第136話 キングコング

 

 兵士はキースの首を落とすと通訳奴隷を通してセシルに話しかけた。


『これが我々の誠意です。お話を聞いていただけませんか!?』

「これが我々の誠意です。お話を聞いていただけませんか!?」


「いや、えー? えー? 誠意って何よ。怖すぎでしょ。簡単に仲間殺しちゃうやつ信用出来るわけないよ」


 セシルは兵士たちには聞こえない声でボソボソと喋る。

 声が聞こえていない兵士はセシルの気持ちなどお構いなく話していく。


「以前、こちらのキース達がセシル様のご両親に危害を加えるような発言をされた事は存じ上げております。我々にその様な意図はございません。我々の主は意図せずとは言え配下がセシル様を脅した事を大変嘆かれ、セシル様に誠意をお見せするようにと指示を出されました。この者の首はその誠意でございます。どうぞお納めください」


 もう一人の通訳奴隷が転がったキースの首をおっかなびっくり布の上に乗せて持ち上げると、セシルに差し出すような動作をする。


「納める? え? その人の首を僕に!?」

「左様でございます」

「いっいる訳ないでしょ! そんなの貰ってもどうしようもないでしょ!? 帝国の人は生首なんか貰って何に使うの!?」

「たしかに」


 通訳奴隷も困惑して兵士に確認する。


『セシル様が生首を貰った所で何に使ったら良いのか? と聞いていますが、なんとお答えしたら?』

『むっ……そっそれは……門扉に飾れば良かろう』


 兵士が苦し紛れに答える


『帝国ではそれが普通なので?』

『そんな訳ないだろう。だが、勢いで納めると言ってしまった以上何か言わなければならんじゃないか。物語であるような【英雄が皇帝に敵の首を差し出す】って場面に憧れがあってつい言ってしまったんだ』

『……なるほど。では、そのまま言ってしまいますね』


「門扉に飾るなりしてください」

「もんぴって何?」

「家の門の事です」

「こっわ。帝国こっわ。そんなのいらない! 持って帰って!」


『帝国怖い。いらないと言われました』

『……ぐっ、そりゃそうだな。やってしまったか……こちらで処分すると伝えてくれ』

『かしこまりました』


「分かりました! こちらで処分いたします」

「僕の両親は無事?」

「我々はセシル様のご両親と接触した事もございませんので、ご両親の現状を把握しておりません。申し訳ございません」

「手は出してないんだね?」

「はいもちろんです」


 ワオーン


「今後も手を出さない?」

「誓って手を出しません」

「それが分かれば良いよ」

「では降りてきて話を聞いていただけませんか?」

「それよりそろそろ逃げた方が良いですよー」

「逃げる?」

「そろそろワオーン来ますよー」


「ワオーン?」


 通訳が兵士に話す。


『ああ。ワイルドウルフの鳴き声がしていたからな。大方キース隊長の血の匂いに反応したんだろ。こっちにはポストスクスがいるから大丈……あれ……ヤバイ』


 ポストスクスが帝国方面に走り去ってしまったことを思い出す。


『おっおい!! すぐに魔物避けを設置しろ!!』


 兵士達は慌てて荷物から魔物避けを取り出す。


「あっ! 魔物避けはダメだよ!! こっちにはマーモとライライがいるんだから!」


『セシル様が魔物避けダメって言っていますよ』

『そんなこと言っている場合じゃないだろ!? ワイルドウルフが来るぞ』


「ちょっ! ねぇ聞こえてないの!?」


 セシルの言葉を無視して兵士達が魔物避けを設置しようと動き始める。


「ああもう。皆、魔物避け壊すよ」


 セシル達は兵士たちが手にした魔物避けを斥力魔法で壊していく。


『あっ!? ああっ魔物避けが壊れた!?』


『何故だ!? 何が起きている? ヤバイ。ここから離れろっ』


 兵士たちは慌てて馬に乗ると、ワイルドウルフの声が聞こえてきた方向から離れる様に帝国側に走っていく。


「おぉ~速い。ワオーンから逃げ切れるそうかな? ん? えっあっちょっと待って! あの生首、木の下に放置してじゃん! 持ち帰れよ!! ふっざけんなよ!! 足元にワオーン集まっちゃうじゃん」


 すぐに木から降りて移動するべきか悩みながら兵士の方を見ると、兵士の姿は少しずつ小さくなってきていた。

 すると逃げる兵士の横から急にヌッと巨大な猿が現れた。


『キッ、キングコング!!? にっ逃げろっ!!』

『うわぁああああ! 来るな! 来るなっ!!』


「あいや~。ワオーン以外にも魔物来たみたいね可哀そうに」


 セシルはその様子を木の上から眺めながら他人事の様に呟く。



『魔物避け余ってないか!? 出せっ! 出せっ!! お前、囮になれ!!』

『……』

『おいっ! 聞こえないのか!?』


 奴隷に囮になるように指示するが、奴隷は聞こえないふりをしている。



「うっわ。あれはヤバそう。でも馬なら逃げ切れる?」


 セシルも初めて見る魔物だが、明らかに強そうであった。

 シャグモンキーの様な猿タイプの魔物だったが、3倍はデカく筋肉モリモリだった。

 色が真っ黒でとにかく迫力が凄い。


「何あの魔物……遠くから見ているだけでチビリそうな程怖いんだけど。鎧トカゲより小さいけど、謎の迫力があるね」

「ナ~」「ピ~」「ピョ~」


 マーモ達も同じ感想の様で、セシルにくっ付いて軽く震えている。


 兵士たちは馬を叩き全力で逃げていく。


「これなら逃げ切れるかな?」


 どんどんセシル達が居た所から離れて行くため、セシルは視力強化の魔法を使う。


 馬で逃げる兵士にキングコングが凄いスピードで距離を詰めるが、時間がかかると判断したのか追いかけながらも近くに落ちていた石を手に持つとブンッと投げた。


 ドウッ

 ヒヒィーン


 投げられた石は凄い勢いで一番後ろを走っていた兵士の馬の後ろ足の付け根にめり込んだ様に見える。


「嘘でしょ? めり込んだ?」


『うわぁあああああ』



 馬が嘶きを上げてヨタヨタと倒れると、乗っていた兵士はそれに合わせて倒れてしまう。


『ぐえっ』


 兵士はすぐさま逃げようとするが、左足が倒れた馬の下敷きになりその場から動くことが出来ない。


『くそっどけ!! 早く退けっ!!』


 馬に退けと声を掛けるが、馬も痛みで上手く立ち上がる事が出来ない。

 このまま終わりかと思ったが、急に兵士が馬を手で持ち上げキングコングに投げつけた。

 兵士は肉体強化の魔法で一時的に筋力を上げたのだ。


「えっ!? あの人、力強すぎない!?」


 投げられた馬はキングコングに首をキャッチされ、そのままへし折られてしまう。


 ゴキョッ


 キングコングは殺した馬を片手で引きずりながら男を追いかけ始める。


『ヒッ!? うゎぁ来るなぁ来るなぁ!!』


 肉体強化の魔法は万能ではない。

 一時的に力を上げる事が出来るが、その反動で全身の倦怠感だけでなく、無理をした場合は筋断裂も起こりえる。

 馬を投げつけた兵士の筋肉はすでにボロボロになっていた。


 兵士は痛めた体でヒコヒコとしながら逃げるが明らかに遅い。


 パキョッ


 キングコングはゆっくり近付き兵士の頭を持つと、首をクイッと軽い感じでねじって殺し、何事もなかったかのように兵士と馬を片手ずつで持つと、のっそのっそと森の中に消えていった。



「ええええ。何あれ。怖すぎでしょ。木の上にも余裕で登れそうだし、投石も強すぎだし……見間違いじゃねければ馬にめり込んだ様に見えたんだけど……見付かったら終わりじゃん」


 セシルは自分たちが見付かった時のことを考え身震いする。


「あっでも、4人は逃げられたかな?」


 1人が襲われている間に、奴隷2人と兵士2人は逃げる事に成功したようだ。


 セシルはワイルドウルフ達が立ち去るまでそのまま木の上でしばらく過ごし、日が傾き始めると木から降り、キースが腰に差していた剣と、巨大な筋肉猿に襲われた兵士が落とした盾を拾って持ち帰ることにした。

 もちろん筋肉猿が怖いので木に隠れながら移動しての回収だ。



 兵士の盾は丸盾で取り回しの良いものだった。

 身体を隠しきるには不十分な大きさだが、今までに比べると軽く丈夫で非常に有用だ。


「よしっ! よしよしっ! 良いのが手に入ったぞ! これでシャグモンキーの投石も怖くないぞ! 筋肉猿の投石は防げない気がするけど……」

「ナ~」「ピ~」「ピョ~」


 一抹の不安を抱えながら岩山ハウスに帰って行くのだった。

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