第110話「見て見て、なんか青い鳥いる! 可愛くね!?」

「オタク君、こんな感じで良いの?」


「はい、これなら良い感じですよ」


 優愛たちがテントの設営をするのを見守るオタク君。

 本人は冷静を装って見ているつもりだが、周りから見ればソワソワしているのが丸わかりである。

 オタク君もテント設営を手伝いたいので。


 まずは優愛たちに手本を見せると言って、自分たちの班のテントを一人で設営してみせたオタク君。

 普段は二、三人用のテントだが、今回は六人が入れる大型のテント。

 新しいものが大好きなオタク君にとって、テント設営はプラモデルを組み立てるのと同じくらい楽しいのだ。


 オタク君が設営し終え、今度は優愛たちがテントの設営に入る。

 もし間違ってたりしたらさり気なくアドバイスしながら手伝おう。そう思っていたオタク君だが。

 スマホ片手に、的確に指示をする詩音。

 その指示に従い、優愛、リコ、委員長、歌音がてきぱきと仕上げていく。


「こっちは準備出来た」


「おっ、これならイケるっしょ。持ち上げるよ」


「凄い! 完璧じゃん!」


「問題ないなら、こっち側のペグも固定するぞ」


 残念な事に、問題なくテントの設営をしてしまったのだ。

 オタク君の他に、優愛たちが失敗した時に手伝って良いところを見せるために、こっそりと待機していた男子連中も残念そうである。


「ねぇねぇオタク君、初めてなのにこれってヤバくない!?」


「ヤバいですね」


 なぜ初見だというのに、優愛たちはこうも上手くいったのか?

 キャンプに興味を持った歌音が、本やネットで調べたのは言うまでもない。

 そして優愛たちはというと、オタク君に良いところを見せるために、事前に準備を完璧に済ませていたのだ。

 上手くいったなら、あわよくばオタク君に頭の一つでも撫でてもらえるかもしれない。恋の原動力である。


 結果、貰えたのは称賛の言葉だけだった。

 好きな人相手には、誰だっていいところを見せたいものである。

 だが、この場合失敗した方がオタク君の好感度は上げられただろう。

 なんなら、お手伝いをしてくれるオタク君と手が触れ合うイベントだってあったかもしれない。

 フラグブレイカーズである。


「オタク君、テントの設営終わったし川に行こう! 川!」


「川に行くのは良いですけど、水が冷たいので入れないですよ?」


 さっきまで滝行をしていたくせに、どの口がいうのか。


(お姉ちゃん、あれってツッコミ待ち?)


(小田倉君の事だからマジボケじゃね?)


 村田姉妹、思わず真顔である。

 

「マジかー、でもちょっとくらいならイケるんじゃない?」


「一泊分の着替えしかねぇから、濡れたら終わりだぞ」


「リコなら裸で入ってても、子供が遊んでるくらいにしか思われないかもよ!?」


「なわけねぇだろ!!」


 五月の後半。暖かくなってきたとはいえ山の中はまだ肌寒い。

 濡れたままでいれば、すぐに風邪をひくだろう。

 優愛もそのくらいは分かっているようで、余計な一言だけいって諦めたようだ。


 川に入れないと知り、しゅんとなる優愛。

 そしてすぐにパッと笑顔に変わる。


「そうだ! それなら釣りしよう! 釣り!」


「あー、ここは釣りをする場合漁業協同組合に連絡して、許可を貰わないとダメみたいです」


「えー……じゃあアレは!? 木に布ぶら下げてブラブラしながら寝るやつ!」


「ハンモックですか? 設置されてないので多分ないんじゃないかな」


 別に木に固定する必要はないですよと、オタトークを始めようとするのを必死に抑えるオタク君。

 それにハンモックはどの道ないのだから、説明しても意味がないので。


「じゃあ木登り!」


「優愛さん木登りするんですか?」


「出来ない!」


 鳴海優愛、思いつく限りあれこれ言うが、どれもこのキャンプ場では出来ない事ばかりである。

 がっくりと項垂れる優愛。


「じゃあやる事何もないじゃん」


 優愛の言葉に、苦笑いのリコと委員長。

 言葉にはしないが、確かにその通りだと思わざるを得ない状況である。


「山道をハイキングとかどうですか?」


「んー……まぁオタク君が行くならついて行こうかな」


「行くならアタシもついてくわ」


「私も」


 優愛、リコ、委員長の三人はハイキングに気乗りはしないが、ここで腐っていても仕方がない。そんな感じである。

 言い出しっぺのオタク君ももちろんそんな感じである。他にする事がないので。


「じゃあ行きましょうか」


 微妙なテンションのまま、整備された山道に踏み出したオタク君、優愛、リコ、委員長。

 ちなみに村田姉妹はテントの中でくつろぐからと言ってハイキングはパスである。


 山の中。

 どこからともなく聞こえてくる鳥の鳴き声。

 街中では見ないような草花。


「オタク君、あれってなめこじゃない!?」


「ニガクリタケっていう毒キノコですね」


「見て見て、なんか青い鳥いる! 可愛くね!?」


「あれはオオルリでしょうか、この時期にいるのは珍しいですね」


 ちなみにオタク君はスマホ片手に答えている。

 ある程度の知識があるとはいえ、ちゃんと調べた事はなかったので。

 

「オオルリってことは、こっちはコルリじゃん」


「はっ倒してやろうか?」


 なんだかんだでハイテンションである。

 山の中には、普段見かけないような物ばかりあるので。

 満足といえる程ではないが、それでも十分楽しんだようだ。


 日が落ち始めると、キャンプファイヤーに火が灯される。

 それだけで生徒たちから歓声の声が上がる。


 キャンプファイヤーはするが、特に何か強要されるわけではない。

 歌ったり、踊ったりはしないが、それでも生徒たちは興奮を覚えている。

 大きな炎というのは、それだけ人を惹きつける何かがあるのだろう。


 キャンプファイヤーを見ながらのBBQ。

 班ごとに決められた場所はあるが、誰もが好き勝手である。

 ある程度自分が食べる分を焼いたら、キャンプファイヤーの近くで食事を始める者。

 男だらけで、とにかく肉だけ焼いて騒ぎながら食べている集団。

 女子達の班へ声をかけナンパをする者等、それぞれが思い思いに楽しんでいる。


「オタク君、肉焼こう肉」


「勿論ですよ!」


 網目の上に、次々と肉を投下するオタク君と優愛。

 あっという間に半分以上が肉で覆われる。


「おい、野菜も入れろよ」


「はい、火をあまり通さなくても良いものを外側に敷いていきますね!」


 オタク君、キャンプファイヤーを見ながらのBBQにテンション爆上げである。

 次々と肉を焼き、程よく焼けた肉を次々と取り皿に入れて平等に配っていく。

 もちろん野菜や海鮮も入れたりと、見事な気遣いである。


 欠点をあげれば、相手が女子という事を忘れている事だろうか。

 次々と肉を焼いては渡される女子チーム。

 最初の頃はニコニコ顔だったのが、段々と顔色が蒼くなっていく。

 最終的に、リコから「いい加減にしろ」と叱咤を受け、オタク君はやっと冷静になった。


 本日のメインイベントであるキャンプファイヤーも終わり、BBQの後片付けも終わった生徒たち。

 あとはテントに戻り、仲間たちとだべって寝るくらいである。


 夜七時。

 普段なら、まだ起きている生徒の方が多い時間帯だがテントの外を出歩く生徒は少ない。

 明かりのないキャンプ場の夜は、街中の深夜を上回る程に真っ暗なので。


 そんな真っ暗なキャンプ場を歩く人影が。

 オタク君である。

 両手に荷物を抱えながら、暗いキャンプ場をゆっくりと歩いていた。


 キョロキョロと誰もいない場所を探し歩くオタク君。彼の目的は天体観測である。

 暗いキャンプ場では、星空が街中と比べ物にならないくらい輝いている。

 なので、天体観測にはうってつけなのだ。

 

 手に持った荷物は、かつて秋華高校に存在した天文学部で使われていた小型の天体望遠鏡、星座早見盤、コンパス。

 どれも天文学部廃部した際に、後の第2文芸部の部室である物置小屋に置かれ、埃被っていた物である。

 教師に許可を貰い、今回のキャンプに持ち込んだのだ。


「あれ? 小田倉君何しているんですか?」


 そんなオタク君の姿を見つけ、一人の女生徒が声をかけた。

 少し大人しそうな顔つきとは反対に、自己主張の激しいストレートのピンク髪。


「委員長?」


 そう、委員長である。


「はい。あっ、化粧してないからジロジロ見ないでくださいね。恥ずかしいから」


「そんな恥ずかしがる事ないと思いますけど」


「そんな事ありますよ。それで、小田倉君は何しているんですか?」


 ちょっと拗ねたような感じで俯く委員長。

 だが、暗がりの中なのでオタク君からは全く表情が見えない。

 恥ずかしがることはないというのも、そういう理由からである。


「天体観測をしようかなと思って。委員長は?」


「えっ、えっと……」


 聞いてから自分がやらかした事に気付くオタク君。

 こんな時間に一人で出歩いている理由なんて、花を摘むくらいしかないだろう。

 明らかに無神経な発言である。


「そうだ。委員長も良かったら一緒に天体観測しませんか?」


 答えづらそうな委員長のために、話題を逸らすオタク君。

 話題を逸らすためとはいえ、こんな夜更けに女の子を天体観測に誘うのもどうかと思うが。

 普通なら、警戒し断るだろう。


「良いんですか?」


 だが、相手はオタク君に惚れている委員長である。


(やった。小田倉君と二人きり!)


 警戒心など、これっぽっちもないのであった。 

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