第161話「全員じゃだめ、かなぁ?」

「そういえば、新刊ってどうする?」


 優愛、リコ、委員長に迫られたオタク君が、露骨に話題を変えようと試みる。


「そうでござるな。では新刊はどの子の話が良いか、小田倉殿に選んで欲しいでござる」


 オタク君の露骨な話題変更に対し、ニッコニコの笑みを浮かべたチョバムが話題を戻しにかかる。  

 

「よく考えたら、新刊描く時間なんてなくない? なしの方向でいかない?」


「拙者は大丈夫でござるよ」


「某も大丈夫ですぞ」


「自分も手伝うっす!」


 既に十月の半ば。

 冬コミフェは印刷所が混む事を考えて、最低でも二週間は前に入稿しておきたい。

 そう考えると、時間は今から一ヶ月半しかない。

 学業だってあるのに、そんなスケジュールを組めるわけがないと必死に訴えるオタク君。

 だというのに、チョバム、エンジン、めちゃ美は「イケルイケル」とやる気である。オタク君を困らせたいので。

 もし、彼らだけがノリ気なら、以前同人誌製作が計画通りにいかずに泣きついてきた事を棚に上げ、うやむやに出来なくはない。


「おぉ、じゃあ私も手伝う! リコも手伝うよね?」


「まぁ、良いけどさ」


「私も頑張る」


 だが、優愛、リコ、委員長の三人もやる気になっていた。

 彼女たちが加われば、実際に一ヶ月ほどで完成させるのは不可能じゃない。

 前回の冬コミフェと同じスケジュールなので。

 前回の冬コミフェと違い、委員長とめちゃ美も加わっているので、作業効率は確実に上がるだろう。

 オタク君。完全に四面楚歌である。


「あーもう。分かった。じゃあ早速作業に取り掛かるよ」


 吹っ切れたように、指示を出し始めるオタク君。

 長机を並べ、PCやタブレットをそれぞれ用意し、さぁ始めようかというところで、チョバムが手を上げる。


「どうしたの?」


「それで、誰の話にするでござるか?」


 同人誌を作るために指示を出し、どのヒロインが良いかの話題を勢いで誤魔化そうとしたオタク君。残念だがその手は通じなかったようだ。

 オタク君に視線が集まる。

 優愛、リコ、委員長が緊張の面持ちで選ばれるのを待つ中、オタク君が出した答えは。


「全員じゃだめ、かなぁ?」


 優柔不断だった。

 

「チョバムが選べって言ったから、ちゃんと選んだよ。全員って」


 オタク君、詭弁である。

 ぐぬぬと納得がいかない顔でオタク君を見つめるチョバム、エンジン、めちゃ美。

 

(といっても、これで納得してくれるわけないだろうし)


 難癖をつけられる前に、畳みかけよう。

 そう考えたオタク君は、チョバムたちではなく、優愛たちに目を向ける。


「出来れば全員幸せになって欲しいから、ダメかな?」


 優愛たちを仲間に引き入れる作戦である。

 しかし、それは明らかな失策。

 彼女たちはオタク君に選ばれたいのだ。なのに全員と言われて納得するだろうか?


「だめ、かな?」


 そう言って、少し困ったように、はにかむオタク君。

   

「ま、まぁ小田倉がそれで良いならアタシは構わないけど」


「うん。私もオタク君の案に賛成かな」


「良いと思う」


 納得してしまった。

 いや、納得していない。彼女たちは不満である。

 不満であるが、これは単なる自分のワガママ。だからこれ以上困らせてはいけないとセーブがかかったのだろう。

 優愛たちがオタク君の意見に賛同した事により、劣勢になったチョバム、エンジン、めちゃ美。

 多数決により、新刊は「ヒロイン全員」の話で決定した。

 早速プロットに取り掛かるチョバム。


「ねぇねぇ、チョバム君。ここはヒロインがもっとグイっと行く場面だと思うんだけど?」


「せっかく二人っきりになってる場面なんだから、このヒロインなら、仕方がないなって感じでグイグイいくノリの方が良いんじゃないか?」

 

「この子の考えてる事、もうちょっと考えてあげて。本当は純粋なのに口下手で伝わってないだけなんじゃないかな?」


 彼は優愛、リコ、委員長に事あるごとにダメ出しをされていた。

 ややノイローゼになりながらも、ダメ出しという名のアドバイスによりヒロインたちの解像度が格段に上がり、後日完成した新刊「オタク君に優しいギャルたち」は、まるで本物を見てきたかのようなリアル感あふれる作品となった。

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