閑話「ギャルに優しいオタク達」

 本日の授業が終わり、第2文芸部の部室についたオタク君。

 ドアを開けると、部室にはチョバムとエンジンの2人きりである。

 チョバムがPCの前でカタカタと音を立てながらキーボードを叩き、その隣でエンジンが座って見守っている。

 チョバムがチラリとオタク君を見て、またPCに視線を戻す。


「今日は、鳴海殿と姫野殿は一緒じゃないでござるか?」


「うん。クラスの友達と話が盛り上がってるみたい」


「そうでござるか」


 せわしなくカタカタとキーボードを叩くチョバム。何を見ているのか気になりPCを覗き込むオタク君。

 PCの画面には、第2文芸部のSNSアカウントが表示されている。


「うわっ、なにこれ」


「某の描いたイラストですぞ」


 そう言って、誇らしげに胸を張るエンジン。

 オタク君が驚くのも無理がない。エンジンが描いたギャルのイラストがぷちバズし、コメントが大量に寄せられていたのだ。

 それを、チョバムが一人一人返事を返している最中である。


「エンジンが返事しなくて良いの?」


「シナリオで褒められたら某が返事を書いて、イラストで褒められたらチョバム氏が返事を書くようにしてますぞ」


「そうしないと、嬉しさのあまり不必要に語ってしまうでござるからな」


 ついつい自分の作品を語りたくなってしまう。クリエイターあるあるである。

 なので彼らは自分の分担していない仕事の返信をする事で、第三者的な冷静な返事をするように心がけている。

 売れ始めた途端に調子に乗ってしまい、炎上した者達を散々見てきた彼らが学んだ方法である。


 チョバムがふぅと軽く一息つくと、キーボードから手を放し軽くストレッチを始めた。

 どうやら全員に返信し終えたようだ。

 

「エンジンの描いたイラストって、どんなの?」


「これですぞ」


 エンジンがマウスを操作し、カチッとイラストをクリックする。

 拡大サイズで表示されたイラストには、オタクらしき少年と、ギャルのような少女が描かれている。

 そして、こう書かれていた。


「ギャルに優しいオタク……?」


「そうでござる。オタクに優しいギャルの概念はあるでござるが、ギャルに優しいオタクの概念はなかったでござる」


「オタクに優しいギャルが欲しいなら、まずはギャルに優しいオタクになるべきじゃないかとチョバム氏に言われて描いてみたですぞ」


「あー、なるほど。確かに言われればそうかもね」


 イラストに対し「その発想は無かった」「オタクがギャルに優しくすれば、ギャルもオタクに優しくしてくれる」「世界の真理」等と称賛の意見が沢山書かれている。

 中には「ギャルに優しくしたから、逆に優しくしてもらえるなんて甘い幻想は捨てろ」などの反対意見もあるが、ごく少数である。


「ギャルに優しくしたら『オタクに優しいギャル』が出来るって発想は面白いかもね」


 まぁでも、幻想だよねと笑うオタク君に、チョバムとエンジンは乾いた笑いで返す。


(お前が言うなでござる!)

(お前が言うなですぞ!)


「どうしたの?」


 流石に温度差に気付いたオタク君。鈍感ではあるが気が利くので。

 少しだけ困ったような顔のオタク君に満足したようで、チョバムが目を薄めながら、すぅと一息吸った。


「というわけで拙者、ギャルに優しくしてオタクに優しいギャルを作る方法を考えたでござるよ」


「あっ、エンジン。新しくコメント来てるよ」


「今度は某が返事しますぞ」


「無視するなでござる!!」


 チョバムがドンと机を叩くと、オタク君とエンジンも苦笑いで目配せする。

 二次元ならともかく、明らかにリアルでオタクに優しいギャルを作ろうと考えている発言である。

 どう考えても後々の黒歴史にしかなりそうにない。

 だが、このままスルーし続けるのも難しいだろう。


「それで方法って?」


 なので、話を聞くことにしたようだ。


「演劇部にいるギャルに、シナリオを書ける拙者が台本を作ってあげるでござる!」


「そっか」


 オタク君、呆れ顔である。

 そんなので仲良くなれるわけないだろと言いたげなオタク君に、エンジンが話しかける。

 

「参考までに小田倉氏は、鳴海氏とどうやって仲良くなったのですかな?」


「どうやってって、優愛さんから話しかけてくれたからだよ」


「なんて言ってでござる?」


「付け爪のネイルしてるけど上手くいかないって。塗装ならプラモでやった事があるから、それで作ってあげたのがきっかけだったかな」


「はぁ?」


 手が出そうになるチョバムを即座に止めるエンジン。

 彼らがオタク君に感じた感情は同じようだ。チョバムの言ってた方法のままじゃねぇかよ、と。


 納得がいかないチョバムが追及をしようとした時だった。

 唐突に部室のドアが無遠慮に開かれる。

 ドアの向こうには、優愛とリコが立っていた。


「オタク君。ちょっと良いかな?」


「どうしました?」


「村田姉妹達と話しててさ、制服の胸元に大きいリボンって可愛いと思わない?」


「そうですね」


 服装は基本自由だが、一応学校指定の制服ではネクタイになっているので、ネクタイを付けている生徒が大半である。

 たまにおしゃれで大きなリボンにしている生徒もいるが。 


「それでお願いがあるんだけどさ」


 そう言ってモジモジする優愛。隣に立つリコもチラチラとオタク君を見ている。

 既に察しているオタク君、既に笑顔で返事の準備をしている。


「制服に合う大きなリボンとか作れないかなって」


「良いですよ。そろそろ下校時間ですし、材料があるのでしたら、今から優愛さんの家で作りましょうか?」


「マジで!?」


 目を輝かせる優愛。

 荷物をまとめ、オタク君が立ち上がる。

 なおもチラチラとオタク君を見るリコ。彼女も同じように欲しいのだろう。


「そうだ。良ければリコさんの分も作りましょうか?」


「あぁ、小田倉が良いなら頼むわ」


 なので、オタク君は気を利かせあえてリコに話題を振った。

 髪をくるくると弄りながら、ちょっと照れくさそうにリコが返事をした。


「オタク君マジ最高なんだけど」


 そう言うと、ドアまで来たオタク君に引っ付く優愛。


「優愛さん、近過ぎですよ」


「小田倉に迷惑だからやめなって」


 そんな光景を、納得いかないという表情で見つめるチョバムとエンジン。

 先ほどチョバムの『ギャルに優しくしてオタクに優しいギャルを作る方法』を否定した本人が目の前で実践しているのだ。納得いくわけがない。


 かくいう彼らも、オタク君には色々と世話になっている。

 オタク君はギャルに優しいオタクではあるが、誰にでも優しいオタクでもあるので。

 なので、オタク君には頭が上がらない事も多い。多い、が。


「姫野殿」


「ん? どうした?」


「小田倉殿に、姫野殿のコスプレ写真見せて貰ったでござる」 


 やはり納得いかないので、少しだけオタク君に反撃に出る事にしたようだ。

 ハロウィンの時に、リコがオタク君に「絶対に他の人には見せない」という約束で撮らせてくれたコスプレ写真。

 それを見せて貰った事をばらしたのだ。


 一瞬だけ、ぱちくりと目を見開くリコ。

 そして、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。


「チョバム!?」


 チョバムに抗議しようとするオタク君だが、即座にリコに腕を掴まれる。 


「おーたーくーらー?」


「リコさん、これは違うんです!」


「正座!」


「はい!」


 ぴょんとその場で飛び上がり、そのまま正座の姿勢で着地するオタク君。

 リコの説教が始まると、ニコニコと笑顔でそれを見つめるチョバムとエンジン。

 だが、彼らの笑顔はすぐに固まる事になる。


「この口か! 嘘をつく悪い口はこの口か!」


「や、やめてください」


 リコが正座したオタク君に、右腕でヘッドロックをかけながら、左手で頬を引っ張っている。

 オタク君への説教のつもりなのだろうが、明らかにご褒美である。


「悪い口は塞いでやろうか!」


「なになに、リコちゅーでもしてオタク君の口塞ぐの?」


「なっ、ちゅーって、優愛おまっ」


「ななな何を言ってるんですか!?」


 優愛にちゅーと言われ、以前のキスが脳裏をよぎり慌てふためくオタク君とリコ。

 そんな二人に悪戯っぽい笑みで優愛が言う。


「なんなら、私がちゅーして塞いであげよっか?」


「おいっ!」


「あはは、冗談だってば。リコが怖いから先に下駄箱に行くね」


 そう言って部室を出ていく優愛。

 恋愛クソザコナメクジの優愛が、何故唐突に冗談とはいえキスしてあげようか等と言い出しのか?

 それは、『意中の相手が自分に好意を持っているか調べる方法』を書かれた雑誌を読んだからである。 

 そして結果は。


(まともにオタク君の顔見れなかったし!)


 分からず仕舞いである。

 勢いで言ってしまった事を恥じ、優愛は「ああああああ」と叫びながら廊下を全力疾走していった。


 そもそも、そんな事を言えば自分が相手に気があると言っているようなものである。

 鈍感なオタク君は気付いていないが。


「ったく、アタシ達も帰るか」


「そうですね。それじゃチョバム、エンジンまたね」


「またでござる」


「お疲れ様ですぞ」


 オタク君とリコに手を振るチョバムとエンジン。

 パソコン越しなので、オタク君からは二人の表情が見えない。

 彼らは今、猛烈に顔に血管が浮き出ていた。 


 オタク君たちの足音が遠ざかると、二人はその場でゴロゴロと転がりながら、欲望を吐きだし始めた。


「羨ましい!! 小田倉氏が羨ましいですぞ!!」


「拙者もギャルに優しくして、オタクに優しいギャルに優しくされたいでござる!!」


 ゴロゴロと悶絶していると、不意にギィィィィという音が部室内に響き渡る。

 思わず転がるのをやめて、音のする方向を見る。

 そこには、掃除用具入れからゆっくりと出てくる委員長の姿があった。


「「……」」


 普段なら委員長にビビり散らかすチョバムとエンジンだが、今回は違っていた。

 

「ぷくー」


 いつもは何を考えているか分からない無表情の委員長。

 その委員長が頬を膨らませて、不機嫌を露わにしていたからである。


「追いかけるなら早く行った方が良いですぞ」


「うん」


 エンジンの言葉に素直に頷くと、そのまま部室を出て、駆け足で去っていく。

 うつ伏せになったまま、チョバムとエンジンが笑顔で向かい合う。


「悪い口はこの口でござるか」


「某がちゅーして塞いでやるですぞ」


「ぷくーでござる」 


 物凄く気持ちの悪い会話である。

 そのままニコリと微笑みあうと、先ほどよりも勢いを付けて部室内をゴロゴロと転がり始める。


「羨まし過ぎでござる!!」


「包丁で刺されても良いから、小田倉氏と代わりたいですぞ!!」


 転がるだけでは飽き足らず、駄々っ子のように手足をジタバタさせ始める。


「拙者の理論間違ってたでござるか? ギャルに優しくしたら優しくしてもらえるって間違いでござるか!?」


「間違って無いですぞ! なにも間違って無いですぞ!!」


 しばらく悶絶した後に、やっと落ち着いたチョバムとエンジンは、制服についた埃を払いながら立ち上がる。

 賢者タイムである。


「エンジン。この想い、ぶつけるしかないでござる」


「そうですな。我も手伝いますぞ」


 チョバムとエンジン。彼らは後に「オタク君に優しいギャル達」という同人誌を出し、一世を風靡ふうびする事になる。

 内容があまりにリアルなのにハーレム物なので「このオタク君、羨まし過ぎるだろ」と騒がれ話題になるが、それはまた別の話である。

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