第147話「おぉ、マジでコスプレだらけじゃん!」

 八月某日

 日中の気温は既に四十度を超え、熱を帯びたアスファルトから陽炎が立ち昇っている。

 こんな日に用もなく出歩くなど、あり得ないだろう。

 そんなあり得ない日に、小田倉浩一ことオタク君は、第2文芸部の面子と商店街を出歩いていた。

 なぜなら、今日は商店街で世界規模のコスプレ祭りがあるからである。


 三日間かけて行うコスプレ祭り。

 祭の期間はなんと商店街全域がコスプレOKになる。

 なので全国から、いや、全世界からコスプレイヤーが集まるのだ。

 

 もちろん、ただコスプレするだけではない。

 各国代表のコスプレイヤーがパフォーマンスを行い、どの国のコスプレイヤーが1番か選ぶコンテスト的な物もある。


「おぉ、マジでコスプレだらけじゃん!」


 凄い凄いと驚きの声をあげながら、周りをキョロキョロと見渡しているのは鳴海優愛。

 去年は宿題が全く終わっていなかったのでおあずけをもらい、結局来ることは出来なかった。

 普段行き慣れた商店街が、コスプレイヤーだらけになってる光景は斬新に見えるのだろう。


「分かったから、一旦落ち着けって」


 まるで都会に来た田舎者のようにはしゃぐ優愛を宥めようとするのは姫野瑠璃子。通称リコ。

 優愛が周りをあまり気にしないのは今に始まった事ではないが、こういったオタク向けのお祭りで騒がれるのは気恥ずかしさを感じるリコ。

 オタクとは真逆の存在であるギャルの優愛は、どうしてもこういった場では浮いてしまうのは仕方がない。

 目立ちたくないリコとしては、優愛に大人しくして欲しいところである。 

 優愛と一緒にいるせいか、周りからの視線も感じるので。


 だが、周りからの視線を感じるのは、リコの思い違いではない。

 何故なら周りから注目を浴びているからだ。


「ほらほら、オタク君も早く!」


 原因は勿論『オタク君』呼びである。

 優愛がオタク君を呼ぶたびに、周りがギョっとした顔で振り返る。


(オタクに優しいギャル、実在したのか!?)


 そんな注目を浴びている事などつゆ知らず、困り顔でオタク君が返事をする。


「優愛さん、そんなに急がなくても大丈夫ですから」


「えー、オタク君までリコの味方するんだ」


「そんな事ないですよ。それにほら、走ってると熱中症になっちゃいますし。とりあえず自販機で何か飲み物買いましょう」


(ギャルとあんなに親しげに話すオタク君。何者なんだ!?)


 オタクに優しいギャルの存在にも驚かされるが、そんなギャルと親しげに話しているオタク君を見て、周りは更に驚いた。

 派手なドピンク頭にツインテール。メイクをバッチリ決め、ピンクのブラウスに黒のスカート。

 その姿はどこからどう見ても地雷系。

 主張するのはその恰好だけではない。歩くたびに零れ落ちそうな程に震える巨大なバストを抱えた少女。雪光彩輝こと委員長である。


 そしてもう一人、金の長髪に褐色肌。

 ノースリーブのシャツとデニムのショートパンツ。その上からシースルーシャツを着ているので見た目ほど肌の露出は少ない。

 ニヤニヤした表情で、オタク君と呼ばれた少年に絡んでは、頭をはたかれているのは下木芹ことめちゃ美である。


(ギャル一人では飽き足らず、四人もだと!?)


 四人もの美少女を連れ歩いているオタク君に、周りが驚かないわけがない。

 騒めく周囲、勿論オタク君は元より、優愛、リコ、委員長も自分たちが注目の的になっている事に気づいてはいない。

 ただ一人、めちゃ美だけが周りの様子に気づいていた。


(そりゃオタクに優しいギャルが実在する上に、リコ先輩も委員長先輩も見た目は良いからそうなるっすよね)


 それに比べて自分はとため息を吐くめちゃ美。

 優愛達と比べ、スペックが各段劣る自分を理解している。

 ただ優愛達のようなギャルと一緒にいられるだけで幸せとはいえ、こんな風に注目を浴びている状況で隣に立てば、劣等感に苛まれてしまうのは仕方がない。


「どうしたんだめちゃ美?」


「いやぁ、なんというか、優愛先輩達ってキラキラしてるじゃないっすか。隣に立つと、こう、ね? 分かるっすよね?」


「あー……でも、別にめちゃ美は劣等感を感じるほどじゃないんじゃない?」


 実際にめちゃ美は優愛達に混じっても十分なスペックである。

 ただ自分に自信が持てないだけで。


「そんな事あるっすよ。モデル体型の優愛先輩に、合法ロリのリコ先輩に、暴力的なデカさの委員長先輩っすよ。自分なんて駄肉も良いとこっすよ」


「駄肉って……僕と比べれば、めちゃ美は隣に立っても十分遜色ないと思うよ」


 リコの説明の部分で、めちゃ美の頭を叩くツッコミを入れつつ、オタク君がため息を吐く。

 めちゃ美の言い分も分かるからである。

 優愛達と自分じゃ釣り合っていない。オタク君がそんな気持ちになった事は一度や二度ではないからだ。  

 

「気持ちは分かるけどね」


「相方……」 


 仲間がいる。それだけで心強い気持ちになれそうなめちゃ美。

 だが、現実は残酷である。

 この日のオタク君のコーデは優愛とリコのコーデである。

 半袖半ズボンに季節感をあしらったシンプルな服装なのだが、浮き出た大胸筋が一気にオシャレさを上げている。

 女の子が選んだだけあって女子ウケしやすい上取り合わせに、マッチョを合わせた見事なファッションである。

 少しだけ頼りなさそうな顔をしているが、首から下がそれらのマイナスを全て帳消しにし、優愛と並び立っても不釣り合いには見えない。

 

「なんだぁ? てめぇ……」


 結果。めちゃ美、キレた。

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