第46話「(さっき僕、リコさんと)(さっきアタシ。小田倉と)」

「私達の担当する場所は、この辺りだね」


 オタク君達が着いたのは、住宅街の見渡しの良い道路沿。

 日が落ち、街灯が付き始めているが、住宅から漏れる明かりでそこまで暗さを感じさせない。


 離れた場所には、自分たちと同じように仮装した人達が、バスケット片手に立っている。

 子供たちにお菓子を配る大人達だろう。


「ここを通る子供たちにお菓子を配れば良いんですね」


「うん。ちゃんと『トリック・オア・トリート』って言われてから渡すんだよ」


「分かりました」


 オタク君と優愛が話している間、リコは「あぁ」や「うん」と言った相槌ばかりしていた。

 厚底ブーツに慣れてきたとはいえ、履いてまだ1日目。

 立ち止まって居るだけでもバランスを取らなくてはいけないので、いっぱいいっぱいなのである。


 そんなリコの様子を見て、優愛がちょっかいをかける。


「ねぇリコぉ、聞いてる?」


「聞いてるから、聞いてるから靴底を蹴るなっ!」


 オタク君に捕まりながら、蹴られるたびに生まれた小鹿のように足をガクガクさせるリコ。

 苦笑いを浮かべるオタク君が、不意に優愛達から視線を逸らす。


「どうやら来たみたいですよ」


 離れていてオタク君達の元へ届く声は小さいが、それでも元気のよい声が聞こえてくる。


『トリック・オア・トリート』


 子供たちがそう言うたびに、仮装をした大人たちがバスケットからお菓子を取り出して渡している。

 お菓子を受け取った子供たちは、喜びながら手に持った袋にお菓子を入れていく。

 しかし、そんな子供たちの中には浮かない顔をしている子供も少なくはない。


 何故か?

 貰えるお菓子が少ないからである。


 そう、子供たちは20人程。

 その人数に合わせてお菓子を買っていれば、お金がかかる。

 故に、飴玉が沢山入ったお菓子を選ぶ世帯は少なくはない。


 お菓子が一杯貰えるイベント。

 しかし期待とは裏腹に、貰えるお菓子は微々たるものだったりする。


「予想通りですね」


「オタク君の言う通り、ちょっと子供たちのテンション低いね」


 対してお菓子を上げた大人たちは、満足気味にニコニコしている。

 子供たちは尚更文句が言いづらい状況だ。


 子供たちがオタク君達に近づくにつれ、子供たちが微妙な表情をしているのが見えてくる。

 高学年の子が小声で「貰ったらちゃんと喜ぶんだぞ?」と年下の子達に言い聞かせている姿が物悲しい。


『トリック・オア・トリート』


 先頭を歩く子供に、リコがお菓子を渡す。

 すると、先ほどとは違う喜びの声が子供から漏れ出ていた。

 キラキラした笑顔だ。作り笑顔ではない、本物の。


「これ貰えるの!?」


「あぁ、そうだぞ」


 オタク君達が用意したのは、お菓子の詰め合わせである。

 10円や20円程の駄菓子を詰めた、1袋100円にも満たないお菓子の詰め合わせ。

 出来るだけ大き目の物を選んだ甲斐があり、値段の割に沢山入っているように見える。


「うおー。すげー!!!」


「僕も僕も! トリックオアトリート!」


「こら、全員分あるから落ち着け!」


 お菓子の詰め合わせを見た瞬間に、子供たちが我先にと言わんばかりに寄って来た。

 オタク君や優愛は問題ないが、リコは厚底なので必死である。


 高校生のオタク君達は、大人の考えも、子供の考えもどちらも理解できる年頃だ。

 なので、大人達が出来るだけ安く済ませようとして、子供たちが理想と現実のギャップに苦しむのを何となく予想していた。


 だから、出来るだけ低予算で子供たちを喜ばせる方法を、今日の為に考えていたのだ。

 お菓子を受け取った子供たちの笑顔を見れば、その考えは間違っていないのは一目瞭然である。


 ようやく全員にお菓子が行き渡り、最後の1人にリコがお菓子を手渡した。 


「お姉ちゃん」


 お菓子を受け取った少女がリコに声をかけた。


「アタシ?」


「うん。お姉ちゃん、ありがとね!」


「あ、あぁ」


 バイバイと手を振って少女が歩いて行く。

 そんな少女に、リコは手を振って見送った。


「良かったですね」


「良かったじゃんリコ。お姉ちゃんだって」


 ちょっとからかい気味の優愛だが、今のリコにはそんな事はお構いなしだった。

 自分よりも身長が高いであろう少女。しかし今は厚底ブーツのおかげでリコの方が身長が高い。

 そのおかげで、少女にちゃんと「お姉ちゃん」と認識されたことが、リコにはたまらなく嬉しかったのだろう。


 なんなら、普段は小学生にすら年下に見られる事があるくらいだから……

 リコが声を弾ませる。


「ほら、子供たちも行ったし、アタシたちも帰るよ」


 思わず鼻歌を歌いそうな足取りで、リコが歩き出す。

 そんなリコをからかおうとする優愛だが、オタク君が肩を叩き首を横に振った。

 せっかく良い気分になっているのだから、このままにしておこう。そう言いたいのだろう。

 軽く鼻で笑った優愛は、それ以上リコをからかおうとはしなかった。オタク君の意見に同意なのだろう。


 既に日も沈み、暗くなった帰り道。

 リコの機嫌は良いままだ。


 前を歩く優愛。

 その隣にある縁側ブロックを見て、リコがふと思いつく。


(これに乗れば、小田倉と目線が合わせれるんじゃないか?)


「おい小田倉」


「どうしました」


「これで……うわっ!」


 バランスの悪い厚底ブーツを履いたまま縁側ブロックに乗り、バランスを崩すリコ。

 思わず「危ない」と支えに行ったオタク君を巻き込み、盛大に転んでしまう。


「もうリコぉ、浮かれてるからそうなるんだよ。2人とも大丈夫?」


 倒れた2人を心配し、優愛が声をかける。

 どうやら大きなケガはないようだ。さっとオタク君とリコが離れる。


「あ、あぁ大丈夫だよ」 


「ええ、僕は大丈夫ですけど、リコさんはケガしてませんか?」


 大丈夫と言って、立ち上がろうとするリコだが、足に違和感を覚え思わず顔をしかめる。

 どうやら転んだ際に足をくじいたようだ。


「ちょっと、マジで大丈夫なの?」


「だ、大丈夫だ」


「全然大丈夫じゃないですよ」


 立ち上がろうとするも、苦痛の表情を浮かべるリコ。


「ほら、肩貸してあげるから」


「わりぃ」


 優愛の肩を借りて歩こうとするリコ。しかし、バランスの悪い厚底ブーツでは上手く歩くことが出来ない。

 靴を交換するか提案する優愛だが、優愛とリコでは足のサイズが違う。


「優愛さん、リコさんの靴持って貰って良いですか?」


「うん、良いよ」


「リコさん。背負うので乗ってください」


 背負ってもらう恥ずかしさや、自分のせいでオタク君も少なからずケガをしているのに申し訳ない気持ちで一杯のリコ。

 だが、ここでリコが断ってもオタク君は引かないだろうし、自体は良くならないのを理解している。


「わりぃ、世話になるわ」


「気にしないでください。筋トレと思えば全然余裕ですから!」


 なので、大人しくオタク君の世話になる事を選んだようだ。

 優愛の家までリコを背負って歩くオタク君。


「そういえば2人とも、顔真っ赤だけど大丈夫?」


「今日はまだ暑いですからね!」


「そうだな。背負ってもらって言うのもなんだけど、くっ付いてると余計暑く感じるしな!」


「ふ~ん」


 優愛の家にたどり着き、玄関でリコを降ろした。


「今日はリコ泊ってって、明日まだ痛むようなら親を呼ぼうか」


「あぁ、そうさせてもらうよ」


「それじゃ僕は帰るので、リコさんお大事に」 


 玄関の扉に手をかけるオタク君に優愛が不満そうに言う。


「え~、オタク君も泊っていけば? 今日うち親居ないし」


「親が居ないなら尚更ダメですよ!?」


「えー」


 親が居ないのに一つ屋根の下で男女が泊るのは問題である。

 例えリコが一緒だったとしてもだ。

 

 せめてキズの手当だけでもという提案も断り、オタク君は帰って行った。


「リコ、さっき転んだ時服とか汚れたっしょ? 先シャワー浴びる?」


「そ、そうだな。じゃあ先に借りるよ」


「じゃあ適当な服置いとくから、入っといで」


 風呂場に入り、シャワーのハンドルを回すと勢いよくお湯が出てくる。 

 それを頭からかぶるリコ。彼女の頬は火照ったように真っ赤に染まっていた。


 同時刻、まだ少しだけズキズキと痛む体に耐えながら歩くオタク君。

 彼の頬も、リコと同様に火照ったように真っ赤に染まっていた。


(さっき僕、リコさんと)

(さっきアタシ。小田倉と)


(……キス、しちゃったんだよな)


 先ほどの転んだ際の出来事である。

 オタク君とリコは目が合い、お互いのくちびるが触れていたのだ。

 優愛に声をかけられるまでの、たった1秒ほどの時間ではあった。


 だが、2人は確実にキスをしていた。

 どさくさだったので分からなかったなんて言い訳が通じないレベルで。

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