第69話「VRか、何をやろうかな」

 まだ寒い3月だというのに、オタク君は自宅の敷地内にある納屋を漁っていた。

 わざわざ休日になぜ納屋を漁っているのか?

 納屋には両親が飽きて使わなくなった物が置いてあるからだ。


 オタク君の両親も、オタク君と同様に多趣味である。

 しかし、オタク君ほど情熱が長続きするタイプではない。

 なので、飽きたりもう使わなくなった物は納屋に入れられる。

 そして、それをオタク君や妹の希真理がこうやって拝借していくのだ。


 オタク君の部屋にある高価な物は、ほとんどが親が使わなくなったものである。

 親はオタク君が持って行く事に対し、特に何も言わない。

 そもそも要らなくなった物と言うのもあるが、そのおかげでオタク君が駄々をこねてお小遣いをせびったりしないからだ。

 まぁ、下手なお小遣いよりも高価な物を与えているわけだが。


「おぉ、あった!!!」


 両手でそれを掴むと、まるで宝物でも手に入れたかの如く高く掲げる。

 目を輝かるオタク君。彼が手にしたものは、VR機器である。


 仮想現実の世界で遊ぶためにはVR機器は必須。

 しかし、ちゃんとした物を買う場合、安くても3万以上掛かってしまう。

 ゲーム機並みの値段である。学生がおいそれと手出しできる値段ではない。


 それが納屋に転がっていたのだ。

 興奮しないわけが無い。

 一通り興奮した後に、中身を確認しニヤニヤと頬を緩ませる。


 コソコソと納屋から顔を出し、辺りを窺うオタク君。

 もし妹の希真理と鉢合わせれば、取り合いになるかもしれないからである。

 細心の注意を払い、バレないようにコソコソと部屋まで戻っていくオタク君。


「VRか、何をやろうかな」


 部屋に戻り、早速VR機器のスイッチを入れて、起動させる。

 ワクワクしながらゴーグルを被ると、思わず「おぉ」と声が出る。


 オタク君の目の前に広がるのは、まさに仮想の現実世界。

 3Dのゲームをやった時の、奥行きがあるなんて物ではない。

 目の前には広がる世界があるのだ。本当に自分がその世界に居るような感覚になるほどの。


「ソフトは何が入っているかな」


 慣れない手つきでコントローラーを動かすが、ソフトは特にインストールされていない。

 というのも、オタク君の父親はVR酔いが激しかったためにすぐにやらなくなってしまったからだ。

 なので入ってる物は初期のソフトと、有名なゾンビサバイバルゲームだけである。


「有料のゲームはクレジットカードじゃないと買えないのか……」


 そして、有料のゲームを買うにはクレジットカードが必要になってくる。

 未成年のオタク君は、当然クレジットカードなどというものは持っていない。


「あっ、でも基本無料のゲームはインストール出来るんだ」


 有料のソフトはクレジットカードが必要であるが、追加課金式のソフトであればクレジットカードが無くてもインストールは可能である。

 なので、まずは手当たり次第にインストール可能な物を入れていく。 

 ある程度色々なソフトをやってみて、もし面白ければ親に頼みクレジットカードを借りてソフトを入れよう。

 そんな魂胆である。


「おぉ、これは!!!」


 手当たり次第ソフトを入れていたオタク君の手が止まる。

 そして、思わず叫び興奮するオタク君。

 彼が興奮してしまうのも仕方がない。そのソフトはVtuber『夢見輝子』のゲームである。

 内容は曲に合わせ、両手に持ったコントローラーでオタク芸をするというものである。

 他のインストール作業を一旦中断し、ソフトを起動させる。


『ボクと一緒にライブを楽しもうね!』


 ソフトを起動すると同時に、いつも画面越しで見ていた夢見輝子がオタク君の目の前に現れた。

 そう、まるで質量を持ったかのように、リアルな夢見輝子がオタク君の目の前に居るのだ。


 ゴクリと固唾を飲み、ゆっくりと前に手を出すオタク君。

 しかし、その手が何かに触れる事は無く、空を切る。


 頭では分かっている事だが、試さずにはいられない程のリアルさがそこにあったのだ。

 オタク君が何処を触ろうとしたかは、あえて言及しないでおこう。


 気を取り直し、早速ゲームモードに入る。

 追加課金式のゲームなので、最初に選べる曲数は2曲だけである。


「まぁお試しなんだから、そんなもんだよね」


 少ない曲数に苦笑いしながら、曲を選ぶ。

 彼が選んだのは慣れ親しんだ、夢見輝子のデビュー曲。


 軽快なリズムと共に登場した夢見輝子が歌い始める。

 夢見輝子登場と共に、オタク君の周りに頭のてっぺんから足元まで黒タイツのような人間が現れる。

 オタク君と同じく、彼女を応援するための観客なのだろうが、全身が真っ黒なために、某探偵アニメに出てくる犯人のようである。


 曲に合わせ、腕を振る方向が指示される。

 真っ黒な観客が、指示された方向に腕を振る。それに合わせてオタク君も腕を振る。

 最初は真っ黒な観客が不気味に思っていたオタク君も、段々と彼らがライブ会場の仲間のように思えて来たようだ。

 無機質に同じ動きをするのでなく、たまに動きがズレている者が居たり、ほんの少しだけ動きがバラバラだったりするのが、リアルなライブを感じさせる。


 オタク君が腕を振るうたび、ピコンピコンという音と共に、PERFECTと表示される。

 ライブに行っただけあって、オタ芸は完璧のようだ。


 サビに入ると腕の指示だけではなく、コールの表示もされる。

 マイクはあるが、別に音声認識機能が付いているわけではない。

 ライブの練習も出来るようにした、サービス演出である。


 なので、別にコールはしなくても問題はない。


『夢見た世界はいつでも』


「フワッフワッ!!」


『輝くだけじゃ物足りない』


「フッフー!!!」


『だから、応援してねーッ!!!』


「応援するよーッ!!!」


 だが、オタク君はコールした。

 興奮し、声が出てしまったのだ。

 

 1曲しかやっていないのに、気分は完全燃焼である。

 これが無料で良いのかなどと思うほどに楽しめた様子だ。


「さてと、次は……ゾンビゲームにするかな!」


 一旦ソフトを終了させ、次はオタク君の父親が買ったゾンビサバイバルゲームを起動させる。

 夢見輝子は確かに彼を魅了させるソフトだった。

 しかし本命はゾンビサバイバルゲームである。有料ソフトなだけにオタク君の期待値が上がっていく。

 ソフトを起動させると、リアルなゾンビが映り、一瞬だけ身体をびくつかせるオタク君。


「今のは流石にびびるって……」


 誰に言うでもなく、自分が驚いたことに関してボソボソと言い訳をするオタク君。

 その姿はちょっと情けない。


 ゲームを起動すると、草原にポツンと立つオタク君が居る。

 視線を下に落とし、コントローラーを持つ手を見ると、そこにはリアルな手が見える。

 指にもセンサーがあり、オタク君が指を握ったり離したりするのに合わせ、ゲーム内の手も動く。

 周りを見回し、ゲーム内で軽く動き周るオタク君。


「うん。大丈夫だ」


 特に気持ちが悪くなったりしない所を見ると、オタク君はVR酔いはしない体質のようである。

 画面には「小屋へ向かおう」と書かれている。少し離れた小屋へオタク君は真っ直ぐと走り出した。

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