第43話「ううん。気に入ったよ! オタク君ありがとー!」

「そ、そういえばオタク君。なんで急にデートしようって言い出したのかな?」


 コーヒーと共に届いたモーニングを食べ終えた優愛とオタク君。

 コーヒーは飲むにはまだ熱く、スプーンでかき混ぜて冷やしながら優愛がオタク君に質問をした。


(もしかして、告白するつもりだったのかな)


 デートに誘うくらいだ。自分に好意を持ってるからに違いない。

 なんならここで「優愛さん、僕と付き合ってください」の返事が来てもおかしくない。

 優愛はそう確信していた。


「はい。リコさんに誕生日プレゼントの相談をしに行ったら、『デートに誘って、本人に直接聞いた方が良い』と言われて」


「へぇ、そうなんだ」


「それに、リコさんの友人も、『彼氏がいないなら男友達が誕生日プレゼント選ぶのにデートするのは普通だよ』と言ってましたので」 


「そっかそっか。そうだよね」


 そう言って、はにかむオタク君。

 優愛も愛想笑いで答える。


 お互いに「ははは」と笑うが、優愛の内心は微妙であった。

 確かにデートに誘ってもらえるのはありがたいし、もしリコやその友人の言葉が無ければ誘ってもらえなかっただろう。

 だが何かが違う。確かにデートではあるが、優愛の思い描いていたデートとは何かが違うのだ。

 そして、その何かが分からずモヤモヤする優愛。


「僕なんかで迷惑じゃなかったですか?」


「そんな事ないって、私オタク君が好き……」


「ゴフッ」

 

 オタク君と優愛の近くの席の人が、何故か飲み物で咽たようだ。何故か。

 だがオタク君と優愛はそんな事を気にする余裕が無かった。


 考え事をしていた優愛が、オタク君のネガティブ発言に対し咄嗟に否定しようとして告白してしまったのだ。


「えっ……」


「違う違う、私オタク君が好きな人いるか気になるな~って」


「あっ、そう言う意味でしたか。ははは……」


「ははは……」


 優愛、そのまま勢いで告白が出来たものを、思わずヘタレてしまう。

 乾いた笑いが余計に虚しく感じる。


「僕は好きな人とかは居ませんね」


「ほら、リコとかはどうよ? 小さくて可愛いし、オタク君好きじゃない?」


「えっと、確かに可愛いですけど、僕なんかじゃ相手にされませんよ」


「ゴフッ」


 オタク君と優愛の近くの席の人が、何故か飲み物で咽たようだ。

 きっと気管が弱い人が近くに居たのだろう。きっと。


(可愛いって、小田倉の奴何言ってやがるんだ!)


(小田倉君さぁ、優愛とデートしてる自覚あるん?)


(優愛も告ったの何やめてんだよ。っつか他の女の名前振るなよ)


 何やら思念が流れてくるが、気のせいだろう。

 オタク君に意中の相手が居ない事にホッとする優愛。

 数分後、自分もそういう目で見られていない事に気付き、凹んだのは言うまでもない。


 もしここで、オタク君が「優愛さんは好きな相手居るんですか?」と言えば、もしかしたら事態は動いたかもしれない。

 だが、そうはならなかった。

 鈍感なオタク君ではあるが、優愛が普段とは何か違う事くらいは察していた。


(もしかしたら、優愛さんは好きな人が居るのかもしれない)


 そうではあるが、そうじゃない!

 

(流石に好きな相手が誰か聞くのは、良くないよなぁ)


 別に好きな人が誰か聞けるくらいの仲ではあるだろう。

 しかし、聞けなかった。聞くのが怖かったからである。

 何故聞くのが怖いと感じたか、オタク君にも分からないが。 


「優愛さん、まずは服を見に行きましょうか!」


 ここでじっとしていれば、そんな事を考えてしまいそうになる。

 なのでオタク君はグイっとまだ少し熱いコーヒーを飲み干し、優愛を誘う。


「うん。行こっか!」


 湯気が立ち上るコーヒーを半分残し、誘われるままに優愛も立ち上がる。

 2人は店を出て、街へウインドウショッピングに出かける。 


「ねぇねぇオタク君。この服似合う?」


「似合ってますね。そうだ、これ買いますか?」


「うんッ……っと、もうちょっと見て行かない?」


 買うという言葉を寸前で飲み込む優愛。

 試着している服は、優愛の趣味に合い、オタク君も素直に似合うと言うくらい合っている。

 だが、もしここで買えば、誕生日プレゼントを探すデートは終わってしまうかもしれない。

 

「そうですね。次のお店に行ってみます?」


「うん!」


 色んな店に入っては試着をしてを繰り返す優愛。

 たまに買い食いをしながら、傍から見れば立派なデートになっている。


「そういえばリコさんからは、プレゼント何貰ったんですか?」


「リコはイヤリングくれたよ。うちの学校がっこーって基本自由だけど、ピアスや入れ墨は禁止じゃん?」


「そうなんですか?」


「そうだよ」


 オシャレがしたいから入ったわけではないオタク君。その辺の校則には疎いようだ。

 まぁ、やらないなら知らなくても良い事ではあるが。


「今付けてるのがリコから貰った奴だよ」


「へぇ、可愛いですね」


 ほら、と髪をかき上げて耳を出した優愛に、オタク君が触ってどんな柄か確かめた。

 決してオタク君にやましい気持ちはない。ちゃんと見ないと失礼だと思い、触って顔を近づけ確かめただけである。

 だが、優愛には効果抜群であった。目の前に接近したオタク君の顔に思わずドキドキする優愛。


(へぇ、小田倉君やるじゃん)


(あいつ実はたらしなんじゃね?)


 オタク君の行動、村田姉妹からは高評価である。

 自分が贈ったプレゼントをネタにいちゃつかれたリコの心象は、穏やかではないようだが。

 

 1日中街を歩き回りやがて時間が過ぎ、気が付けば日が沈みかけていた。


「ごめんね、1日中付き合わせちゃって」


「いえいえ、僕も楽しめましたし」


 近くの公園のベンチで休憩するオタク君と優愛。

 少しでもオタク君と一緒の時間を過ごしたい優愛は、結局プレゼントは選べずじまいだった。


 歩き疲れた2人は、ベンチでジュース片手におしゃべりに夢中だ。

 デートと言って最初は緊張していた2人も、いつのまにか緊張は解け、いつも通りになっている。


「そうだ。優愛さん。ちょっと目をつぶって貰えますか?」


 オタク君。何気ない顔で爆弾発言である。


(小田倉マジか)


(キスか!? 小田倉キスすんのか!?)


(!!!!)


 顔を真っ赤にしながら、思わずキョロキョロしてしまった優愛。

 目に入ったのはカップルばかりだ。


 いや、実際にはカップル以外にも、色々居た。

 どこかで見たことあるような双子や、どこかで見たことある子供とか……。

 だが、今の優愛の目には入らない。 


「う、うん」


 少し顔の角度を上に向け、目を瞑る優愛。

 後ろ髪に、オタク君の両手を感じる。


「はい、良いですよ」


「えっ?」


 目を開ける優愛。

 勿論キスはされていない。  


 首元に何やら違和感を感じ目線を落とす。

 ネックレスである。先端には、小さなピンクの宝石がはめ込まれている。


「誕生日おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます?」


 優愛が誕生日プレゼントを何にするか悩んでいるのを見かねたオタク君。

 彼はこんな事もあろうかと、途中でプレゼントを購入しておいたのだ。気が利く性格なので。


「あっ、可愛い」


「気に入って貰えたら良いのですが」


「ううん。気に入ったよ! オタク君ありがとー!」


 えへへと笑いながら、先端の宝石を摘まんだりしてみる優愛。

 本当に気に入ったようだ。


「もう暗いですし、帰りましょうか」


「うん」


 立ち上がるも、優愛はまだネックレスに夢中のようだ。


「優愛さん、前見ないと危ないですよ」


「……えいっ!」


 右腕をオタク君の左腕に絡ませ、左手でネックレスを弄る優愛。


「これなら危なくないでしょ」


 何か言い返そうとしたオタク君だが、プレゼントをそれだけ気に入ってくれたのだ。

 誕生日なのだから、もう少しだけ優愛のワガママに付き合おう。そう思い腕を絡ませたまま歩き出す。



 帰宅した優愛。

 自分の部屋に戻ると、机まで一直線で向かう。

 机の上には、少し塗装が剥げてもう使わなくなった付け爪が飾ってある。オタク君から始めて貰った思い出の宝物だ。

 そこに、先ほどまで付けていたネックレスを箱に入れ蓋を開けたまま隣に置いた。彼女の新しい宝物である。


 宝石の名前はピンクトルマリン。

 10月の誕生石で、身に着けると願いが叶うと言われている物だ。

 もし優愛に意中の人が居るのなら、その人と結ばれるようにと、オタク君が願いを込めて選んだプレゼントである。


 宝石言葉は、幸福、喜び、そして……愛情。

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