閑話「オタサーの姫は告らせたい(後編)」
「こんにちわぁ、あのぅ、入部希望なんですけどぉ。見学させてもらってもぉ、良いですかぁ?」
第2文芸部のドアを開けた
足を内股にしながらくねくねし、ちょっと前かがみになり上目遣いでチラチラしている。
そんな毒島に対し、チョバムが抑揚のない声で返事をした。
「はい、どーぞでござる」
「ありがとうございまぁす」
部室の中へ入って行く毒島。
一瞬だけ、ニチャァと口元を緩ませる。
(ふぅん、女2人か)
毒島が優愛とリコの姫力を測る。
姫力とは毒島が独自の判断で数値を決め、高い方が姫として囲われやすい指標である。
(ロリコンが好きそうなチビと、ギャル。これなら勝てる)
どうやら勝てると踏んだようだ。
もし自分よりも姫力の高い相手が居れば、姫の座を取れないので居ても無駄。
その時はさっさと去るつもりであった。
(男は3人。デブに、ガリノッポに、へぇ……良い体してる奴がいるじゃん)
毒島の目が光る。
まずはオタク君にターゲットを絞ったようだ。
ゆっくりとオタク君の元まで近づく。
座ったオタク君の目の高さに合わせるように、前かがみをする。
「私ぃ2年の毒島メイって言いますぅ。よろしくね」
「えっ、あはい。よろしくお願いします」
オタク君、頭を下げつつも目線は毒島の胸元に行っている。
だがそれは毒島の罠である。
(胸元見てるのがバレバレだっつうの。典型的な童貞か)
「私、鳴海優愛って言います。先輩よろしくお願いしますね」
「アタシは姫野瑠璃子。よろしく……お願いします」
オタク君の視線を遮るように立つ優愛。
眼から漏れる敵意を隠そうともしないリコ。
そんな2人に対し、あたふたと手を振りながら笑顔で返す毒島。
「先輩だなんてぇ、畏まらなくて良いですよぉ?」
(この人、明らかに胸元見せに行ってる)
(小田倉の奴、見すぎだろ)
(ふぅん、こいつらはこのオタク狙いか)
女の戦いである。
男3人はその様子に気づいて居ないようだ。
(他人の物と思うと、余計欲しくなるよね)
毒島はオタク君、優愛、リコの順に見てもう一度微笑む。
(漫研追い出されたばかりだし、自重するか。コイツはチョロイからいつでも狩れるだろうし)
どうやらオタク君の事は一旦諦めたようだ。
第2文芸部にしばらく身を置くつもりなのだから、早々に問題を起こすのは悪手と判断したようだ。
オタク君から離れ、今度はエンジンの元へ歩いて行く毒島。
次のターゲットはエンジンに決めたようだ。
「わぁ、すごい! 絵上手!」
毒島、エンジンの左腕に両腕を絡ませ、胸を押し付けていく。
だが効いていないのか、エンジンいつもの笑みのままである。
「ははっ、
「そんな事ないよ。ほら、こことか凄い」
右腕はエンジンの左腕をキープしながら、左手でエンジンのイラストを指さす。
対してエンジンは笑顔でお礼を言う程度だ。
(おかしい……コイツ相当ガードが固いのか?)
エンジンの笑顔に対し、毒島が察する。
これは自分に対してデレた笑顔じゃない、社交辞令を言う時の笑顔だと。
(仕方がない、もう1人のデブに行くか)
自分に興味を持たない人間に労力をかける気が無い毒島。
エンジンから離れ、チョバムへ近づいていく。
近づいて来た毒島を気にかける様子も無く、チョバムは下書きに汚い字でセリフを書き込んでいる。
そんなチョバムの両肩に手を置き、チョバムの顔の真横に顔を寄せる。
「へぇ、キミはシナリオ担当なんだぁ」
「そうでござる。拙者は絵が描けないでござるからな」
「ふぅん」
チラリとチョバムの横顔を見るが、チョバムは毒島の事など目に入れようともしない。
せめて視界に入れて貰わないと話にならない。
そう思い、毒島はチョバムの前で体を斜めに傾けた。
斜め45度の可愛く見えるポーズだ。
「良いなぁ、私ならこんな事言われたら好きになっちゃいそう」
「そう言ってもらえると、拙者も書いた甲斐があるでござるよ」
(コイツも効かないだと!?)
「立ってても辛いでござろう。申し訳ないでござるが今は作業中、なので相手が出来ないでござる」
そう言ってプイっと顔を背け、また作業に入るチョバム。
その後も毒島はイスに座ってわざと足を組んだりして太ももを見せつけるも、引っかかるのはオタク君だけ。
チョバムとエンジンには効果が見られなかった。
下校を告げるチャイムの音が鳴り響く。
「もうこんな時間か。チョバム、エンジン、続きは明日やろう」
立ち上がり伸びをするオタク君。
優愛達も同じように体を伸ばし、パキパキと小気味いい音を立てる。
「それなら片づけは拙者達がやっておくから、小田倉殿たちは先に帰って良いでござるよ」
「ありがとう。じゃあオタク君一緒に帰ろう」
「座りっぱなしで少し疲れたな。小田倉は平気か?」
「ちょっと疲れたかな。それじゃあチョバム、エンジン。また明日」
明らかに毒島を警戒するように、オタク君の手を引く優愛。
オタク君の視線が毒島に行かないようにブロックするリコ。
3人が部屋を出ると、チョバムがおもむろに立ち上がる。
「拙者はちょっと用を足しに行くでござるよ」
初対面の女性が居る前なので、言い方に気を使ったようだ。
「チョバム殿、某も付き合うですぞ」
疲れたと言いながら、腕を伸ばしたり回したりしながらトイレに向かうチョバムとエンジン。
2人は、わざわざ少し離れた場所にある男子トイレに入って行く。
「あぶねええええええええでござった!!!」
「某も! 某もですぞおおおおおお!!!!」
トイレに入るなり、唐突に叫び始めるチョバムとエンジン。
実際の所、彼らは毒島の誘惑に対しかなりギリギリだったのだ。
「エンジン殿、拙者を殴るでござる。拙者は毒島殿がオタサーの姫と分かった上で『でも実際は拙者に好意を持ってるんじゃないか?』と思ったでござる」
「このバカヤロウが、ですぞぉ!!!」
間髪入れずに、エンジンがチョバムを殴る。割と本気で。
チョバム、マジで殴られるとは思っていなかったのか、頬を押さえて驚き気味だ。
「チョバム氏、某を殴れですぞ。某も毒島殿が胸を当てて来た時『小田倉氏に続いて拙者の時代が来た!』と思ってしまったですぞ」
「このバカヤロウが、でござる!!!」
先ほどのお礼と言わんばかりに、チョバムがエンジンを殴る。
お互い殴られた頬が真っ赤に晴れている。だというのに笑顔である。
頷き合い、そして熱い抱擁を交わした。
「友よ、ありがとうでござる!」
「友よ、ありがとうですぞ!」
一方その頃。
第2文芸部では、毒島が荒れていた。
チョバムとエンジンにはスルーをされ、キープ出来そうなチョロイオタクは、既に女2人のお手付き状態。
「クッソ、なんでこの私がこんな惨めな目に合わなきゃいけないのよ!」
相手がイケメンならともかく、冴えないオタク3人相手にこのザマ。
毒島の姫としてのプライドはズタズタである。
「ったく、何が同人誌よ。バッカじゃない」
PCの画面を見ると、ギャルがオタクに優しくしている漫画が描いてある。
それを見て、うへぇと言った表情をする毒島。
「あっ、そうだ。これ消しちゃお」
良い事、思いついたと言わんばかりの表情である。
「この私を無視した罰よ。それで『ごめんなさぁい、わざとじゃないんですぅ』と言ってやるわ」
笑顔でカチカチとPCを操作する毒島。
彼女はまだ気づいて居ない。掃除用具入れのドアが音も無く開き、そこから這い寄る影に。
「あぁ、そうだ。『お詫びにぃ、私がモデルやりますぅ』って涙目で脱いだら、流石にあいつらも目の色変えるっしょ」
うへっへっへと厭らしい笑みを浮かべる毒島。
マウスを削除のカーソルに合わせようとした時、毒島の手を影が掴んだ。
「なにをやっているんですかぁ?」
「えっ?」
毒島が振り返ると、ドピンク頭の地雷系女が真後ろに立っていた。
委員長である。
「そんな事したらどうなるか、分かってますよね?」
(訳:もう、小田倉君に言いつけるんだからね!ヽ(`Д´)ノ )
「ヒ、ヒィ」
(ヤバイヤバイヤバイ、何よコイツ。絶対に危ない奴じゃない)
瞳孔は開き、委員長の抑揚のない声が毒島の恐怖心を更に煽る。
全身の穴という穴から汗を拭きだす感覚を覚える毒島。
完全に蛇に睨まれたカエルである。
「脱ぐとか言ってましたけど、そんな事して小田倉君を誘惑するつもりですかぁ?」
(訳:仲良くなりたいのは分かるけど、もっと自分を大切にしよう?(´·ω·`))
「ヒィィィ。ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
身の危険を感じ、ガタガタと上手く動かない体で、もつれながら部室ドアまで何とか辿り着く毒島。
そのままドアを開け、涙目で謝りながら廊下を走って行った。
「……帰ろう」
毒島が開けっぱなしのドアを閉め、委員長は歩いて帰って行った。
実は委員長、皆が来る前にサプライズで驚かそうとして掃除用具入れに入っていたのだ。
しかし、皆が真面目に同人誌の原稿をやっているために、出るタイミングを逃していたのだ。
無人になった第2文芸部に、足音が近づく。
「良いでござるか、もし拙者が誘惑に惑わされそうになったら迷わず殴るでござるよ」
「分かってるですぞ。某も誘惑に負けそうになっていたら殴って欲しいですぞ」
チョバムとエンジンである。
部室に戻ると誰も居ない事に、安堵のため息を吐いた。
「帰ったみたいでござるな」
「とはいえ、次があるですぞ。その時はよろしく頼むですぞ」
彼らの予想に反し、毒島が第2文芸部に近づく事は二度と無かった。
こうして委員長の活躍により、第2文芸部は魔の手から免れた。
ちなみに、オタク君達の力を借りて同人誌は無事完成した。
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