委員長ルート END
街中にある、オシャレな一軒の店。
オシャレなのは店の外装だけでなく、ガラスの窓から見える店内もオシャレな雰囲気が出ている。
その店の前で、一人の少女が店の立っていた。
少女はただ伸ばしただけの地味な髪型に、染めた様子もない漆黒の黒髪。
見た目も地味なら、格好も地味の、どこにでもいる垢抜けない女の子。
店の前で不審者のようにキョロキョロしながら、入るべきか否か悩む事数秒。
やっと決心がついたのか、ドアに手をかけ、少し俯きながら店内に入る。
「いらっしゃいませ」
カランカランと小気味の良い音のするドアベルが鳴ると、従業員の若い男女が声を上げる。
俯きがちな少女が、ちょっとだけ顔を上げ、チラリと店内を見回す。
オシャレな髪型に清潔感を与える制服を着た従業員の男女が、従業員にも勝るとも劣らないようなオシャレな格好のお客さんの話を聞き、おもむろにクシを取り出す。
ここは美容院「MAGIC」
この美容院の主人は多趣味な人間なので、普通にカットをするだけでなく、コスプレ用にウィッグのカットや、ドールのカット。なんならメイクや小道具の用意まで頼めば何でもやってくれる事で有名である。
なんなら今も、主人が接客している女性客の隣には、小さいドール用のスタイリングチェアを用意し、両方のカットとメイクをこなしていたりする。
女性客と同じ髪型にされるドール。いや、女性客がドールと同じ髪型にされているが正しいのかもしれない。
最期に女性客は少しだけメイクを施してもらうと、鏡に映ったドールと瓜二つになった自分の姿を確認し満足そうに微笑みながら、ドールを抱えて店を出ていく。
女性客の接客が終わると、主人は次の女性客の接客に入る。
次の女性客はウィッグとスマホを手に、主人に何やら熱心に伝えている。
スマホの画面には、今流行りのアニメのキャラが映っている。
そのキャラが、女性客の持っているウィッグの髪の色と一緒なので、多分コスプレ用にウィッグのカットをお願いしているのだろう。
待合室のイスに座りながら、少女はその様子をチラチラと伺っていた。
店の主人が時折雑談を加えながらカットをして、そのハサミを振るうたびに、女性客の髪型が段々とオシャレになっていく様子は、店の名前通り魔法のようだなと思いながら。
「次の方どうぞ」
主人の様子に目を奪われていた少女が、唐突に隣から女性の従業員に声をかけられ、思わずビクっとなる。
「あっ、すみません。驚かせてしまいましたか」
「いえ、大丈夫です」
声をかけた女性は派手なドピンク頭に、ドリルのようなツインテール。目元は赤く腫らしたようなメイクをしている。一昔前に流行り始め、今も人気が高い地雷系というやつだ。
この美容院を旦那と二人で切り盛りしている、かつては委員長と呼ばれていた、小田倉(おたくら)彩輝(さき)である。
申し訳なさそうに、驚かせてしまった事を謝ると、少女を椅子まで案内する。
「当店は初めてでしょうか?」
「あっ、はい」
俯き緊張した面持ちの少女が、控えめな声で返事をする。
店の雰囲気に気後れしているのだろう。
「それでは、本日はどのように致しましょうか?」
「あっ、あの。こんな感じにして欲しいのですけど……」
控えめな声が、段々と小さくなり最後は消え入りそうになる。
そして、ぎこちない動きをしながら、スマホを取り出し、小田倉彩輝に画面を見せる。
画面にはロングのウルフカットで、金髪にブルーのメッシュの入ったド派手な髪色の少女が、睨みつけるような目で見ている画像が映っていた。
それを見て、一瞬だけ彩輝の笑顔が固まる。
その画像を提示した少女は、画面の少女とは似ても似つかないほどに地味な少女だ。
まだ2、3言しか話していない彩輝だが、その様子から少女が内向的な性格なのが伺える。
この年頃ならおしゃれに興味が出て、変身願望が出てくるのは理解できる。
とはいえ、これはちょっとだけ冒険をして、変身してみたいというレベルではない。
もしかしたら、画像を間違えているのではないかと思う彩輝。
「ウルフカットを希望という事でしょうか?」
「えっと、ウルフカットって、この髪型の事ですか?」
「はい」
確認ついでに、彩輝がウルフカットとはなにぞやを少女に説明する。
そもそも髪型の名前すら知らない少女。
「それと、髪色もこれと一緒でお願いしたいのですが……」
ここまで聞けば、普通はその画像の少女に憧れていると思うだろう。
だが、彩輝にはその少女の行動に見覚えがあった。
「もしかして、好きな人がこういう子を好きだからかな?」
そっと少女の耳にささやきかけると、少女は顔を赤らめながら、軽く頷く。
そんな少女に、イタズラっぽく微笑みかける彩輝。
この時、少女は内心逃げ出したい気持ちで一杯だった。
そんな事をしても、好きな人は自分に向いてくれないだろう。
きっとこの店員さんも、そんな感じの事を言って、やめるように諭すだろうと。
「そうなんですか。それじゃあ、とびっきりの魔法をかけてあげますね」
だから、その答えは予想外だった。
少女に笑顔を向ける彩輝が、少し上機嫌に鼻歌を歌いながらカットの準備を始める。
「そんな事しても無駄だって、言わないんですか?」
思わず疑問の言葉を投げかける少女。
好きな人のために変わりたい気持ちはあるが、同時にそこまでしても意味がなかったらと思うと惨めになる気持ちもある。
もしかしたら、誰かに引き止めて貰いたかったのかもしれない。
だが、目の前の店員は、背中を押すように、否定の言葉を一切口にせずにカットを始めていた。
「無駄だと思いますか?」
「……」
否定も肯定もしない少女。
ただ、鏡に映った自分を見て、目を伏せる。それが答えなのだろう。
「私も昔は、あなたと同じだったんですよ」
「同じ?」
「うん。自分に自信が持てなくて、好きな人は他の女の子と仲良くしてて、だから好きな人の趣味に合わせようと変身してみたの」
「それで、どうなったんですか!?」
先ほどまで控えめだった少女が、思わず食い気味になる。
「仲良く何の話ですか?」
唐突にこの店の主人に声をかけられ、少女と彩輝が思わずビクつく。
先ほどのウィッグを持ち込んだ女性は既にいなくなっており、他の客もいなくなり、暇を持て余した主人が手伝いをしようと話しかけたのだ。
「もう、浩一さん、今ハサミ持っているんだから、急に話しかけたら危ないですよ」
「あぁ、ごめんなさい。あまりに楽しそうに話してたから、何を話しているのかなと思って」
「乙女の秘密です」
彩輝に指を差され「めっ」と言われると、この店の主人である小田倉(おたくら)浩一(こういち)は困ったような笑みを浮かべる。
乙女の秘密とやらが何か分からないが、隠すという事は自分に聞かれたくない事だろうと察する浩一。
「それじゃあ、僕は店の前を掃除してくるから。何かあったら呼んでね」
少女に軽く会釈をして、浩一がほうきとちりとりを手に店を出ていく。
浩一が出て行ったのを見計らい、少女が口を開く。
「あの、もしかしてさっきの話の好きな人って……」
少女の問いに、人差し指を口に当て「しー」と言いながらウインクをする彩輝。
そこまでされれば、答えは聞くまでもない。
顔を赤らめる少女の耳に、委員長がそっと呟く。
恋人になって欲しいと初めて言えたあの日、あの美容師の言葉を思い出す。
貰った勇気を、今度は与えられるように。
最終話『今日はあなたに一つ、魔法をかけてあげる。勇気が出せる魔法を』
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