委員長ルート 8

 三ヶ月近く、バンドを練習したオタク君たち。

 そして迎えた本番の演奏はというと。

 

 開始早々にチョバムのドラムが走り始め、VRゴーグル越しに流れてくる譜面頼りのエンジンがドラムのリズムに置いていかれ。

 ドラムとベースの音がバラバラなせいで、歌いづらさから歌詞を間違える優愛。

 それなりに楽器の経験があるオタク君とめちゃ美が無理やりに繋ぎ止める事で、なんとか完走する事は出来た。


 演奏が終わり、拍手を送る観客に頭を下げ、無言で体育館のステージ脇へと戻っていくオタク君たち。

 全員が黙ったまま、体育館の裏口から外に出ていく。


「チョバム氏大暴走過ぎですぞ」


「拙者のミスは認めるでござるが、エンジン殿こそMRに頼り切りだから、どの道リズムが少しでも変わってたら対応できなかったでござろう」 


「まぁまぁチョバム君もエンジン君もお互いミスしたんだから言いっこなしだって」


「優愛も歌詞間違えすぎだろ」


 一触即発しかねない空気の中。


「……プッ」


 最初に噴出したのは誰だろうか。

 その笑い声に釣られ、全員が一斉に笑い始める。

 お互いにどこでミスしたと、笑いながら言い合う第2文芸部のメンバー。


 お世辞にも成功とは言えない演奏だった。

 悔いも後悔も残る内容だった。

 だが、いや、だからこそ、オタク君たちの中で、色褪せぬ思い出として残り続ける事になるだろう。きっと……。

 こうして、オタク君の高校生活最後の文化祭は終わりを告げた。


 後はもう、受験勉強の日々である。

 であるはずだが。


「一緒に行きたい場所って、ここですか?」


「うん。小田倉君とどうしても来たかったから」


 文化祭と体育祭が終わった後の振替休日。

 オタク君は委員長と、朝からデートに来ていた。

 場所は秋華高校から電車で三駅の地元の城である。

 

 文化祭のライブの結果はともかく、委員長はオタク君に教えてもらったギターをちゃんと弾けていた。

 なので、そのご褒美に何か欲しい物がないか聞いたオタク君に、委員長がご褒美にデートとして、地元の城を選んだのだ。


 オタク君たちの地元は観光地に乏しく、遠足といえばこの地元の城が鉄板になっている。

 小学校の遠足で地元の城に行き、中学校の遠足でも地元の城に行き、そして高校の遠足でも地元の城である。

 なので、地元民はそうそう足を運ぶ事がないし、足を運ぼうともしない。

 そんな場所を、委員長はまるで初めて来たかのように、目を輝かせながら歩いている。


 オタク君としては、もうちょっとお洒落なデートスポットに誘いたい気持ちがあるが、そもそもそんなお洒落なデートスポットがどこにあるのか分からないし、隣を歩く委員長は楽しそうにしている。

 ならば、せめて自分も一緒に楽しもうと、委員長任せでなく、オタク君からも興味がある場所に行こうと提案し、城の周りを探索していく。


 見慣れた場所だから、すぐに見る物がなくなってしまわないかと少々不安だったオタク君だが、その不安は杞憂に終わる。

 委員長と一緒に探索する城の周りは、新しい物に溢れていた。

 何度も遠足で来る場所だからという考えで、初めから見飽きたと思っていたから、新しい発見を見逃していただけなのだ。

 気が付けば、数時間が経ち、既に昼は過ぎていた。


「雪光さん、そろそろお昼とかどうかな?」


「あっ……うん!」


 昼ご飯をまだ食べていないという事に気づくと、唐突にお腹が減っていくのを感じるオタク君。

 そして、それは委員長も一緒だったのだろう。お腹から小さく「くぅ」という音が鳴ると少しだけ恥ずかしそうに、委員長はお腹を押さえた。

 昼時はとっくに過ぎていたせいか、近くのお店はどこもすぐに座れる程度には席が空いている。

 特にどこが良いか決めていなかったので、オタク君と委員長は適当に一番近くにある店へ入って行く。


「そういえば、地元のお城を見に行きたいって、珍しいですね」


 昼食を食べ終え、食後のコーヒーを軽くすすると、オタク君が口を開く。

 今期のアニメや漫画で城が出てくるような物もなく、地元が題材になっている作品も特には出ていない。

 観光地に乏しいとはいえ、アニメショップや映画などデートに行く場所ならいくらでもある。

 なのに何故わざわざ地元の城を選んだのかと、ちょっとだけ疑問に思ったので。


「笑わない?」


 オレンジジュースの入ったコップの氷をストローでかき混ぜながら、委員長が上目遣いでオタク君を見つめる。


「笑いませんよ」


「ほら、一年生の時にも遠足でここに来たでしょ」


「あー、懐かしいですね」


「あの頃、小田倉君って優愛さんといつも一緒だったから、誘えなくって」


 声をかければ良いだけなのに、それが出来ず、ただ遠くから見つめていただけのあの日。


「きっとね、あの頃にはもう、私は小田倉君の事が好きになってたんだなって思うの」


 黙って委員長の話を聞くオタク君。

 悲しい話なはずなのに、当時の事をまるで愛おしく綺麗な思い出のように語る委員長。

 人を好きになる事が、好きになった人に想いを伝えられることが、そして、その隣にいられることがどれだけ幸せな事か、彼女は分かっているから。


「だから、どうしても小田倉君と来たかった」


 それは、少女のちょっとした嫉妬心かもしれない。

 自分の記憶をこうして上書きするだけでなく、オタク君の記憶も上書きしたいという。


「あー……確かに、あの時は班決めの際に委員長も誘えば良かったですよね」


「ううん、攻めてるわけじゃないよ!」


「分かってます」


 軽く「ははっ」と笑うオタク君だが、内心は罪悪感で一杯である。

 手をバタつかせあたふたしながら攻めているわけじゃないアピールをする委員長だが、そう言われれば言われるほど、自分の無責任なやらかしに胸が締め付けられるオタク君。


「雪光さん。まだ時間はありますし、今日はいっぱい楽しみましょう!」


「だから、攻めてるわけじゃないからね!?」


 義務感に駆られ、笑顔でテンションを上げるオタク君。

 オタク君の内心を察し、必死に攻めてるわけじゃないんだからねと念を押す委員長。

 傍から見れば、ただのバカップルである。


 委員長のために、目いっぱい遊ぶぞと心に決めたオタク君。

 なんだかんだで、暗くなるまで遊び倒したのは言うまでもない。


 そして、楽しかった一日が終わる。

 駅まで送る帰り道。

 観光地なだけあって、暗くなっても人通りは多い。

 アニメや漫画、文化祭や体育祭。そして今日の事。

 話す話題に事欠かない二人だが、受験生であるオタク君と委員長。


「そういえば、雪光さんは大学はどこに行くとか決めました?」


 なので、進学の話題になるのは当然である。


「……私ね、大学には行かない事にしたの」


「えっ……」


 それは、あまりに予想外の答えだった。

 委員長の成績を考えれば、五本指に入るレベルの国公立だって難しくはないだろう。

 だというのに、まさかの大学に行かないという発言には驚きを隠せずにいた。


「どうしても、叶えたい夢が出来たから」


「そうですか……」


「本当は、一緒の大学に行こうって言いたかったけど」


「いえ、雪光さんが通いそうなレベルの大学は、僕の学力じゃ無理じゃないかな」


 偏差値を考えると、委員長と同じ大学に行けるとは思っていないオタク君。

 むしろ一緒の大学に行こうと言われても、それはそれで困っただろう。

 まぁ、それでも委員長に「一緒の大学に行きたい」と言われようものなら、必死に勉強して同じ大学に入れるように死に物狂いで努力はするだろうが。

 もしもの時は、同じ大学の違う科という方法もあるが。


 なんにせよ、委員長は大学進学をしない。

 オタク君としては、もし出来るなら委員長と一緒のキャンパスライフをしたい気持ちはあった。

 だが、委員長が夢のために、自ら違う道を選び始めたのだ。

 ここで自分が少しでも悲しんだりするそぶりを見せれば、委員長が苦しむだろう。

 だから、今が男を見せる時だ。そう自分に言い聞かせ、軽く深呼吸をする。


「雪光さん。

 僕にその夢を、支えさせて貰えませんか」


 それはプロポーズにも似た言葉。

 進学先が違っても、委員長がどんな夢を追いかけても、会える時間が減ったとしても。

 何があっても、僕は変わらず愛し続けるというオタク君なりの意思表示。 

 

「……ッ」


 答えの代わりに、オタク君に抱き着く委員長。

 オタク君を抱きしめる手が、小さく震える。


 きっと委員長は将来の事や、二人の関係がどうなるか不安だったのだろう。もしかしたらそれ以外にも何か不安があったのかもしれない。

 だが、彼女の中の不安を全て理解することは、オタク君には出来ない。

 だから、せめて和らぐようにと力強く抱きしめる。


 抱き合う二人を時折通行人が怪訝な目で見るが、そんな事は気にしないといわんばかりに、オタク君は委員長の震えが止まるまで、抱きしめ続けた。 

 大事な人を支えるために。



 そして、時は流れる。 

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