リコルート 6
先ほどのB組での出来事を、かいつまんで委員長に話すオタク君とリコ。
「ふぅん……」
話を聞き終わると、目から完全にハイライトが消えている委員長。
「お説教しに行く? それとも、分からせに行く?」
薄っすらと笑みを浮かべるその姿は、ヤバい奴である。
委員長をこのままにしておけば、B組へ突撃するには目に見えている。
なので、リコは委員長の前に立ち、ため息を吐きながら首を横に振る。
「やめとけ。無駄だ」
そんな事をしても状況は好転しない。それはリコ自身が良く知っている。
一年の時に、リコがイジメられていた時、優愛はやめるように言ったが何も変わらなかった。
当時の事は、オタク君も優愛やリコからある程度聞いているので、リコがそう言うのなら、きっとそうなのだろうと納得する。
「でも……」
とはいえ、その当時を知らない委員長。
無駄だと言われ「はい。そうですか」と聞き分けられるわけがない。
「別に、だからって放置するつもりなんてサラサラねぇよ」
リコが委員長を見上げる。
「方法は考えてある。協力して欲しい」
「……分かった」
二つ返事で、力強く頷く委員長。
「それでリコさん。方法って?」
「あぁ、それはだな……」
リコが作戦を説明すると、委員長は不思議そうな顔で首を傾げ、オタク君は苦笑いを浮かべる。
そんな作戦で上手くいくのかと言いたげな二人に、大丈夫だとリコが言い張る。
とはいえ、協力すると言った手前、やらないわけにはいかない。
なおも一抹の不安を残しながら迎えた翌日。
「ねぇねぇ、ちょっとあれ見て」
「うわっ、ヤバくない!?」
オタク君が、注目を集めながら廊下を歩く。
向かっている先は、B組の教室である。
B組の教室にたどりついたオタク君が、ガラガラと音を立てドアを開ける。
ドアを開けたオタク君に興味を持たないB組の面々。
だが、オタク君の姿に気づくと、思わず二度見からの、ガン見である。
一人、また一人と時が止まったようにドアに注目して動かない様子に、他の生徒も気になり教室のドアに目を向ける。
ほぼB組全員から注目されているのをオタク君は確認し、ゆっくりと優愛の席へと向かう。
口元に、薄ら笑いを浮かべながら。
「優愛さん」
「えっ、オタク君、どうしたのその恰好!?」
優愛が驚くのも無理はない。
以前堕天使のコスプレをした時のようなメイクに、煌びやかなスーツ姿。
中のシャツはボタン全開で、オタク君のシックスパックが丸出しである。
声をかけられるまで、優愛も「どこのホストだこいつ」と思っていた。
「実は、文化祭のクラスの出し物がホストクラブになっちゃって」
「へ、へぇ……」
普段の少し弱気な語気ではなく、どこか自信あり気な口調のオタク君。
態度まで普段のオタク君っぽくない様子に、少し、いやかなり優愛は困惑している。
「同じクラスの人が相手だと、どうしても色眼鏡で見ちゃうので、優愛さんにお客さんを体験してもらって感想を聞きたいのでお迎えに来ました」
そう言って、手を差し出すオタク君。
顔を真っ赤にして照れたような笑みを浮かべながら、オタク君の手を取り立ち上がる。
「そうだ、村田さんも良ければどうですか?」
「あー、私は良いわ。優愛と楽しんできてよ」
笑顔で手を振る村田歌音。
クラスの注目を集めながら、オタク君が優愛の手を引いて教室を後にする。
オタク君と優愛がいなくなった教室で、時が動き出したかのようにB組の面々が会話を再開する。
もちろん、会話の内容はオタク君についてだ。
「ってかさ」
わざとらしく、周りに聞こえるように一人の女子が話し始める。
昨日優愛に絡んでいた女子である。
「冴えないオタクが痛いファッションでナルシストになってるの、きもくね?」
そう言うと、取り巻きの女子二人もクスクス笑いながら「そうだよね」と相槌を打つ。
そんな三人の様子を見て、村田歌音がニヤリと笑みを浮かべる。
「いやいや、毎日自撮り送ってくるシブタクってヤツのが痛いナルシストっしょ」
手を振りながら、まるでコント劇のようなリアクションと顔芸をしながら村田歌音が言う。
その言葉を聞いて、一部のクラスメイトが思わず吹き出す。
「はぁ!?」
自慢の彼氏をバカにしたのが村田歌音だけだったら、優愛をバカにしていた女生徒もまだ冷静だっただろう。
だが、他のクラスメイトまで同意するかのように噴き出したことで、彼女の逆鱗に触れてしまった。
「んなことねぇし。シブタクのがイケてるだろ!」
そう言って、女生徒がスマホを取り出しシブタクの写真を、どこぞの印籠のように見せる。
だが、その姿が更に滑稽さを増長させてしまい、余計にクラスメイトの笑いを買ってしまう。
別にシブタクがキモいわけではない。ただ女生徒が顔を真っ赤にして必死に彼氏のアピールしてる姿が面白いだけである。
しかし、女生徒にその意図が伝わるわけもなく、クラスメイトから彼氏がキモいとバカにされたようにしか感じない。
助けを求めるように取り巻き女子を見るが、取り巻き女子たちは劣勢を既に感じ取っており、苦笑いを浮かべるばかりである。
もしここで「さっきのオタクよりもシブタクのがイケてるよね?」と言われたらと思うと、苦笑いが加速する取り巻き女子たち。実際にどっちがイケてるかと言われたらオタク君に軍配が上がると思っているので。
取り巻き女子たちの表情を見て、優愛をバカにしていた女生徒は、この状況では自分が何を言っても道化になる事を理解すると最後に舌打ちをしながら村田歌音を睨み、教室を出ていく。
教室を出ていく女生徒に「おー怖い怖い」と笑顔で煽る村田歌音。
この日以来、優愛がクラスでバカにされるような事はなくなった。
後日。
「ところでリコさん」
教室で文化祭の準備をし、一仕事終えたオタク君が、同じく作業に一区切りついたのか座ってスマホ片手に休憩をしているリコの隣に腰を下ろす。
オタク君に話しかけられ、スマホをしまい「どうした?」と返事をするリコ。
「どうして、あの作戦で優愛さんがイジメの標的にされなくなるって確信してたんですか?」
「あっ、それ私も気になった」
オタク君の背後からにゅっと生えてくる委員長。
唐突に表れるのはいつもの事なので、もはやオタク君もリコも驚く様子はない。
あの日、リコが委員長に求めた内容は、文化祭のクラスの出し物決めである。
オタク君がホストみたいな恰好を学校でするためには、理由作りが必要不可欠。
優愛の為にクラスの出し物を決めさせて欲しいと、リコ一人が言っても聞いて貰えない可能性が高い。
なので、意見を通すために、仲間集めが必要だった。
委員長だけでなく、去年のクラスメイトたちに声をかけたりして、やや強引ではあるが出し物をホストクラブに決定出来た。
とはいえ、ここまでやっておいて「作戦失敗でした」となれば目も当てられない。高校最後の文化祭を半場強引に決めたのだから。
作戦は驚くほどに成功したのだが、いまだになぜ成功したのか分からないオタク君と委員長。
「あぁ、格付けってやつだ」
「格付け?」
「あいつらは見た目で言えば優愛より格が下だ。だから普通なら容姿で煽ったりは出来ない」
そもそも優愛よりルックスで上の人間の方が少ない。そう言いかけて言葉をとめるオタク君。
彼女の前で他の女の子の容姿を褒める真似は出来ないのと、遠回しの見た目ディスになってしまうので。
それを口にすれば、優愛やかつてリコをバカにしていた女子たちと変わらなくなってしまうから。
「だけど『自分には彼氏がいて、優愛はオタクに振られた』だから自分の方がカースト上位だって言いたかったんだと思う」
「小田倉君よりもその子の彼氏の方が上だから、彼氏と付き合ってる私の方が小田倉君に振られた優愛ちゃんより上。みたいな感じ?」
「大体そんな感じだな」
「えぇ……」
「だから小田倉の方が上と証明すれば、大したことない彼氏自慢をしているだけに格を下げれるわけだ」
リコの推測は大体合っている。
自分の方がカースト上位に立ったと思い、優愛を攻撃した女子。
だが、もし最初の内にオタク君が変身して会いに行っても、もしかしたら今のような結果にはならなかった可能性がある。
優愛がイジメの対象にあっていた理由は、その容姿と優しさから男子たちを無意識に魅了してしまったために、他の女子たちの反感も買っていたのが理由だったりする。
最期の学園生活。誰もが出来れば楽しく過ごしたいものである。
だというのに、クラスの中心に当たり前のように優愛がいる。クラスの男子たちは優愛ばかりを見ているから。
それが気にくわなかったから、イジメている女子を見て見ぬふりをしていた。内心優愛に「ざまぁ」と思いながら。
男子たちも、自分たちが必要以上に優愛に構うから、優愛が女子の反感を買ってしまった事に気づき、これ以上反感を買わないようにと必要以上に構わないようにした。
その結果、クラス全体でいじめの様な構図が出来てしまったのだ。
最初の内は女子たちもそれで良かった。
だが、時間が経つにつれ彼女たちは思う。最後の学園生活が
男子たちも必要以上に優愛に構っていない、ならもう良いじゃないか。
しかし、自分がクラスの中心ですと言わんばかりに威張りくさっている女生徒の態度は悪くなっていく一方。
このまま下手に問題が起きてしまったらと思うと気が気ではないが、やめさせようにも、きっかけがない。
ここで下手な事を言って自分たちがイジメの標的にされたら。そう思うと声を上げられなかった。
だから、リコの作戦は、B組にとってこの状況をどうにかするための渡り船だった。
彼女の想定とはやや違った形ではあるが、結果オーライならそれでヨシだろう。
「なるほど」
リコの想定とは違っている事に気づかず、リコの言葉に納得するオタク君と委員長。
「おーい、手伝いに来たよ」
「どうした優愛、またクラスでハブられたのか?」
「あぁ? リコ喧嘩か? 表に出るか?」
「B組でもちゃんとそう言えるようになると良いね」
「うわーん、オタク君。リコがイジメるよ。文化祭の準備で余った木材使って一緒にぶん殴ろう!」
物騒な事を言いながらオタク君に抱き着く優愛。
「小田倉、お前はいい加減隙だらけ過ぎるだろ」
「えっ、僕が悪いんですか!?」
優愛に抱き着かれた事で、顔を真っ赤にしてオタク君に説教するリコ。
オタク君とリコ、二人は付き合う事になったが、彼らの関係は変わらない。
「そうだ。オタク君ホストやるんでしょ? 私が一日ずっと指名しようかな?」
「優愛ちゃん、私と小田倉君シェアしない?」
「ウチはそういう店じゃねぇから!」
「ホストだからそういうお店だと思いますけど」
なので、楽しい学園生活はまだ続いていく。
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