閑話「オタサーの姫は告らせたい(前編)」

「小田倉殿おおおおおおおおおおおおお!!!」


「小田倉氏いいいいいいいいいいいいい!!!」


 10月の中間テストも終わり、放課後に部室に顔を出したオタク君。

 ドアを開けるなり、チョバムとエンジンがオタク君の元まで走ってきて抱き着き始めた。

 オタク君、モテ期である。


「あんたら、何やってるの」


「ええぇ……」


 暇なのでオタク君に付いて来た優愛とリコはドン引きである。

 だが、そんな2人を気にもせず、なおもチョバムとエンジンはオタク君を放そうとしない。


「ちょっ、2人とも落ち着いて、気持ち悪いから離れて!」


「嫌ですぞ。放しませんぞ」


「小田倉殿が『はい』と答えるまでは、絶対に放さないでござる」


「はいはい。ほら分かったから、話を聞くから一旦離れて!」


 オタク君の返答に、やや不満そうな顔で離れるチョバムとエンジン。

 

「それで、なんで急に変な事してきたの?」


「そ、それが実はでござる」


 年に2回、夏と冬に有明で行われる国内最大級のオタクイベント、コミックフェス通称コミフェ。

 その冬のコミフェに応募したら、見事に当選したチョバムとエンジン。

 彼らはそのコミフェに向け同人誌を作成していた。


「それなら聞いたよ。『週1ページづつ作れば、12月の締め切り2週間以上前には余裕で間に合うでござる』と言ってたじゃん」


「そ、それが……」


「まさか!」


「まだ表紙しか出来てないでござる……」


「ウッソだろ!?」


 8月に描き始めてから、12月の締め切りまでの日数は残り半分。

 だというのに同人誌は1ページも出来ていなかったようだ。


 週1ページづつ作れば良い、そんな余裕がチョバムとエンジンの気を緩めてしまったのだろう。

 夏休みの宿題状態である。最終日になって泣きつかないだけまだマシではあるが。


「どうするんだよ」


 まだ日にちがあるとはいえ、ここで「じゃあ週2ページづつやろう」と言ってやるようには思えない。

 なんならギリギリになってから、また泣きつかれる事になるだけだろう。


 ため息を吐くオタク君に、チョバムがもじもじしながら話しかける。


「それででござるが、その小田倉殿に手伝って欲しいでござる」


「そういう事か。良いよ」


 何を言わんとしていたのか大体予想がついていたオタク君。

 即座にOKを出すオタク君に、チョバムとエンジンはやや驚き気味だ。

 小言の一つや二つは覚悟していたが、すんなりOKを貰えたからだ。 


「本当でござるか!?」


「うそついたら針千本ですぞ!?」


「文化祭の準備は2人に任せっぱなしだったからね。その代わりに同人誌を手伝うよ」


「うおおおおおお、小田倉氏!」


「小田倉殿、今なら抱かれても良いでござる!」


「だから気持ち悪いから離れてって!」


 再度抱き着く2人に対し、本気で嫌がるオタク君。

 男同士で抱き合う酷い絵面である。


「あー、邪魔なら私達帰ろうか?」


「もし良ければ、鳴海氏と姫野氏にも手伝って欲しいですぞ」


「アタシらも? 別に暇だから良いけど、手伝える事なんてあるか?」


「ギャル物を書いているから、ギャルの観点でセリフのチェックをしてもらえるとありがたいでござる」


「余裕があるならペン入れもお願いしたいですぞ」


「へー。面白そうじゃん、やるやる」


 オタク君がやるから手伝うつもりの優愛。

 対してリコは同人誌自体に興味があるようだ。

 オタク君から借りた本で、同人誌のネタがあったからである。


「それじゃあアタシはペン入れをやるよ。優愛にペン入れをやらせたら大変な事になるだろうしね」


 リコに対し抗議の声を上げる優愛だが、実際リコの言う通りだろう。

 優愛の不器用さは、オタク君も良く知る所である。


「優愛さんはセリフがギャルっぽいか見てください」


「まぁ、オタク君が言うなら……」


 しぶしぶ食い下がる優愛だが、そもそもペン入れというものが何か分かっていない。

 なので言うほど悔しいわけではない。ただ馬鹿にされたので張り合っただけである。


「それで優愛さんとリコさんの仕事は決まったけど、僕は何をやれば良い?」


「拙者とエンジン殿のタブレットを部室のPCと同期させたでござる。タブレットを渡すので、ペン入れが終わってる分を小田倉殿はトーン貼りをお願いするでござる」


「分かった」


 早速タブレットでアプリを起動するオタク君。

 ペン入れが終わっているコマには、それぞれ数字が書き込まれている。トーンの番号だろう。


「今ある分の下書きをスキャンするから、リコ殿にはタブレットの絵描きアプリでペン入れをお願いするですぞ」


「ん。分かった」


 アプリの使い方を軽く説明され、ペン入れを始めるリコ。

 思ったよりも丁寧なペン入れに「ほう」と言いながらエンジンが目を細める。


「リコ氏はイラストを描いたりはしているのですか? ペン入れが見事ですぞ」


「そ、そんな事ないし」


 全くよれる事無く、綺麗な細い線を描くリコ。


「ってかペン入れってのはこんな感じで良いのか?」


「そうですな、顔の頬の部分を濃くしてみると味が出ますぞ」


「そうか、ちょっとやってみる」


 軽く線の強弱を教えるだけで、ペン入れの技術が上がっていくリコ。

 本当はもっと教えたいエンジンだが、このままではすぐに下書きが足りなくなってしまう。

 下書きの作業へ戻る事にしたようだ。


 オタク君のトーン貼りが終わったら、吹き出しにセリフを入れるのだが、終わるまでまだ時間がある。

 その間にスキャンし終わった後の下書きの紙に、あらかじめセリフを書き込んでいくチョバム。


「セリフ『マジ』『ヤバい』『ウケる』が多いんだけど。マジヤバい、ウケる!」


「へ、変でござるか?」


「ううん。こうしてセリフで見るとマジで多いなって思っただけ」


 セリフの校正は問題ないようだ。

 最初の頃はワイワイと喋りながらやっていたが、気づくと無言になっていた。皆、真剣である。

 そのおかげで、原稿は良いペースで進んでいく。


 そんな第2文芸部に、魔の手が迫っていた。


「あーあ。ついに7股ばれちゃったなぁ」


 ブツブツと愚痴をこぼしながら、トイレで鏡を相手に呟く少女。

 横一文字にぱっつんと切った前髪が気になるのか、弄っては直しを繰り返している。


「ったく、しばらく漫研には近づけないし、代わりの場所を探すかな」


 言葉とは裏腹に、表情は笑顔のままだ。

 追い出された自体は、対してショックではないのだろう。

 なんなら、やってやったぜと言わんばかりに口角が上がっている。


「運動部は既にマネージャーが幅効かせてるから、オタクの多い文化部よね、やっぱり」


 少女の名は毒島ぶすじま メイ。

 元々漫画研究部に所属していたのだが、次々と男を誘惑しては浮気を繰り返し、先日それがバレてしまった。

 いわゆる「オタサーの姫」である。


 どうやら前髪は満足がいったようだ。

 最後に鏡の前で笑顔を作り、トイレから出る毒島。

 彼女が歩くたびに、腰まで伸びた黒髪が揺れる。


「次は隠れオタクが引きこもる第2文芸部、やっちゃおうかな」

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