第212話 接近
セシル達は家の近くに戻ると、洞窟と家を繋ぐ穴から外の様子をそっと見る。
家の前の外壁も壊された今、外まで一直線に繋がってしまっている。
ぶるっ
「ぁうぅ~寒い寒い」
「さみぃ~」
洞窟の出口に近付いた事と歩いて来た事で、洞窟の奥に居た時に比べると多少はマシだが、それでも湿気や時折天井から垂れて来る水でびちょびちょになった服を着ていては寒いままだ。
「ん~ダメだね。外も薄暗くなってきて、ここからじゃよく見えないよ。マーモ、まだ家の前に魔物いるかな?」
「ナー」
マーモが静かに警戒声で鳴く。
「まだ魔物いるのかぁ」
「とりあえず寒いから着替えの服だけでも取りに行かねぇか」
「そうだねぇ。取りに行っても大丈夫かな?」
「ピー」「ピョー」
「ライライ達行ってくれるの? じゃお願いしようかな」
「その間に服脱いどくか」
ライアとラインが光を消し家の中に消えていった。
暗闇につつまれたのに慌ててセシルが蝋燭ほどの火魔法を点ける。
『アッヂッ』
「静かにっ」
「火を人に当てといて「静かに」じゃねぇよ」
暗闇の中で慌てて点けた火魔法がヨトの上半身裸になった状態の肩に当たっていたようだ。
「あっごめん。……ふっ」
ぷっぷくくく
ぷひひひ
「おいコラ」
ぐふぅっ
「ちょっとセシルさん笑っちゃぷひひひ」
「おい。そんな面白い事でもねぇだろ」
あまり声を出せない状況も相まって、セシルとユーナは笑いを我慢出来なくなっているようだ。
「咄嗟の時は帝国語なんだなぁって思ったら、ぐっふ、つい、ぐっふ」
「そりゃそうだろ。王国語が出たらそれはそれでおかしいだろ」
コソコソと言い争いをしているうちにライアとラインが服を持って来てくれる。
「ありがと。ついでに良い感じで身体の水分取ってくれない?」
「ピー」「ピョー」
セシル達やマーモ達の水分もいい感じで取っていく。
「分かってはいたけどライライちゃん達、有能過ぎない?」
「でしょ~」
「ピー」「ピョー」
「凄いなぁお前たちは」
身体を光らせながらマーモット達の濡れた体を乾かしているライライ達をセシルが撫でる。
「ん?」
「お兄ちゃんどうしたの?」
「こんなに上手に水分取れるなら、道中にでも着たまま服を乾かして貰ったらこんな寒い思いしなかったんじゃねぇか?」
「……言って良い事と悪い事あるだろ」
「何でだよ。言って良い事と悪い事あるにしてもこれは言って良い事だろうが」
「はぁ~ライライちゃん有能過ぎるのに、あたし達がそれを生かせてないだけね」
「スライムってマジですげぇよな。色んな魔物の本読んだがこんなに有能だとは思わなかったぜ」
「……ナァ~」
ライアとラインばっかり褒められる事で、マーモが寂しそうな声で鳴き、見るからに落ち込んでいた。
それを見たセシル達は焦って褒め称える。
「マーモも凄いよ! こんなにマーモット達を引き連れて! ほんと凄い!! ヨーシヨシヨシ、ヨーシヨシヨシ」
「マーモちゃん凄いよ! 角から魔法出せるし!」
「そうだぞ! 臭いで危険を察知してくれるしほんと助かっているぞ!」
「ナァ~?」
ほんと?みたいな顔をしてきたので、そうだぞ!凄いんだぞ!としばらく3人で褒めながら撫でまわしてようやく元気を取り戻す事が出来た。
そんなマーモの様子をマーモの第一夫人は冷めた目で見ていた。
「今日はここで一晩過ごすしかなさそうだね」
「あ~腹減った」
☆帝国の後続組
帝国の後続組はティタノボア(大蛇)退治の準備を整え、水場で一晩を過ごした。
準備したのは燃えやすい草木と逆茂木替わりのトゲトゲした木を数本だ。
まだ薄暗い早朝、木の実と野草を入れた美味しくもないスープを流し込むと動き出す。
居残り組と討伐組に分かれるか、はたまた全員で行くかで議論が行われたがポストスクスを分けるのはあまり良い選択ではないとなり、商人を含む10名全員で行く事になった。
商人の青年は危険もさることながら、大事な商品を積んでいる荷車が壊れてしまうのではないかと青褪めた顔をしている。
自分が怪我をしようが荷車が壊れようがどちらにせよ人生が終わってしまうだろう。
「おいおい、ディビジ大森林に来た時点で危険は百も承知だろう? 今更何を怯えてんだ」
冒険者のネンドルンが商人を見て鼻で笑う。
商人の青年は大店の従業員だ。
大店は多かれ少なかれ薄暗い事もしている事が多い。
従業員を貴族が脅せば1つや2つ罪がポロポロと見付かる。
この大店は代官ベナスとの取引で罪を揉み消す代わりに利用された形だ。
だがディビジ大森林に行く。ましてや街道から逸れて森に入るなんて危険は誰も請負たくない。
そこで大店に妹の病気の薬を用意してもらって逆らう事が出来ない下っ端の従業員が選ばれていた。
多くの大店はいざという時の捨て駒にする為に、こういう利用できる人物を保険として少数だが雇っている事が多かった。
ディビジ大森林行きに選ばれてしまった商人の青年は当然ながら危険を承知したつもりはない。
だが承知しようがしまいが断りようもない。
「……危険を承知した覚えはない」
「情けねぇな野郎だな。ポストスクス(大船)に乗ったつもりで俺に任せとけ」
隊長はトルバルであるが、指揮を執るのはディビジ大森林に詳しい冒険者のネンドルンだ。
ネンドルンは臆病で危機管理能力が人一倍高い人間だ。
だからこそ50歳、高齢と言える年齢まで生きて来る事が出来た。
だが、今のネンドルンは違った。
お宝が手に入るかもしれない。
うだつの上がらない人生から卒業出来る。
人生が大きく変わる。
金があれば女も寄ってくるかもしれない。
その邪な気持ちがネンドルンの心を大きくしていた。
そしてトルバル達も臆病なはずのネンドルンが自信満々な事で安心してしまっていた。
「よし行くぞ。お宝が逃げちまう」
移動をしていると斥候役をした兵士が戻って来る。
「周りに魔物はいなかった。ティタノボアだけのようだ」
「ほんとか?」
「ああ、念のため遠目にグルっと見てみたがいないはずだ。俺らが戻って来ている間に魔物が集まって来る可能性は捨てきれんがな」
「なるほど。よし、よし、よし、やるぞ。ようやく運が向いてきやがった。だが静かにな。油断するなよ。行くぞ」
ネンドルン達は静かに、だが素早く移動しアンキロドラゴンの死体を視界に捉える。
「でっけぇ……っ」
思わず呟いたとほぼ同時にティタノボアが丸まっている姿も目に入って来た。
「はっ? あれがティタノボアだと?」
「お前がそう言ったのだろう?」
「……聞いてない。あんなデカいなんて聞いていない」
「は? デカいと言っただろう」
「デカいと言っても3~4メートル、とてつもなくデカくても7~8メートルのサイズを想像するだろうが、あれはさらにその倍はあるぞ」
「おい、今更どうすんだ」
「……戻るぞ」
「は?」
「おい急げ、気付かれたらマズい。とにかく一旦戻れ」
「チッ、仕方ない。戻るぞ」
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