閑話「コイカツ!」

「ねぇ、話があるんだけどさ」


 放課後の教室。

 優愛が真剣な顔で村田(姉)に相談を持ち掛けていた。


「ん? どうした?」


「実は……えっと、友達、そう友達の恋の相談があるの」


「友達ねぇ……まぁいいよ。話してみて」


 友達の事で相談というのは、大抵本人の事である。

 

「あのね、その友達は好きな人が居るんだけどさ」


「はいはい(小田倉君の事ね)」


「それで仲良く出かけたらしいんだけどさ」


「はいはい(小田倉君とデートの事ね)」


「いざキスするぞってなったと思ったら、キスじゃなかったらしくてね」


「はいはい(小田倉君からネックレス貰った事ね)」


「それで、どうすればキス出来たのかなって」


「なるほどね」


 普通なら、この説明では状況が分からないから答えようがない。

 だが、村田姉はこっそり妹と覗いていたので今の説明だけで十分すぎる程理解した。

 そう、優愛が恋愛クソザコナメクジだという事を。


 それも仕方がない事である。

 オタク君達が通う学校は、校風の自由に憧れ受験する生徒が多いため、恐ろしい倍率を誇る高校だ。

 並大抵の努力では入学できない狭き門。


 その為、勉強に相当な時間を費やす必要があった。

 勉強だけではない、憧れのギャルになるための努力だって欠かせない。

 オシャレがしたいがために入ったのに、勉強だけしていてダサくなってしまっては本末転倒だからである。


 猛勉強をしながら、合間にオシャレもする。

 故に、恋愛に現を抜かす暇がない。


 これは優愛だけではない、大体の新入生に当てはまる。

 入学して半年、やっと余裕が出来てきて、付き合う者達もちらほら出てきた程度である。


「優愛お目が高いじゃん。お姉ちゃん恋愛経験豊富だからめっちゃ応えれるよ」


「別にそんなんじゃないって」


「この前だって新しい男連れてたじゃん」


「マジ!? 凄いじゃん!」


「だからそんなんじゃないって」


 そう言いながらも、得意顔の村田(姉)。

 もっと言ってくれと顔に書いてある。


「それで、キスするのってどうすれば良い!?」


「いや、そうだな……あっ、そうだ。図書館行こう!」


 村田(姉)の発言に、優愛も妹も首を傾げる。

 キスと図書館の関係性が分からない。


「なんで図書館?」


「知らないの? 図書館ってティーンズ向け雑誌とかめっちゃ置いてあるから」


「そうなの?」


「うん。立ち読みだと色々気になるっしょ? 図書館なら古いのも見れるから便利よ」


「マジか、じゃあ図書館行こう!」


 カバンに荷物を乱雑に詰め込み優愛が立ち上がる。

 村田姉妹の方は、既に準備が万全のようだ。

 さぁ行こうとした所で、優愛を呼ぶ声が聞こえる。

 声の主はリコである。 


「おーい優愛。帰るぞ」


「あっ、リコ丁度良い所に。一緒に図書館行こう!」


「そうか。お疲れ」


 優愛の後ろで何やらニヤニヤしている村田姉妹を見て、嫌な予感がしたのだろう。

 当然、逃げられるわけもなく、リコも図書館へ行く流れになった。


「どうしてアタシまで」


 ブツブツと不満を呟きながらも、律儀について行くリコ。

 逃げようと思えば逃げられなくはなかった。

 だが、優愛の相談内容を聞いて気が変わったようだ。


(優愛は変な事吹き込まれかねないしな)


 優愛の為だ。やれやれ仕方がない。

 リコの中で、落としどころを見つけたようだ。


 村田(姉)に先導されながら、優愛達は市の図書館へ入って行く。


「うわっ、マジで本ばっかりじゃん」


「そりゃ図書館だからね」


 一応子供向けや歴史物のDVDやクラシック音楽のCD等もあるが、基本は本ばかりである。

 村田(姉)が慣れた足取りで階段を上がっていく。目的の物は上の階にあるようだ。

 そのまま3階まで上がり、適当に空いている6人掛けテーブルを陣取る。

 リコ、優愛、村田(妹)の順で座り、対面に村田(姉)が座る。


「雑誌適当に持ってくるから待ってて」


 村田(姉)が席を立つと、優愛達は思わずキョロキョロしてしまう。

 初めて、というわけではないだろうが、あまり図書館を利用した事が無いのだろう。

 周りには自分たちと同じように小声で談笑しながら勉強しているグループや、仕切り板で囲われた一人用の机で勉強する者。

 ホームレスらしき人が寝て居たり、音楽を聴いている等、それぞれだ。


「お待たせ―」


 戻って来た村田(姉)が何冊か持ってきた雑誌を机に置く。

 その中からまずはオススメとして1冊の雑誌を取り出して、中を開く。


「えっ、えっ、キスってこんな!?」


「……ッ!」


「マジ、これマジですんの?」


 優愛の相談である、キスの内容だ。

 普通のキスからディープな物まで、やり方を図解付きで説明してある。

 その内容を読むごとに、小声でキャーキャーと騒ぐ優愛達。


 優愛だけでなく、リコも村田(妹)も顔を真っ赤にしながら真剣な目で読んでいる。

 そう、彼女達も恋愛経験0の恋愛クソザコナメクジなのである。


「ねぇねぇ、キスは雰囲気が大切ですって、その雰囲気にするにはどうすれば良いのかな?」


「そりゃあ、キスしても良いって感じにするんだろ?」


「でも相手がキスして良い感じか分からなかったりするじゃん?」


「あー、確かにな」


「そういう時は『良いよ』とか言うべきだったんじゃね?」


 もはや友達の相談というていも、覗いてた事を隠すのも忘れている。


「お姉ちゃんだったら、どうやってそういう雰囲気にする?」


「え、ウチ!? あー……『して』って言うかな」


「マジか」


 村田(姉)の発言に、思わず黙る優愛とリコ。


(してって、自分から言うなんて恥ずくない?) 


 夜の公園のベンチで見つめ合う優愛とオタク君。

 会話がふと止まり、沈黙の空気が流れる。


『ねぇ、オタク君……して』


『優愛さん……優愛』


 そっと目を閉じた優愛に、オタク君の唇が迫る。


(何それ、ヤバイヤバイ。オタク君そんな事までするとか大胆じゃない!?)


 優愛、村田(姉)の発言を真に受け、完全に妄想に浸っている。

 

 そんあ優愛の隣で、リコも顔を赤くして俯いていた。


 映画館の中、スクリーンには男女のキスシーンが。

 それを見て、顔を赤くし困ったような表情でリコの頭を撫で続けるオタク君。


『小田倉。頭を撫でるだけで良いのか?』


『えっ……』


『しても良いよ』


 そっと目を閉じたリコの頭を撫でながら、オタク君の唇が迫る。


(小田倉の奴、映画館で他にも人が居るのに大胆かよ!)


 優愛と同じく、リコも妄想に浸っていた。


「あれ、皆で勉強ですか?」


 オタク君登場である。

 手には色々な本を持っている。どうやら彼も図書館を利用しているようだ。


 突然のオタク君の登場に、声こそ出さなかったものの、思わずガタッと物音を立ててしまう優愛達。

 一瞬だけ他の利用客が振り向くが、すぐに興味を無くし、読書や勉強を再開する。


「小田倉も来てたんだ、良かったら一緒にどう?」


「良いんですか? 丁度席を探してたので助かります」


 チラリと席を見るオタク君。

 優愛達の隣は全部埋まっている。

 となると、座るのは村田(姉)の隣である。

 もう一つ隣は優愛達の荷物が乱雑に置かれているので座れない。


 優愛とリコが固まっている事を気にも留めず、机の上に本を置いて行く。

 魚の捌き方、キャンプ道具の活用法、釣りの名所など、雑多な趣味の参考書だ。

 ラノベも何冊か入っていたりする。


 オタク君の小遣いでこれらの本を買うのは厳しい。

 なので、定期的に図書館を利用して節約出来る所は節約しているのだ。


「へぇ、小田倉君色んな本読むんだ」


「やりたい事がいっぱいあるので、調べるのに最適なんですよ」


 村田(姉)の言葉に返事をしながらも、オタク君は優愛とリコを見ていた。

 オタク君の急な登場に心臓が止まりかけた2人。

 現れる寸前までの妄想を思い返すと、とてもオタク君の顔を見れず挙動不審な動きをしてしまい、それが余計にオタク君の興味を引いてしまう。


(2人ともどうしたんだろ?)


「あっ!」

「あっ!」


 優愛とリコばかり見ていたせいで、村田(姉)と指先が触れ合ってしまい、思わず声が出る。

 村田(姉)は、オタク君が持ってきた本がちょっとだけ気になり、取ろうとした所をよそ見していたオタク君と手が触れ合ってしまったのだ。


「えっと、もしかしてキャンプに興味あったりしました?」


「あはは~、うん。ちょっと興味あるかな。ちょっとだけ」


 お互い顔を真っ赤にしながら、しどろもどろの会話を繰り広げる。

 オタク君は当然として、村田(姉)もこの程度で顔を赤くして動揺してしまっているのだ。


 何故か!?

 そう、何故なら村田(姉)も恋愛クソザコナメクジだからである!!!


 彼氏が居るとは真っ赤の嘘である。

 たまたま男子と帰りが一緒だったのを妹が見て、勝手に勘違いしてはしゃいでいただけなのだ。

 持ち上げられ、良い気になって思わず「まぁこれくらいはね」等と言ってしまったため、後に引けなくなったのだ。


「そうなんですか。村田さんはどんなキャンプとかしてみたいです?」


「あー、女子会みたいな感じ? なんか騒いでBBQしてテントに入ったりして?」


 オタク君。仲間を見つけたと思い、思わず早口口調。

 そこまで興味はないが、とりあえず話を合わせる村田(姉)。

 キャンプに興味はないが、ぐいぐいと来るオタク君につい釣られて返事をしてしまう。


 どうやら、強気に迫られるとチョロイようだ。


「それならこの本がお勧めですね。道具一式貸し出してくれる所とかも書いてあるので便利ですよ」


「へぇ、そうなんだ。じゃあ今度やる機会があったら一緒にやろうか」


「えっ、僕ですか?」


「あっ……もちろん小田倉君もだよ。ほら、皆でやると楽しそうじゃん? それに小田倉君詳しそうだし」 


「そ、そうですね。それじゃあ今度やる時があったら誘ってください」


「おっけー、そん時はよろしく」


(す、すごい。自然にデートの約束まで取り付けてる)


(なるほど。ああやって相手の興味のある物で誘うのか)


(お姉ちゃんマジヤバイ。小田倉君一瞬で落としてんじゃん)


 優愛達の中で、村田(姉)の株が爆上がりした瞬間である。

 その後、しばらくの間、優愛とリコがオタク君に話しかける際に、オタク君の趣味に合わせた話を振るようになったのは言うまでもない。

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