第131話「そうだ、リコ去年のあれやりなよ。クラゲガールズだっけ?」

「文化祭のクラスの出し物で希望はありますか?」


「お化け屋敷作ろうぜ!」「教室で迷路でしょ!」「喫茶店やってみたい!」


 夏休み直前。

 この日は一日を使って、文化祭でクラスの出し物を決める事になった。

 委員長とオタク君が教壇に立ち、生徒たちから希望を募る。

 去年は少々気後れ気味だった生徒も、流石に二年目となると空気にも慣れ言いたい事が言えるようになっている。

 何も意見が出ないよりはマシだが、ここまで多いとそれはそれで困るわけだが。


「去年コスプレしてたのあったじゃん。あれやろうよ」


「それよりミスコンとか開催しようぜ」


 文化祭の出し物決めを始めて五分。

 既に教室はカオスな状況になっていた。

 去年は様子見で何も出来なかった分、今年はと意気込む生徒が多いからだろう。

 意見出しだけで一時限目が終わる。

 休憩時間になり、それぞれが仲の良いグループと何をしたいか話あうのは、去年も見た光景である。

 

「オタク君オタク君。ほら委員長もこっちこっち!」


 そう言ってオタク君と委員長を呼ぶのは優愛である。

 優愛の周りには既にリコと村田姉妹が、ここにオタク君と委員長が混ざりいつものグループが出来上がる。

 文化祭で何をしたいかの話し合い、というよりは優愛が思い付きで次々と喋っているだけである。 

 時折荒唐無稽な意見が優愛の口から飛び出し、リコが突っ込み、その様子をオタク君たちが苦笑いで見る。


「そうだ、リコ去年のあれやりなよ。クラゲガールズだっけ?」


「やらねぇよ!」


 休憩時間はあっという間に過ぎ、結局何も決まらないまま二時限目が始まった。

 オタク君たちと同じように、他のグループも意見がまとまっていないようだ。

 何をしたいかの意見で、仲が良いグループ同士でも別の案をそれぞれ出し合ったりしている。

 その中でも、やはり多いのは飲食関係である。

 文化祭で喫茶店といえば、誰もが憧れるシチェーションなのだから当然といえば当然だが。


「占いとかやりたい」


「なんかゲーム的なのあっても良いんじゃない?」


 とはいえ、飲食以外の意見もそれなりにはある。

 そして飲食と一口に言っても、作る物や内装でかなりの意見が分かれている。

 なので、飲食店をやろうと一筋縄ではいかない。

 結局そのまま三時限目、四時限目と続き、意見がまとまる事なく昼休みの時間になった。

 

「あれ、オタク君と委員長どこ行くの?」


 オタク君と一緒に昼食を取ろうとした優愛だが、オタク君が委員長と一緒に教室から出ていくのを見かけ声をかけた。


「まだ決定ではないけど、一応当日調理室の使用申請をしてくるだけだからすぐに戻りますよ」


「あっ、そうなんだ。じゃあ待ってるよ!」


「いえ、先に食べてて大丈夫ですよ」


「私はリコと違って、待てる女だからね!」


 優愛と昼食を取るためにくっつけた机の上で、既に弁当を広げ食べ始めているリコの箸が一瞬止まる。

 一瞬の間悩み、そして再び食事を再開した。ここで優愛に対抗をして食事を中断すれば、優愛が弄ってくるからだ。 


「そうか。じゃあ優愛は腹の虫を鳴らしながら、アタシが食べるところ見ててくれ」


「はぁああああ? ここは『アタシも待つよ』っていう場面じゃない!?」


「卵焼きウマッ」


「オタク君、どう思うよ!?」


「小田倉。優愛の相手をしてるといつまで経っても終わらないから、さっさと行って、さっさと戻ってこい」


 このまま優愛の会話に付き合っていれば、いつまで経っても終わらない。

 シッシといわんばかりに手を振るリコに、オタク君は愛想笑いを浮かべるとそのまま教室を出ていった。

 委員長と職員室へ向かい、調理室の使用申請を手早く済ませるオタク君。

 職員室を出る際に、スマホの着信に気づく。


『そういや小田倉、再来週の準備は出来たか?』


 リコからのメッセージである。

 二人で一緒にコスプレ参加をしようと約束した、お祭りの確認だろう。


『もちろんです』


 前にイベントに二人きりで行った際に、優愛や委員長に思い切り詰め寄られたので、こうして二人きりのメッセージでやりとりをしている。

 なんのコスプレをするかは既に決まっており、衣装も作成済みである。

 しかし、まだ調整が残っているので、まだリコに衣装を見せていなかったりする。

 なので、ちょっとだけ、焦れてしまったのだろう。


『そうか、楽しみにしてる』


 リコのメッセージを見て、帰ったら一度コスプレ衣装の写真を送ろうかなと考えるオタク君。


「あっ!」


「どうしたの?」


 急に立ち止まり声を上げたオタク君に、委員長が声をかける。


「皆の案をまとめる良い事思いつきました」


「良い事?」


「はい。こういうのはどうでしょう?」


 教室に戻るまでに、委員長に相談をするオタク君。

 オタク君の話を聞き、委員長も「それ良いかも」と笑顔で頷く。

 教室に戻ったオタク君が、昼食を食べながら優愛たちに相談をする。

 オタク君の意見だから賛成といった感じの優愛と違い、リコや村田姉妹も話を聞いた上で賛成の様子である。

 そして迎えた五時限目。

 ちょっとだけワクワクした感じで教壇に立つオタク君。対してクラスメイトは少々疲れ切った表情である。

 朝からずっと文化祭の出し物について議論をしっぱなしなので、気疲れしてきてるのだろう。

 一部からは「もう何でも良いよ」オーラが感じられる。


「やりたい事がバラバラなら、いっそ屋台という形にして、それぞれやりたい物をやるのはどうでしょうか?」


 そんなオタク君の言葉に、クラスメイトの目に輝きが戻る。

 そう、オタク君がリコとの会話で思いついたのはお祭りの屋台であった。

 どれか一つにしようとするから揉めるのだ。なので、出来る限りやれるようにすれば不満もいくらか減らせる。

 もちろんお化け屋敷や教室迷路といった大きい物は出来なくなるので、その辺りをやりたい人には諦めてもらうほかないが。


「おぉ、屋台って一度やってみたかったんだよな!」


「占いならスペース取らないし、良くない?」


「どうせなら祭っぽくするために、教室の中央で太鼓叩こうぜ」


 とはいえ、自分の希望の物が出来なくても、仲の良い友人の希望が通るならといった感じで不満が出る事はなかった。

 単純に疲れて「これで決まるならそれで良いや」状態なだけかもしれないが。

 それぞれどんな屋台をやりたいか書き、クラスの出し物がスムーズに決まっていく。

 ワイワイガヤガヤと楽しそうに話すクラスメイトや優愛を見て、オタク君は思う。

 これならリコと二人でお祭りに行った事がバレて詰められても、屋台の下見に行きましたと言い訳できるな、と。

 策士である。

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