リコルート 7

 夏休み中盤。

 文化祭の出し物の準備があらかた終わった三年E組。

 もっと拘りたい生徒がまだ内装の準備をし、それ以外の生徒は特に何をするわけでもなく、仲の良いグループで集まってだべっている。

 そのだべっているグループの一つに、オタク君がいた。


 オタク君、リコ、委員長、そして。


「俺は源氏名を『炎のホスト滝沢』にしようと思うけど、どうかな?」


「良いんじゃない? どうでも」


 炎のホスト滝沢こと、山崎である。

 今年も文化祭でコスプレが出来ると、大はしゃぎでオタク君に構っては、衣装やメイクをどうしたら良いか教えてもらっていたりする。

 優愛を助けるために、文化祭の出し物をホストクラブにしたいと相談を持ち掛けた際に、いの一番に「やろう!」と言ったのは山崎だった。

 彼が先陣を切ってくれたから、他の人も「じゃあ俺も」と声を上げてくれた。

 その事にはとても感謝しているのだが。


「そうだ。一緒に撮影を頼まれた時のポーズも考えないと」

 

 実際は「ただコスプレがしたかっただけなのでは?」という気持ちが湧いて来るオタク君たち。

 優愛のクラスに行く際に「俺もついて行こうか?」と声をかけてくれたりと、色々と気をつかってくれていたのだから、そんな事はないはずと思いつつも、浮かれる炎のホスト滝沢こと山崎を見ると、優愛のクラスについていこうとしたのも、ただコスプレをして歩き周りたかっただけのような気がしなくもない。

 邪な考えがオタク君たちの頭をよぎり、それを無理やり頭から離そうとしている時だった。


「おーい、お兄ちゃん」


 教室のドアがガラリと開かれる。ドアを開けた主はオタク君の妹希真理。

 後ろに友達の向井玲、池安凪、そして優愛とめちゃ美を引き連れ、オタク君の教室にやってきた。 


「ウチのクラスの展示見て感想教えてくれるって約束忘れてない!?」


 上級生のクラスというのに、気にした様子もなく声を上げる希真理。

 妹が自分のクラスに来るのは恥ずかしいのか「分かった、今行くから」と走ってドアまで向かい、教室から妹の姿が見えないように立ちふさがるオタク君。

 同じく妹が自分のクラスに来て恥ずかしいのか、気まずそうに目を逸らす池安。妹の凪も出来る限り教室を見ないように顔を背けている。


「池安も妹のクラス見に行かない?」


「あぁ……俺は良いから、小田倉早く行って来いよ」


 身内が来る恥ずかしさのおすそ分けと言わんばかりに、池安に話を振るオタク君。完全に照れ隠しである。

 話を振られ、恥ずかしそう「はよいけ」と手を振る池安。とそれをからかう浅井と樽井。

 それじゃあ、ちょっと行ってくるねと言って、教室を出ていこうとしたオタク君が気付く。

 リコだけがついて来ようとしていない事に。 


 委員長は既に教室から出て、優愛たちとおしゃべりを始めている。

 というのに、リコは山崎の隣で立ったままである。

 

「リコさんは行かないんですか?」


 不審に思ったオタク君がリコに声をかける。

 

「あぁ……いや、行くよ……うん」


 どこか歯切れの悪い返事をするリコ。

 明らかに気乗りをしていない様子だが、それでも彼女はついて行く。

 

「お前ら小田倉にくっ付くな。私のだぞ!」


 ほっとくと、オタク君がすぐにハーレム展開に持っていってしまうので。

 正しくはオタク君の周りが、だが。

 もちろん、彼女たちは本気でオタク君を横取りしようとしているわけではない。

 リコが必死になって癇癪を起すのが面白くて、弄るためにちょっとふざけてオタク君に構っているだけである。多分。

 リコもそんなのは百も承知ではあるが、それでも万が一と考えると不安になってしまうのは仕方がない。


「リコさん」


「どうした?」


「その、良かったら手を繋ぎませんか?」


 オタク君は気の利く性格なので、そんなリコへのサポートはバッチリである。


「ま、まぁ小田倉がどうしてもって言うなら」


「はい。どうしてもです」


 そもそも、優愛たちにくっ付かれないように気を付けろという話ではあるが。

 手を繋いで歩く二人を他の面々が冷やかしたり、希真理が少し不機嫌になりながら、オタク君たちは希真理の教室に到着した。


「そう言えば、チョバム先輩とエンジン先輩は呼ばなくて良かったんすか?」


「あいつらはクラスの手伝いサボった分を強制労働させられてるよ」


「あー、強制労働させても逃げ出しそうっすけどね」


「エンジンの手綱を村田さんの妹が握ってるし、チョバム一人で逃げ出す勇気はないだろうから大丈夫じゃない?」


「エンジン先輩と詩音先輩といちゃついてるの見せつけられてるから、大丈夫じゃない気がするっすけど」


「あはは、確かにそうかもね」


 めちゃ美の言葉に笑って返すオタク君。

 リコ以外の誰もが思った。あ、コイツ皮肉言われたことに気づいてないな、と。

 当然、仲良くリコと手を繋いで歩くオタク君は、皮肉に気付いていない。鈍感なので。

 

 希真理達のクラスの展示を見たり、チョバムとエンジンの様子を見に行ったりして、気が付けば下校の時刻。

 第二文芸部と村田姉妹を交え、仲良く集団下校をするオタク君たち。

 それぞれの分かれ道に立った時だった。


「……小田倉」


「どうしました?」


「いや、たまには家まで送ってって貰いたいなって……ダメか?」


「……? 良いですけど」


 じゃあ私もと、ついて行こうとした希真理が、凪に肩を掴まれ阻まれたのは言うまでもない。

 ゆっくりと、言葉少なに歩くオタク君とリコ。

 時刻は夕方だが、まだ空は明るく、オタク君たちと同じ学校の制服を着た生徒たちもチラホラ見かける。

 だというのに、恥ずかしがり屋のリコの方から、そっとオタク君の手を握る。

 

「なぁ、小田倉」


 そして、リコの家に着き、手を離そうとしたオタク君。

 だが、そんなオタク君の手を、リコは更に力を入れる。手が離れないように。


「今日さ……家、誰もいないんだ……」


 もじもじした様子のリコが、握りしめた手を引っ張るようにしながら、上目遣いでオタク君を見る。

 誰もいない家に呼ばれた。それが何を意味するか分からないほどオタク君は鈍感では……あるが、流石にこの状況で気づかないほど鈍感ではない。


「リコさん……」


 が、しかし。そんな状況に置いて一つだけオタク君に懸念があった。


「もしかして、希真理のクラスの展示の百物語を見て、夜一人が怖くなったとかじゃないですよね?」

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