第101話「もしかして今日の目的って」

 金曜の夜。

 オタク君が自室でいつものようにプラモを作っている時だった。


『オタク君、この前めちゃ美ちゃん元気づけたら何でもしてくれるって言ったよね?』


『僕に出来る範囲で、ですけどね』


 スマホが鳴ったので、確認をするオタク君。

 通知には、優愛からのメッセージが表示されていた。


 優愛にめちゃ美の様子を見てもらう際に、お礼に今度埋め合わせしますねと言ったオタク君。決して何でもとは言っていない。

 とはいえ、優愛が何をしたか分からないが、めちゃ美が元気になったのは事実。

 十分な結果を出した優愛に対し、何でもとは言ってませんと言えないオタク君。 

 なので、苦笑いをしながら自分に出来る範囲でと送るのが精いっぱいだった。


『実は見たい映画があって、日曜空いてるかな?』


『大丈夫ですよ』


 何でもを前振りに入れたのだから、どんな無茶ぶりが来るかと身構えていたオタク君。

 だが、優愛からの希望は一緒に映画に行きたいという内容で、強張った肩から力が抜ける。


『ありがとー、それじゃあ詳しい場所と時間を後で送るね』


『はい、分かりました』


 時間と場所まで指定して貰えるのは、オタク君的にはとてもありがたかった。

 調べる手間がめんどくさいわけではないが、やはり相手の都合などを考えながらプランを練ろうとすると時間がかかる。

 良くいえば気が利く、悪くいえば優柔不断な性格なのでオタク君に任せたら、時間や場所を決めるだけでも一日を要しただろう。


「優愛さんから連絡来るのを待つだけで良いか」


 スマホを置き、プラモ作りを再開しようとするオタク君。

 

『オタク君、お昼ここはどう?』


『このお店前から気になってたんだけど』


『新規オープンだって! ちょっと行ってみない!?』


 だが優愛からのマシンガントークが続き、プラモ作りは中断となった。

 テレビをつけ、録画していたアニメを見ながら日が変わるまで優愛とメッセージのやり取りをし続けた。


「オタク君おはー」


「おはようございます」


 当日。

 待ち合わせ場所には、優愛とリコにコーディネイトして貰った服装に、優愛から誕生日で貰った香水をつけたフルアーマーオタク君。

 そんなオタク君に手を振りながら声をかけるのは、いつも通りのギャルっぽい格好だが、今回はメガネをかけている優愛。

 時刻は九時半、待ち合わせ時間の三十分前である。


「映画のチケット前売り券で購入してあるので、時間まで喫茶店に行きましょうか」


 始めの内は、お互い「電車が早く着いたから」などと早く来た言い訳をしていたが、今はもうそんな言い訳すらしなくなっていた。

 もはや待ち合わせする時の恒例行事である。

 早く来た事に言及する事なく、自然にエスコートをするオタク君。


「うーん、喫茶店も良いけど、ちょっとここで待とうか」


 普段なら喜んで提案に乗る優愛だが、今日は珍しくオタク君の提案をキャンセルした。

 

「どこか他に行きたいところあるんですか?」

 

「そうじゃないんだけど、もうちょっとだけ良いかな?」


「はい、良いですよ?」


 優愛の行動に疑問を持つオタク君。

 ここで待つという事は、もしかしたらリコも誘っているのかな。その程度の考えだった。

 しかし、リコを誘っているならあらかじめ言うはずだが、優愛は普段からそういう大事な事を伝え忘れる事が多い。

 なので、疑問には思うがオタク君は言及する事はなかった。


「そういえば優愛さん、今日はメガネかけてますけど、目が悪かったんですか?」


「ううん、目は両方とも1.5だよ。これはね、今回の重要なアイテムなの!」 


「重要なアイテムですか?」


「そう、だからオタク君にも、はいこれ」


 なぜメガネが重要なのか疑問に思うオタク君。当然の思考である。

 だが、そんなオタク君に対し、説明も無しに丸いオシャレなハットを渡す優愛。

 帽子を受け取るが、オタク君は反応に困っていた。


「これは、僕が被れば良いんですか?」


「そうだよ?」


 言われるがままに帽子をかぶるオタク君。

 鏡に映った自分を見て見るが、流石にこれは似合わないなと苦笑する。

 まぁ、その手のファッションは本人が似合ってないと思っても、周りはそこまで変に思っていない場合が多い。

 使い続ければ意外と本人が感じてる違和感は消えるものである。


 とはいえ、今回優愛がオタク君にオシャレなハットを渡したのはファッションのためではない。

  

「あっ、キタキタ」


 やはりリコか誰かを誘っていたのか。そう思い優愛の視線の先を見るオタク君。


「ほら、オタク君も隠れて」


「えっ、うわっ」


「オタク君、声大きいって。バレちゃうじゃん」


 突然恋人のように腕を掴まれ、優愛のあれが押し付けられたのだから仕方がない反応である。

 コソコソと隠れるように移動し、小声で話しかける優愛。

 よく分からないが、それに倣いコッソリとしてみるオタク君。


 一体だれが来たというのだろうか?

 そんな疑問は一瞬でとけた。

 対象はいつも見ている顔な上に、目立つ長身の男だからである。


詩音しおんさん、お待たせしました」


「いやいや、お待たせって、まだ一時間前だし」


 その目立つ長身の男を見て、オタク君が疑問に思う。

 言葉づかいが普段と違うからである。


「いやぁ、映画が楽しみ過ぎて早く目が覚めてさ」


「どんだけ楽しみなんだよ」


「俺はともかく、詩音さんは何でこんな早くに?」


「決まってんじゃん。映画が楽しみだからっしょ!」


 詩音と呼ばれた少女の反応に、長身の男が笑う。

 

「あれ本当にエンジンなのか?」


 オタク君と優愛が詩音と呼ばれた少女とエンジンをこそこそと覗く。

 普段の「ですぞ」という語尾も「それがし」という一人称もない。服装もちょっとチャラい感じのするエンジン。

 オタク君が驚くところはそこだけじゃなかった。


「エンジンと一緒にいるのって、村田さんの妹の方だよね?」


「そうだよ」


 村田姉妹、姉の歌音と妹の詩音。

 その妹の詩音とエンジンが一緒に待ち合わせをして、仲良く話しているのだ。

 彼らがどうして仲良くなったのか、オタク君と優愛は知らない。


「もしかして、今日僕を誘った理由って」


「うん。詩音のスマホこっそり覗いた時にエンジン君とデートの約束してたの見えたから」


 詩音は別に隠しているわけではないので、エンジンと映画に行く約束を取り付ける時も周りに見えないようにコソコソしたりはしていない。

 とはいえ、そこまで分かるほど見たのなら、多分コッソリではないのだろう。

 

「もしかして今日の目的って」


「うん。もちろん」


 野次馬である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る