、手作りの物を渡そうが一緒だと。
それでも、オタク君が喜ぶ顔を思い浮かべると、どうしても作りたくなってしまうのだ。
(分かってるよ。アタシはもう、どうしようもないくらい小田倉に惚れてるんだって)
ふと、食器棚のガラスに映った自分を見つめる。
エプロンをして、必死にボウルを混ぜている姿は、高校生とは思えないくらい子供っぽい。
時折、弟に「姉ちゃんみたいなチビが好きになる相手なんているの?」などとからかわれたりする事があるリコ。
言われた時は怒ったりもするが、実際にリコ自身、弟のいう通りだなと思わなくもない。
だが、オタク君はからかわれると恥ずかしそうに顔を背けたり、必死に紳士な態度を示している。それは優愛に対しても、自分に対しても。
だから、きっとオタク君は自分に対して、女を感じてくれている。なので、好きになってもらうチャンスはあるはず。
明日はどんな風に渡して、どんな風にからかってやろうか。
オタク君の反応を想像し、少しだけ笑みを浮かべる。小悪魔のように、甘く、優しく。
雪光家。
「小田倉君。これ!」
自分の部屋で、鏡相手にバレンタインのプレゼントを渡す練習をしている委員長。
どうやらバレンタインで渡すプレゼントはもう完成しているようで、あとは明日渡すだけである。
なので、どう渡すか練習をしているのだ。漫画やアニメのバレンタインでヒロインがチョコを渡すシーンを再現しながら。
何度かの練習をして、軽くため息を吐く。
去年は自分の気持ちをちゃんと理解していなかった。
だが今年は違う。オタク君を好きという気持ちを理解した上で渡そうと考えているのだ。
(もしかしたら、小田倉君から返事が来るかも……)
なので、委員長がそんな淡い期待を浮かべてしまうのは、仕方がないというものである。
オタク君がバレンタインのプレゼントを受け取り、その気持ちに応えるという妄想をして、ある事に気づく。
もしオタク君が応えてくれた場合、優愛やリコとも今の関係でいられるかどうか。
優愛やリコがオタク君に恋心を抱いているのは何となくわかっている。
そんな状態で、自分がオタク君を取って、何も起きないわけがない。
一昔前だったら、それでもオタク君さえいれば、委員長は気にならなかっただろう。
(優愛ちゃんやリコちゃん。それに第2文芸部の皆と仲が悪くなるのは、嫌だな)
オタク君は委員長にとって、一番大事な人である。
だが、第2文芸部のメンバーも、同じくらい大事な人に変わっていた。
「皆に嫌われるのは嫌。でも、諦めるのは……もっと嫌」
胸に痛みを抱えながら、委員長は夢見る。オタク君が自分の手を取ってくれる事を。
それぞれが想いを胸に秘めながらも「バレンタインだからって、急に変わるわけがないよね」と、少し切なそうに笑う。
特別な日だけど、きっといつも通りだろう、と。
彼女たちは知らない。オタク君がこの日に告白をすると決めている事を。
そして、バレンタインを迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます