第71話「オタク君。リコが泣くまで雪合戦しよーぜ!」
3月。
オタク君の地域では、この時期に雪が降る事は珍しくない。
が、この日は違っていた。辺り一面が雪景色になっていたのだ。
普段この時期は雪が降ると言ってもチラつくか、大雪でも積雪5ー10センチくらい。それがこの日に限っては積雪30センチ。
車は止まり、交通機関も止まり、至る所で事故は起きるが緊急車両を出すことも出来ず、自力で病院に向かう事すらできない状況である。
例年にない記録的大雪により、学校は当然休校。だというのに、オタク君は学校に来ていた。
交通機関が麻痺して遅れる事をあらかじめ予測したオタク君は、普段よりも早く家を出ていた。
そして、あまりに早く家を出たために、休校の連絡すら受けていないのだ。
実際、オタク君のように無理して学校に来た生徒は少なくはない。
なのでそんな生徒の為に、教師も無理のない範囲で来て、学校を解放している。
3年生は卒業しているので当然居らず、残った1、2年生も大雪により来ている生徒自体は少ない。
今校舎に居る生徒の数は普段の20分の1も無いだろう。だが、校内は活気づいていた。
記録的大雪というイベントに加え、生徒が少なくなった校舎。
そんな非日常感を楽しんでいるのだ。
休校なので当然授業はない。
なので、仲の良い者達と意味も無く校舎を歩いてみたり、普段は運動部が使っている体育館でバスケをしてみたり、音楽室で好き勝手にピアノを弾いてみたりと自由である。
そんな生徒を叱る側の教師も、今日は大雪のせいでほとんどが来ていない。
かろうじて学校に来た教師は各所へ連絡や対応で忙しく、生徒達を叱る余裕などない。
もはや問題を起こさない限りは、好きにしてくれといった状況である。
そんな中、オタク君はと言うと、第2文芸部に来ていた。
メンバーは、同じく無理をして学校に来た優等生の委員長、リコ。
そして寝起きで遅刻と勘違いし、休校の連絡を受けずに学校に来た優愛の4人である。
最初はオタク君の教室にリコが来て4人でだべっていたのだが、違うクラスの教室というのは何となく居心地が悪いのだろう。
オタク君のクラスメイトを気にしてか、時折視線を泳がせるリコ。
そんなリコの様子に気づいたオタク君が、第2文芸部に行かないかと提案をしたのだ。鈍感だが、気の利く男である。
特に反対意見が出る事も無く、オタク君達は第2文芸部に移動した。
ちなみにチョバムとエンジンは、休校じゃなくても休む気マンマンだったので来てはいない。
不真面目ではあるが、判断が速いとも言える。
「ってか雪マジヤバくない?」
「優愛さっきからそればっかりじゃん。確かにヤバいけどさ」
窓から外を見る度に「ヤバイヤバイ」と言いながら、カシャカシャと携帯で写真を撮る優愛。
そんな優愛に呆れつつも、内心は興味があるのかチラチラと窓の外を見るリコ。
「確かに凄いですよね。ちょっと目を離すたびに雪が積もっていってますし」
愛想笑いを浮かべ、優愛に同意をするオタク君。
同じく窓の外を見る。積もりに積もった雪のせいで道路と歩道が曖昧になってたりする。
優愛は純粋に雪景色を楽しんでいるようだが、オタク君は帰りの心配で、素直に楽しむ事が出来ないでいた。
「だってさ、雪だよ。こんなに降ったの初めてじゃん?」
「まぁ、そりゃあそうだけどさ」
窓から雪を眺めてはしゃぐ優愛は、雪を見て興奮をする犬のようである。
「そうだ。雪見に行こう!」
そして言うが早いか、ドアを開け、振り返りもせずそのまま第2文芸部の部室を出ていく。
優愛犬はそこら辺の犬よりも賢いので、自分でドアを開けることも出来る。
なので、ちゃんと誰かがリードを掴んでいないといけないのだろう。
呆気に取られ、口をポカーンと開けているオタク君とリコ。
気づけば委員長も優愛と飛び出していた。どうやらこちらも内心では雪に興奮していたようだ。
「ったく、しゃあねぇな」
やれやれと言わんばかりに重い腰を軽く上げるリコ。
なんだかんだで彼女も興味があったのだ。
「ほら小田倉、行くぞ」
「あ、はい」
仕方がないというそぶりを見せてはいるが、まだ座っているオタク君にわざわざ手を差し出し立ち上がるサポートをするリコ。
早く行きたくてしょうがないという感じである。
「寒ッ!!!」
外の気温は氷点下6度。
普段の学生服の上に防寒着を着ているとはいえ、余裕で寒い気温である。
これだけ寒いのだから、当然外には誰も居ない。
「わざわざ外に出る必要あったか?」
ガクガクと震えながら文句の言うリコ。
「そこに雪があるから」
委員長、答えになっていない。
「見て見て、足跡ついて新雪って感じしない?」
答えてすらいない優愛。
そんな2人にリコが「答える気ある?」と真顔で聞くが、優愛も委員長も聞く耳も持たず、雪に夢中になっているようだ。
「そうだ、一回これやってみたかったんだ」
そう言って両手を広げ、雪の上にダイブする優愛。
起き上がると、雪の上には彼女の跡が出来ていた。
「あははっ、ねぇこれヤバくない? 凄い綺麗に跡が出来たんだけど!?」
それを見て、「私も!」と言いながら同じように雪の上にダイブする委員長。
「おっ、委員長凄い綺麗な形に出来たじゃん」
「鳴海さんのは、アニメとかで高い所から落ちた人の跡みたいになっててすごい」
まるで専門家の如く、ダイブした跡を褒め合う優愛と委員長。
そんな2人を苦笑いで見つめるオタク君とリコ。
まぁ、本人たちが楽しんでいるならそれで良いだろう。そんな感じの生暖かい目線である。
「しかし、これ帰り大丈夫か?」
「ええ、このまま夜まで雪が止まなかったら、学校に泊まる事になるのかな」
「そうなるかもしれないな。学校に泊まるか、何か漫画みたいだな」
ヘヘッと言った感じでオタク君に笑いかけるリコ。
台風や大雪で学校に泊まるイベントは漫画やアニメでは見た事はあるが、実際に体験した事は無い。
なので、それはそれで楽しみだと思い、笑みが零れてしまったようだ。
オタク君もリコと同じ考えなのだろう。
そうですねと答えながら、リコと同じように笑みを浮かべている。
「そういえ、ぶばぁッ!?」
ついでだから、雪に関係する漫画の話をリコが振ろうとした時だった。
リコの顔面目掛け、雪玉が飛んできた。
「オタク君。リコが泣くまで雪合戦しよーぜ!」
投げた犯人は優愛である。
どうやら雪にダイブするのは満足したようで、次の遊びに入っているようだ。
雪玉をリコ目掛け投げつけるが、軽く払い落とすリコ。
「アホか、やらねぇよ」
興味が無いですと言わんばかりの対応のリコ。
そんなリコの後頭部に雪玉が当たる。
「小田倉ぁ?」
「ぼ、僕じゃないです!」
リコが後ろを見ると、後方から委員長が雪玉を手に、次々と投げつけて来ている。
前門の優愛、後門の委員長である。
「小田倉、援護しろ。徹底的にやるぞ!!!」
「えっ、僕もですか?」
「当たり前だろ!」
挟み撃ちの形で次々と飛んでくる雪玉に、流石のリコもブチギレである。
こうして優愛・委員長連合と、小田倉・リコ連合軍による雪合戦が始まっ……たが、寒いからすぐに休戦協定が結ばれた。
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