閑話「それは夏夜の織姫と彦星のように」
クラスの文化祭の手伝いが終わり、時間が余ったので第2文芸部の手伝いに来たオタク君達。
そんなオタク君達からやや遅れて、チョバムとエンジンが、その後にめちゃ美が第2文芸部へやってきた。
部員全員揃って和気あいあいといった空気……にはならなかった。
なぜなら、優愛、リコ、委員長が相変わらずの三すくみ状態なので。
教室では気づいていなかったオタク君でも、流石に空気がおかしい事には気づき始めていた。
もちろんチョバムとエンジン、そしてめちゃ美もひりついた空気にはとっくに気づいている。
なので、全員が無言で作業を行っていた。
(今日は皆様子がおかしいな)
一体何が原因なのか考える、原因のオタク君。
鈍感ではあるが、気遣いが出来るオタク君が、脳をフル回転し、一つの結論にたどり着く。
リコと委員長とはお祭りに行き、優愛とは海に行った。
優愛と海に行った時は突然だったので、リコ達を誘っていなかった。
逆に、リコとお祭りに行く時は、コスプレするという事もあり、優愛や委員長を誘わなかった。
優愛とリコと委員長はその事でお互いに引け目を感じているから話づらいんだな。そう考えるオタク君。
まぁそこそこ正解である。
「そうだ。今日の夜、皆ひま?」
オタク君の突然の発言に、全員が歯切れの悪い感じに「まぁ、暇だけど……」と返事を返す。
全員が暇という返事を貰うと、オタク君は笑顔で頷く。
「じゃあ、皆で花火しない?」
皆で遊べば、後ろめたい気持ちも消えるだろう。そう考えオタク君は花火を提案した。
最初は皆「他の人がいくなら」と消極的な返事だったが、全員が行くとなったら少しづつだがいつもの空気を取り戻していった。
「優愛、言っとくけどロケット花火は禁止だからな」
「はぁああああ? 言われなくてもそのくらい分かってるし?」
「ははっ、去年既に注意しましたからね」
「そんな事だろうと思った。去年はどんなのやったんだ?」
「打ち上げ花火なんか一杯やったよ。そうだオタク君、リコを打ち上げ花火で打ち上げようぜ!」
優愛とリコのやり取りを見て、苦笑しつつも、もう大丈夫だなと安心するオタク君。
なので、委員長に話しかけることにした。
「委員長は、どんな花火が好きとかあります?」
「線香花火で、どっちが最後まで残るか勝負とかしてみたいかな」
「良いですね。皆でやりましょう!」
遠回しに二人でやりたいと誘っている委員長だが、当然そんな遠回しはオタク君には通じない。
第2文芸部の皆に「線香花火をやる時は、誰が最後まで残るか勝負しよう」と声をかけ始める。
ワイワイとどんな花火をやろうか、去年買った花火が残っているから持って行こうか等と話していて、オタク君はある事に気付く。
「優愛さん、ちょっと良いですか?」
「うん? 何々?」
「実は……」
そして、その日の夜。
場所は前回と同じ、優愛の家の近くにある公園。
メンバーはオタク君、優愛、リコ、委員長、チョバム、エンジン、めちゃ美。
そして、村田姉妹である。
「小田倉君、誘ってくれてサンキュー!」
「エンジン。おっす!」
「お、おっす」
皆の前で、詩音に対しどう反応すれば良いか分からず、ややドモリ気味のエンジン。
詩音はそんなの気にしないと言わんばかりに、いつも通りエンジンに馴れ馴れしく接している。
いつも通りに接しているはずなのに、詩音の顔が赤くなっているのは夏の気温のせいだろう。きっと。
そんな二人をニヤニヤした様子でみるオタク君と優愛。
村田姉妹を呼んだのは、オタク君の提案である。
エンジンと詩音の仲を進展させてやろうという少しの気遣いと、他人の色恋沙汰を楽しみたい
「花火買い出しに行ってきたって聞いたけど、エンジンは何買ったの?」
「小田倉たちが打ち上げ花火ばかり買ってたから、お、俺は普通の手持ち花火かな」
慌てふためくエンジンの様子を見て、笑いがこらえきれないオタク君。
他人の恋路は楽しい物だから仕方がない。普段から存分に周りに提供しているのだから、たまには笑うのも許されるだろう。
オタク君以外が「いや、お前は笑う立場じゃないし」と思っていたとしても。
花火が始まり、それぞれが好き勝手に花火を始める。
手持ち花火から始まり、地面に置くタイプの噴射型や打ち上げ花火など徐々に派手になっていく。
「オタク君見て見て、ほら、ハート」
「おぉ、上手に描けてますね。でも危ないから振り回しちゃダメですよ」
「はーい」
ちゃんと褒めてから注意をする。オタク君出来る男である。
優愛が注意されたのを聞いていたために、真似する事が出来ないリコと委員長。それと詩音。
「うおー、相方見るっす。格ゲーっぽくないっすか!?」
気にせず花火を振り回す者が約一名いるが、当然オタク君のガチ説教を受け、しょんぼりしている。
去年はオタク君と優愛の二人だけだったので、割と長い時間やっていた花火だが、九人もいればあっという間である。
残っているのは線香花火と、ラスト用に残してある打ち上げ花火が一つ。
「実は拙者、線香花火を長く持たせるのが得意で」
「ていてい、食らえっす!」
「やめるでござる! 拙者の線香花火が落ちるでござるよ」
振り回した代償として、めちゃ美の線香花火はぽとりと先端から落ちていく。
妨害を受けたチョバムの線香花火も続くように先端からぽとりと落ちて行った。
「あぁ、拙者の線香花火がぁぁぁぁぁ!!」
「フフン!」
勝負事になると熱くなるチョバムが、悔しそうな顔を見せる。
その顔を見れただけで満足だと言わんばかりに胸を張るめちゃ美。
チョバムがギャンギャン吠えれば吠える程、めちゃ美は嬉しそうにドヤ顔を決める。
勝ちにこだわるチョバムと、場を荒す事を楽しむめちゃ美。相性最悪の組み合わせである。
「あいつらまたやってる」
「あはは、でもめちゃ美ちゃんの気持ちも分かるかも。おらおら」
「おい、優愛やめろって」
線香花火が落ち、チョバムとめちゃ美のようなやりとりを始める優愛とリコ。
そんな二人に苦笑を浮かべ、委員長の方を見るオタク君。
「どうやら委員長と一騎打ちみたいですね」
「うん。負けない」
「どうやら僕の負けですね」
委員長との勝負の為に線香花火を必死に見ていたオタク君。
「あっ、そうだね」
そんなオタク君を委員長がずっと眺めていた事を、オタク君は知らない。
それぞれの想いが交差した花火も、締めの打ち上げ花火を上げて終わりを告げる。
「今日の夜空、めっちゃ綺麗じゃね?」
打ち上げ花火を見上げた際に、夜空の星が綺麗だと言って歌音がスマホを取り出し写真を撮り始める。
そんな歌音に感化されてか、一人また一人と空を見上げ始めた。
皆が空を眺める中、一人だけ赤面している優愛。
(オタク君、去年一緒に考えた星座覚えてるかな)
優愛座とオタク君座。
それぞれ織姫と彦星を中心にした、優愛の考えた星座である。
「確かに今日は星が良く見えますよね、あれが夏の大三角形で、ゆ……」
ゆと口にして、オタク君の言葉が止まる。
一瞬の沈黙の後に「何座でしたっけ?」と笑って誤魔化す。
「相方はロマンがないっすね。こと座の先にあるのがベガで、わし座の中心にあるのがアルタイル。織姫と彦星っすよ」
「お前のはどうせゲームかアニメの知識だろ?」
「アニソンの知識っす!」
「そっか、めちゃ美は物知りだな」
オタク君、めちゃ美の頭をポンポンと叩きながら投げやりな褒め方である。
「白鳥座の後部にあるのがデネブだよね」
「あっちに見えるのがさそり座だよな!」
投げやりの褒め方だが、リコと委員長のハートに火をつけたようだ。
自分も褒めてと言わんばかりに星座を言い当てるリコと委員長。
鬼気迫る二人の様子に押され気味のオタク君。当然頭をポンポンはない。
頭をポンポンがないならと、せめてオタク君の腕を自分の腕と絡めながら、指を差しては星座を言うリコと委員長。
リコと委員長がオタク君を取り合うように(実際取り合っているのだが)しているというのに、優愛は参戦する様子がない。
(オタク君、覚えててくれたんだ)
優愛にとってはそれでもう満足だった。
夜空を見上げ、オタク君座と優愛座を見つめる。
(いや、ってか織姫と彦星で優愛座とオタク君座って、流石に大胆過ぎない!?)
もはやあなたが好きですと言っているようなものである。
まぁ、オタク君にはそんな事で伝わるわけがないのだが。
それぞれが指を差しながら星座を次々と言い当てる。
そんなグループから、少しだけ離れた場所に、エンジンと詩音はいた。
「詩音さんは星座とか詳しかったりしますか?」
「いやいや、お姉ちゃんも私もその辺サッパリ。エンジンは?」
「俺もサッパリですね」
「そっか」
そう言って、二人で少しだけ笑い、空を見上げる。
エンジンはゲームやアニメの知識で実際はある程度知っていたりする。
だが、知っていると答えたら「じゃあエンジンも混ざってきなよ」と言われそうだったので、知らない振りをしていたのだ。二人きりでいたいので。
そんなエンジンの気持ちを知ってか知らずか、コンコンとエンジンの手の甲に、軽く詩音の手の甲が当たる。
それが何を意味するかくらい、エンジンは分かっている。分かっているが。
「詩音さん。手、繋いでも良いですか?」
あえて口にした。
ここは黙って手を繋ぐ場面であるが、オタク君ほどではないにしろ、彼も自己評価は低い。
もしかしたら、偶然当たっただけかもしれない。そんな風に考えてしまうくらいに。
無言で手を繋いで拒否されたり、なんなら悲鳴をあげられたらショックで立ち直れない。なので聞くことにしたのだ。
もしダメと言われても「いや、勿論冗談ですよ」と返す事でダメージを軽減できるので。実際は何一つ軽減出来ないのだが。
「……良いよ」
ちょっとだけ、周りに聞こえないように声量を落としつつも、エンジンに聞こえるようにはっきり返事をする詩音。
本当に良いのかと、もう一度確認をしたいエンジンだが、それを聞くのは野暮な事くらい理解している。
ゴクリと唾を飲み干し、一度手汗をズボンで拭い、1秒ほど葛藤し、おそるおそるといった感じで詩音の手を握る。
弱々しくエンジンに手を握られ、離さないようにとぎゅっと握り返す詩音。
エンジンも同じく、力強く、それでいて丁寧に壊れ物を扱うかのように力を入れて詩音の手を握り返した。
「ねぇ、うちのクラスで最近流行ってる事があるんだけどさ」
「流行ってる事、ですか?」
「うん。ほら、星座って色々あって覚えにくいじゃん? だから自分たちで星座作ったりしててさ」
どこかで聞いた事あるような話である。
「そうなんですか……俺たちの星座も、作ったりするのどうかな?」
「……良いんじゃないかな」
エンジンと詩音。
それぞれが指を差し、オリジナル星座を作り始める。
一体どんな星座を作ったのか、それは二人だけの秘密である。
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