第173話「構わないですぞ。それで大事な話というのは?」

「今日はメシまで奢ってもらってありがとな」


「ううん。皆が手伝ってくれたおかげで無事何とかなったし、こっちこそありがとう」


 夕飯を食べ終え、全員で店に出た帰り道。

 一人また一人とお礼を言いながら、それぞれの帰路について行く。

 気が付けば、いつもの第2文芸部のメンバー、オタク君、優愛、リコ、委員長、そしてめちゃ美の四人になっていた。

 駅に着き、そのままお別れ、なのだが……。


「ねぇねぇ、もうちょっと歩いて行かない?」


 そう提案したのは優愛だった。

 今日は色々な事があった。このまま帰るのは勿体なく感じる。もっと話していたい。

 そしてそう思っているのは優愛だけではない。


「うん。良いよ」


「自分も構わないっすよ」


 優愛の提案に乗り気の委員長とめちゃ美。


「ったく、アタシは反対方向なんだけど」


「おっ、じゃあリコだけ電車で帰って良いよバイバイ」


「誰も嫌なんて言ってないっつうの」


 いつもの優愛とリコの言い合いが始まり、それを宥めるオタク君。

 オタク君としては時期が時期なので、遅くならないうちに帰るべきだと思うのだが、全員が賛成の中、女の子だけを残して帰るわけにもいかない。

 なので、何も言わずについていく。


 高層ビルや街灯の明かりが、夜だというのに暗さを感じさせない街並み。

 年末だからか、飲食店はどこも忙しそうにしており、愉快な笑い声が外まで響く。

 そんな街中を、楽しく会話をしながら歩くオタク君たち。


「あっ……」


 何かに気づいた委員長が声を上げ、足を止める。

 オタク君たちがどうしたのかと委員長を見る。委員長が空を見上げている事でオタク君たちもようやく気付いたようだ。


「雪だ」


 ゆらゆらと、振り始めた雪に思わず全員が立ち止まり空を見上げる。

 降り始めたころはチラつく程度だったが、数分もしない内に辺り一面が雪の降り注ぐ景色に変わっていく。

 雪に目を奪われ、オタク君たちだけでなく、通行人も立ち止まり空を見上げていた。

 

『うわっ、寒い』


『ほら、手出して』


 そんな通行人の中に、オタク君たちと同い年くらいであろうカップルが、いちゃつくように手を繋いでいた。

 彼氏が手を差し出すと、彼女は少しだけ恥ずかしそうに手を握る。

 そんなカップルの様子を横目に見ていたリコ。思わずオタク君の手を見る。

 一瞬の葛藤。


「お、小田倉の手って、暖かいんだな」


 そして、そっとオタク君の手を握った。

 急にリコに手を握られ、変な声が出そうになるのを必死に堪えるオタク君。

 

「そ、そうですか?」


「おっ、リコ寒いのか? 抱きしめてあっためてやろうか?」


「優愛、おっさん臭い」


 オタク君からリコを引きはがすように、リコに無理やり抱き着く優愛。

 いつもの二人の喧嘩を宥めようとするが、不意に、反対の手が握られる。


「ホントだ。小田倉君の手、暖かいね」


 顔を真っ赤にしながら、オタク君に手を握る委員長。

 暖かく感じるのは、オタク君の体温だけが原因ではないだろう。

 

「今度は委員長か、こうしてやる」


「ひゃっ!?」


 そっと委員長の背後から忍び寄り、背中に冷えた手を入れる優愛。

 不意打ちだったせいか、思わず声を上げオタク君の手を離してしまう。

 リコや委員長にちょっかいをかける優愛。そんな三人を宥めようとするが全く宥められないオタク君。

 その様子を見て、めちゃ美がため息を吐く。


「電車が止まるかもしれないから、早く帰った方が良いかもしれないっすよ」


 そう言って空を見上げるめちゃ美。

 めちゃ美のいう通り、雪は先ほどから勢いを増していくばかり。 

 まだ積もってはいないが、それも時間の問題だろう。

 めちゃ美の言葉に「そうだね」と返事をして、少し早歩きで駅へ向かい始める。

 幸いにも、電車が止まる事なく、全員が帰路に着く事が出来た。

 電車が止まったというニュースが流れたのは、オタク君たちが家に着いた少し後だった。


 そして年が明け、一月五日。

 第2文芸部の部室にはオタク君、チョバム、エンジン、めちゃ美の四人が朝から来ていた。

 暖房をつけたばかりの部室で寒そうにしている面々を見て、オタク君が少しだけ申し訳なさそうに口を開く。

 

「ごめんね急に呼び出して」


「構わないですぞ。それで大事な話というのは?」


 オタク君から「大事な話があるから聞いて欲しい」と呼び出されたチョバム、エンジン、めちゃ美。

 本当は暖房機器の前で丸くなりたいところではあるが、大事な話と言われてそうするわけにもいかず、寒さに震えながらオタク君を見つめる。


「実は僕、好きな人が出来たから告白しようと思うんだ」


 一瞬の間を置き、チョバムたちが驚きの声を上げたのは言うまでもない。 

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