第137話 行商人


 それから数日待ったが、通行人は相変わらず荷台を引いておらず行商人ではないと思われる者達しか行き来していなかった。


 キングコングなどの大物魔物も見かけていない。


「何だよもう。全然商人来ないね。今日1日待っても来なかったら諦めようかな」


 セシルは退屈にいい加減飽きていた。 

 

「靴も何個も作っておけばどうにかなるし……」

「ナー」

「ん? どうしたの?」


 マーモが王国側方面を向いたまま鳴いたので、セシルもそちら側を視力強化の魔法で見ると、王国側から荷台を引いて移動してきている人達が見えた。

 ポストスクス2頭と馬が3頭で、人間は5人いるように見える。


「やっと来た!!」


 セシルは慎重に、だが急いで梯子を降りる。

 マーモ達がいると自分がセシルだとバレてしまうので、すぐ近くの木の陰に隠れてもらった。

 隠れたのを確認するとセシルは道に飛び出て手を大きく振りながら声を掛けた。 


「止まってー!! 止まってくださ~い!! お願いしまーす!!」


「こっ子供!!? とっ止まるぞー」


 先頭を行く馬に乗った冒険者が後ろに声を掛けて停止する。

 荷台を引いていた事と、豪雨で道が走りにくくなっている事もあり、行商人一行はゆっくり進んでいた為、すぐ止まる事が出来た。

 後ろのポストスクスに乗っていた行商人が降りて前に歩いてきた。


「どうしたんだ?」

「それが、子供が飛び出して来たんだ」


 依頼主に対しても敬語を使わないタイプの冒険者の様だ。

 このような冒険者は多い。そもそも敬語を使えない。


 行商人はポツンと立っていたセシルを見てビクッとする。


「こっ子供っ!? 魔物じゃないよな!?」

「どう見ても魔物じゃないでしょ!? あの、商人さんですよね? 売って欲しい物があるのですが」

「こんな所に子供? 君は1人か? 何でこんな所にいる? 親はどうした?」

「そんな事より売ってくれるのですか? 売ってくれないのですか?」

「売るのは構わないが、お金はあるのか? 街で買うより遥かに高くなるぞ?」

「お金もあるし、足りなければ魔石とかもあります」


 セシルがお金と魔石をチラ見せする。

 商人はお金を持っている子供の存在を訝しみながらも承知する。


「分かった。何が欲しいんだ?」

「えっと、靴と服と、鍋、岩塩、あと鞣しのやり方教えて欲しいです」

「岩塩はある。鍋は捨てようと思っていた使い古しの鍋しかないが良いか?」

「使えるなら使い古しでも良いです。服と靴は?」


 セシルと商人が話をしていると、後ろで様子を見ていた護衛の冒険者から急に声が掛かった。


「あっお前!! もしかしてセシルじゃないか!?」


 マーモ達を隠した意味がなかったようだ。

 周りの冒険者も追従してくる。


「あ~なるほど。セシルか。それなら納得だな。何ですぐ気が付かなかったんだろう。こんなところに子供一人でいるなんて、セシルしかいないよな……なっ? お前、セシルなんだろう?」


 冒険者だけでなく商人も興味津々の顔でセシルの答えを待っている。


「今大事な買い物しているので、終わってからにしてください」

「おっおう。すまん」


 一同はセシルから明確な答えが返ってこなくて残念な溜息が出るが、買い物が終われば話してくれるのだなと判断しワクワクした顔でセシルを見続けている。


「で、服と靴はありますか?」

「服と靴は無いな」

「えっ!? 何で無いんですか!?」

「王国の服と靴は特別特徴が無いからな。帝国に持って行っても売れないんだ」

「ええぇっ~そんなぁ~……そうだ! 布っ! 布は!?」

「荷台の補修用くらいしか生地らしいものは無いな」

「なんてこった……じゃとりあえず鍋と岩塩売ってください。他に調味料ありますか?」

「ニンニクと唐辛子くらいだな」

「それも下さい! 埋めたら育ちますか?」

「知らん。俺は農民じゃない。商人だ。気候次第じゃないか?」

「そうですか。分かりました。あと、皮の鞣し方教えてください」

「知らん。俺は革職人じゃない。商人だ。最低限の事しか知らん」

「最低限の事でもいいです」

「それなら俺が教えてやろう。孤児院でなめし作業は散々やらされていたからな」


 冒険者は孤児院出身者がかなり多い。


 孤児院は寄付だけでは到底やっていけず、子供達も低給料で色んな仕事をさせられる。

 なめし作業もその一つだ。


「教えてください!」

「情報料は?」

「この魔石で良いですか?」

「ワイルドウルフの魔石かな? これなら3つあるか?」

「はい。あります」


 セシルは魔石3つを冒険者に渡す。

 大した額ではない。


「皮に付いている毛や脂を落としたら、叩いて柔らかくする。次は湯に樹皮や葉、実を細かくして入れるんだ。そこに皮を漬け込む。1~2か月ほど漬け込んだら干して完成だ」

「1~2か月……樹皮とか実はなんの木でも良いんですか?」

「虫が寄り付かない木なら何でも良いと思う」

「虫が寄り付かない木……」

「他にも燻す事で鞣す方法があったはずだ。その方法でやった事はないが、確か、先程と同じやり方で皮の処理をした後に松の葉で燻せば良かったはずだ」

「あー松か。分かりました。ありがとうございます」


 この辺りに松の木は無かったはずだ。と思い返してガッカリする。


「では岩塩と鍋、ニンニク、唐辛子だな」

「あっ背負い篭と縄ありますか?」

「縄は使い古しが多少あるが、背負い篭の余りは無い」

「じゃ使い古しでいいので縄もください」

「あいよ」


 セシルが金額を支払う。

 かなり高い。普通に買う料金の10倍以上だ。

 だが、セシルは値切る事をしなかった。下手なことをして商人の機嫌を損ねると売ってくれない可能性もある。それは避けたい。


 お金は足りたが、ほとんど無くなってしまった。

 今後は魔石などの素材などで支払うしかないだろう。


 物を受け取って籠に入ると背中に背負う。

 ズシッと重量を感じる。


「で、君はセシルなのかな? 王国では君を」

「違いますぅ~」」


 セシルは否定の言葉を吐くとすぐさま踵を返し森の中に走っていく


「あっちょっと待っ……行ってしまったか」

「追いかけるか?」

「追いかけろと言って追いかけてくれるのか?」

「依頼料を倍くれるなら」

「だろうな。あの様子ならすぐ追い付くだろうが、森の中は危険すぎる。追いかける必要はない」


 消えゆくセシルを見ていると、途中で隠してあった梯子らしきものを重そうに引きずりはじめた。

 マーモ達はまだ隠れている。


「とりあえず逃げて我々が去ってから梯子は持っていけばいいだろうに。本当に我々から逃げる気あるのか? 木の上で生活しているのか?」


 セシルは梯子を行商人に盗まれる可能性があると思って必死に運んでいる。

 だが行商人は梯子など必要としていない。


「木の上に寝泊まりしないとこんな所で生きていけないだろう」

「確かにそうだな。しかし木の上に登れる魔物もいるはずだが」

「その辺りはどうなっているんだろうな」

「やはりセシルだったと思うか?」

「他に居ないだろう。この辺りに村は無いし、王国語だったしな」

「魔物を2匹連れていると言う話だったが?」

「スライムとマーモットだろ? 連れていなかったな。その2種は弱小だ。流石に別の魔物にやられたんじゃないか? この辺りでは生き残れない可能性の方が高い」

「それを言ったらセシルもそうだろう?」

「……そういやあいつ、食料はどうしてるんだ? ワイルドウルフの魔石を出してきたって事はそれくらいなら倒せるって事か……」

「他に強力な従魔を従えたか、我々が知らない安全地帯、未開の部族がいるのか……」

「ふむ。今回の商いが終わったら本国に情報を流さねばな。捜索隊が来るまでセシルが生き残っていればいいが」

「案外生き残るんじゃないか?」

「無理だろ。ここはディビジ大森林だぞ?」

「あいつはそのディビジ大森林ですでに何カ月も生き残っているだろ? 何か生き残る術があるんだろう。まさかさっきの梯子だけで生き残ったわけじゃないだろう」

「……この悪夢のような森で生き残るだけの力があると言う事か」

「国王が必死に探すわけだな。逃した卵はゴブリンの卵ではなく本物の賢者の卵だったか」

「他国にでも取られれば大きな失点だものな」

「ところでゴブリンは卵で生まれるのか?」

「……例えだ。賢者も卵で生まれないだろうが」

「そう言えばそうだ」


 話しも一区切りつき、そろそろ出発しようかという時に正面から魔物の群れがやってきた。

 7~8体は居そうだ。


「ラプターだ!! ポストスクスの後ろに隠れろ!!」

「おっおう」


 行商人は護衛の冒険者に守られながらポストスクスの後ろに連れていかれる。


 ラプターは人間の胸くらいの体高しかないが、肉食で獰猛。

 さらに走るのが早く持久力もある危険な魔物だ。

 二足歩行のトカゲのような体型で腕には退化したような羽根が付いている。

 


 するとポストスクスが、近付いてくるラプターに向かって吠えた。


 ゴオアアアアアッッ!!


 ギャァ~ギャァ~


 ラプター達はポストスクスの鳴き声に脅威を感じたのか急激に方向を変え、逃げるように森の中に走り去って行った。



「あっちゃー。セシルの方に行ったんじゃないか?」

「……セシルが生き残るのは今日までかもしれないな」

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