第102話「結構アプローチしたつもりなんだけどな」

「オタク君、これはどう思いますか」


「う~ん。まだなんとも言えない感じでしょうか」


 詩音とエンジンが入った喫茶店に、コソコソと入店し二人を見守るオタク君と優愛。

 小声で何故か実況のような喋り方になっているのはご愛嬌である。


 オタク君と優愛が見つめる先には、仲良く話をしている詩音とエンジンが。

 バレないように距離を取っているため会話は聞こえないが、とても楽しそうなのは二人の様子から見て取れる。


「だって詩音の顔見てよ。明らかにメスの顔してんじゃん」


「メスの顔って……」


 最近はチョバムもエンジンも優愛に物怖じする事が全くなくなったせいで、平気でオタク用語を使うようになっていた。

 そして、そんなオタク用語を、優愛も面白半分で覚えて使うようになった。

 オタク君、内心は優愛の教育に悪いからやめて欲しいと思いつつも、自分も使っていたりするので文句が言えない。


 そしてメスの顔と言われた詩音だが、別段普通である。

 教室で友達と喋る時の自然の笑顔と思うオタク君だが、優愛はメスの顔だと言い張って聞かない。


(それなら普段の優愛さんもあんな感じですし)


 安心して欲しい、そっちはちゃんとメスの顔である。当然オタク君に対してだが。

 オタク君、優愛の反応に対しては鈍感である。

 まぁ、普段から優愛もオタク君に変な絡み方ばかりしているせいで、優愛が顔を赤らめたり焦ったりしてもそれが平常運航だと思われている節がある。

 気づかないオタク君もオタク君だが、優愛の自業自得でもある。


 今も、詩音とエンジンをダシに優愛は「良いなぁ」などと言ってオタク君を遠回しに誘っていたりするが。


「確かに、ああいうのは憧れますね」


 遠回し過ぎるのと、オタク君の鈍感で全く進展出来なかったりする。

 ここで「じゃあ僕たちもあんな風にしてみます?」とオタク君に言わせるのはまだハードルが高い。

 

 詩音とエンジンにバレないように、コソコソと覗きながらオタク君と優愛の会話は続いていく。

 どっちかというと優愛が一方的に喋っている側だが、オタク君としては特に気にした様子はない。

 元々今日は優愛にお礼で付き合っているのだ。ならば優愛が良い気分になれるのならそれでオタク君としては満足である。


 エンジンと詩音の事から始まり、クラスメイトの誰が付き合ってる、誰が別れたの話から、誰と誰が大人の階段を登ったかの猥談まで。

 女の子は恋バナが大好きだなと思いつつ、なんだかんだで話に食いつくオタク君。

 男の子だって、女の子に負けないくらい恋バナは好きなのだ。思春期なら特に。


「あっ、エンジンたちが出るみたいだね」


「二人が店を出たら私達も行こうか」


 レジへ向かうエンジンと詩音。

 エンジンが財布を取り出し、中から札を出そうとすると、詩音がエンジンの腕を引っ張る。

 ニコニコと笑顔で言い合いをしている二人。はた目から見てバカップルそのものである。

 

 エンジンが男らしく詩音の分も支払おうとするが、詩音は「そんなの良いって」と言って自分で払おうとしているのだ。

 最終的にエンジンが折れ、ちゃんと割り勘をしたようだ。


「もう、そんなところで気を使わなくたって良いって。今日だってこっちが付き合ってもらってるんだから」


「しかし、男としては……」


「男としてはって、いつの時代の人間だっつうの」


 詩音の分も支払いたかったのか、エンジンがショボーンと肩を落とす。

 そんなエンジンに、詩音は笑いながら背中を叩き「ほら、早く行かないと映画始まるよ」と気合を入れる。

 エンジンと詩音のやりとりを見て、ほっこり顔のオタク君と優愛。なんならレジのお姉さんもほっこり気味である。


「オタク君。私達も行こっか」


「そうですね」


 レジへ向かうオタク君と優愛。


「お会計は?」


「一緒で」


「ちょっとオタク君!?」


「めちゃ美の事で優愛さんにはお世話になったし、これくらいはさせてください」


「ダメだってば!」


 財布から札を出そうとするオタク君と、それを阻止しようとする優愛。

 もしかして、オタク君たちはわざとやっているのだろうか?


 その後も映画を見て、ウインドウショッピングをしたりする詩音とエンジン。

 とそれを見守りながらついて行く優愛とオタク君。

 

 陽も落ち始め、後は帰るだけである。

 詩音とエンジンのやや後方を歩くオタク君と優愛。


「オタク君、今日一日見ててどう思った?」


「確かに、詩音さんはエンジンに気がありそうですね。ほら、あれ見てくださいよ」


 そう言ってオタク君が詩音を指さす。

 詩音は少し不自然な感じで、左手をブラブラさせている。


「どう見ても手を握って欲しいって感じが出てるのに、エンジンの奴あれに気づかないとかどうなんだ?」


「だよね! 流石に鈍感すぎでしょ!」


「あーもう、今なんて詩音さんがエンジンの右手をチラッと見たのに、なんで気づかないんだ!」


「ホントだよね!」


 エンジンの鈍感なところにヤキモキするオタク君。

 最初の内はオタクに優しいギャルなんて幻想だと思っていたが、二人の様子を見ていれば付き合う一歩手前だというのが分かる。

 だというのに、エンジンはその一歩を踏み出さないのだ。


 詩音とエンジンが手を振り、それぞれが別の電車に乗り帰って行く。

 オタク君は額に手を当て「エンジンのヤツ」と呆れたように言っている。


「ごめんね、優愛さん。エンジンのやつが優柔不断で」


 詩音は優愛の友達だから、そんな友達があんな朴念仁対応されれば優愛はさぞがっかりしただろう。

 そう思い謝罪の言葉を口にするオタク君。


「ううん、良いよ。今日は付き合ってくれてありがとね」


 だが、優愛は笑顔だった。

 バイバイと笑って手を振る優愛に、オタク君も手を振り返す。

 改札口を抜け、オタク君の姿が見えなくなったのを確認し、優愛が深いため息を吐く。


「結構アプローチしたつもりなんだけどな」


 詩音とエンジンを尾行してる間、優愛も左手を不自然に動かしたり、オタク君の右手を見たりしていた。

 もちろんオタク君は気づいていない。

 オタク君、エンジンへの言葉は完全にブーメランである。

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